エペソ2・1~10/アドヴェント待降節3/クリスマス伝道礼拝
お歳暮は歳末の贈物で 〝今年お世話になったあの人〟 に届けます。同じ年末でもクリスマス・プレゼントは歳暮とは意味が違っています。親が懸命に世話したわが子に贈ったりします。クリスマス・プレゼントって何なのでしょうか。
「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは自分自身から出たことではなく、神からの賜物です」(8)。この神からの賜物・贈物とは「救い」のことです。そして、この救いは 〝キリスト・イエスにおいて私たちに賜わった慈しみによって示された、すぐれて豊かな御恵み〟(7)です。このことをヨハネの福音書は「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして裁かれることなく、永遠のいのちを持つためである」(3・16)と記し、これこそアメイジング・グレイスであると言っているのです。天地を創造された神のみもとから来られた「ことば(キリスト)は、人となって、私たちの間に住まわれた」(1・14)と記したヨハネは、主イエスがご自分の十字架の死に言及された(3・14)直後の所に、聖書の中で最も重要大切なこの聖句を認 (したた)めたのです。自分の過ちと罪の中に死んでいた私たち、サタンに従い、自分の欲の中に生き、神の怒りを受けるべき私たちの「救い」は、一方的な愛の神の独子キリストの受肉と十字架において示された恵みによるのです。神は、私たちが御子を信じ、滅びることなく、永遠のいのちを持つために、その独子を失われたのです。
イエス・キリストにある永遠のいのち・救いという神の賜物を受け取る手が「信仰」です。この恵みの賜物は自分の力、行いによって獲得することはできません。自分の働き、努力によって得るものは当然の報酬であり、自分を誇ってもよいでしょう。しかし、悪を憎み、善を欲しつつも、悪を行なっている死んだも同然の惨めな私たち罪人の救いは、私たちと同じ人間となり、罪なき聖き生涯を送り、十字架の上に私たちの身代わりとして死んでくださった主イエス・キリストを信じ、仰ぐほかありません。イエス・キリストにある神の愛、恵みの賜物を真実であるとの信仰をもって、感謝して受けるとき、あなたは救われるのです。
クリスマスとはキリストの降誕を祝うことです。未曾有の災害を受けた日本、また、それぞれに他人には言えない重くつらい事もあった二〇一一年でした。そのような中で、真実にクリスマスを祝うために、私たちは自分の罪・弱さに気付かされるとともに、神の愛と恵みを知り、信じ、イエス・キリストを心の内に宿す者となりたいと祈り、願います。神が差し出してくださっているイエス・キリストによる救いという恵み・賜物を、信仰をもって、感謝してお受けいたしましょう。

お歳暮は歳末の贈物で 〝今年お世話になったあの人〟 に届けます。同じ年末でもクリスマス・プレゼントは歳暮とは意味が違っています。親が懸命に世話したわが子に贈ったりします。クリスマス・プレゼントって何なのでしょうか。
「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは自分自身から出たことではなく、神からの賜物です」(8)。この神からの賜物・贈物とは「救い」のことです。そして、この救いは 〝キリスト・イエスにおいて私たちに賜わった慈しみによって示された、すぐれて豊かな御恵み〟(7)です。このことをヨハネの福音書は「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして裁かれることなく、永遠のいのちを持つためである」(3・16)と記し、これこそアメイジング・グレイスであると言っているのです。天地を創造された神のみもとから来られた「ことば(キリスト)は、人となって、私たちの間に住まわれた」(1・14)と記したヨハネは、主イエスがご自分の十字架の死に言及された(3・14)直後の所に、聖書の中で最も重要大切なこの聖句を認 (したた)めたのです。自分の過ちと罪の中に死んでいた私たち、サタンに従い、自分の欲の中に生き、神の怒りを受けるべき私たちの「救い」は、一方的な愛の神の独子キリストの受肉と十字架において示された恵みによるのです。神は、私たちが御子を信じ、滅びることなく、永遠のいのちを持つために、その独子を失われたのです。
イエス・キリストにある永遠のいのち・救いという神の賜物を受け取る手が「信仰」です。この恵みの賜物は自分の力、行いによって獲得することはできません。自分の働き、努力によって得るものは当然の報酬であり、自分を誇ってもよいでしょう。しかし、悪を憎み、善を欲しつつも、悪を行なっている死んだも同然の惨めな私たち罪人の救いは、私たちと同じ人間となり、罪なき聖き生涯を送り、十字架の上に私たちの身代わりとして死んでくださった主イエス・キリストを信じ、仰ぐほかありません。イエス・キリストにある神の愛、恵みの賜物を真実であるとの信仰をもって、感謝して受けるとき、あなたは救われるのです。
クリスマスとはキリストの降誕を祝うことです。未曾有の災害を受けた日本、また、それぞれに他人には言えない重くつらい事もあった二〇一一年でした。そのような中で、真実にクリスマスを祝うために、私たちは自分の罪・弱さに気付かされるとともに、神の愛と恵みを知り、信じ、イエス・キリストを心の内に宿す者となりたいと祈り、願います。神が差し出してくださっているイエス・キリストによる救いという恵み・賜物を、信仰をもって、感謝してお受けいたしましょう。
