これも前々からやりたかった、やらねばならぬと思いつつ・・・。 新連載が隔月らしいので間が空きますし、やろう! と決意しました。
この比較は、合田さんと元義兄・加納祐介さんの絡みの部分しかやりません。
合田さんは多すぎてやってられない(本音)
ちなみに連載も単行本も、特定部分を除いて(義兄弟関連と言わんか!)、通して1回しか読んでいません。 いずれは再読しないとね。
☆「新潮」連載時はこの色 ★単行本はこの色 で区別します。
色が分からない方は、☆印が「新潮」連載、 ★印が単行本 と区別してください。
【警告】
リアルタイムで連載を読んでいない方はひっくり返りそうになる部分もありますので、その心構えだけはしておいてくださいね。 もちろんネタバレしてますので、それがイヤな方はここでお引き取りください。
***
「新潮」2006年10月号 連載第一回
☆残された雄一郎もしばし、耳の奥でざわざわし始めた声とも気配ともつかないものをかき分け、かき分けしながら頭を停止した。そこに、もうずっと昔、検事だった元義兄が地方勤務のころにかけてきた電話の、珍しくうわずった声が聞こえた。雄一郎、おまえ知っているか? 刑場の足下の踏み板が開いて死刑囚が落下するのは、約二・四メートルだ。首が絞まるのに〇・七秒かかる。これは長いのだろうか、短いのだろうか?
★残された雄一郎は、耳の奥でざわざわし始めた声とも気配ともつかないものをかき分けかき分けしながら、ふいに長年の友人で離婚した女の兄でもあった男の声を耳に甦らせたりした。昔から、検事などという大層な職掌のわりには思案家なのか下世話なのかとんと分からない、行きずりの展覧会を覗くような独特の白々とした調子で加納祐介は曰く、なあ雄一郎、おまえ知っているか? 刑場の足下の踏み板が開いて死刑囚が落下するのは、約二・四メートルだ。首が絞まるのに〇・七秒かかる。これは長いのだろうか、短いのだろうか? (上巻p27~28)
わー、結構変わってますね。
「思案家なのか下世話なのか」 「独特の白々とした調子」 ・・・って、ちょっと合田さん!
☆一人暮らしの明かりのない部屋で、おまえは留守番電話の赤いボタンが光っているのを見、携帯電話にはけっしてかけてこない唯一の知り合いの元義兄の顔をとっさに思い浮かべながら、その場で録音を再生すると、しばらく聞いていなかったその当人の声が聞こえてきた。
テレビを観ているか。観ていなければ、すぐにテレビをつけてくれ。ニューヨークに旅客機が突っ込んでいる―――。
高くも低くもなく、少しためらうような声。一音一音わずかに間延びして、呼吸と発声がずれてゆく声。かつて、死刑囚が落下するのは二・四メートルだ、などと語っていたころの若々しさはすでになく、大学時代から二十年以上付き合った親しさもなかった反面、なおもこんな複雑な周波数はほかの誰も出してはこない、特別な声だった。それはニューヨークが云々と伝えただけで切れ、 (以下略)
★一人暮らしの明かりのない部屋で、おまえは留守番電話の赤いボタンが光っているのを見、携帯電話嫌いの元義兄の顔を自動的に思い浮かべた。二十年以上もの付き合いのなかで生じた価値観の違い、もしくは変化が互いに斥力になり、一寸した憎悪になり、いまさら距離を乗り越えるような理由も見当たらないまま疎遠になって以来、強いて思い出すこともなかった男からの突然の連絡だった。一瞬予想外にこころが揺れ、いまだに二十歳のようだと思いながら、その場で録音を再生すると、昔と大きく変わったというのでもない当人の声が流れてきた。
テレビを観ているか。観ていなければ、すぐにテレビをつけてくれ。ニューヨークに旅客機が突っ込んでいる――――。
高くも低くもなく、少しためらうような声。一音一音わずかに間延びして、呼吸と発声がずれてゆく声。かつて、死刑囚が落下するのは二・四メートルだ、などと語っていたころの若々しさはすでになく、大学時代から二十年以上付き合ってきた親しさもなかった反面、選択の余地がない元身内ならではの感情がいまもわずかに洩れでてくる、正直な声だった。それはニューヨークが云々と伝えただけで切れ、 (以下略) (上巻p35~36)
何があったの、義兄弟! と叫びたくなるこの変化。
「生じた価値観の違い」 「変化が互いに斥力」 「一寸した憎悪」 「距離を乗り越えるような理由も見当たらないまま疎遠になって」 ・・・って!
とはいえ、「予想外にこころが揺れ、いまだに二十歳のようだと思いながら」 ・・・って、今も初恋の人に胸がときめく乙女のような合田さん(苦笑) こういうところが、合田さん派は「かわいい」と思うのかしらん?
個人的には、「なおもこんな複雑な周波数はほかの誰も出してはこない、特別な声だった。」 の表現が好きなんですが、単行本で変わってしまいましたね。
☆あそこに貴代子がいる。いや、貴代子とは何者だったか。十四年も昔に別れた元妻だとか、たったいま留守番電話で声を聞いた男の妹だという事実に重みがなかっただけでなく、自分がいま、たしかにこれこれ然々のものを見たという確信もなかった。数分後、三年前に突然東京地検を辞めて地裁の判事になってからは連絡を取っていなかった元義兄の大阪の官舎に電話をかけると、留守番電話に入っていたのと同じ声が何か言い、おまえも何か応えた。そのおまえたちの眼の前では、二機目の旅客機がもう一棟のタワーに突っ込んでゆくところだった。その瞬間、地上でそれを見上げていた人びとが何か叫び、太平洋をはさんだ夜の東京と大阪でおまえたちも何か声を上げた。それは、たったいま貴代子の死を見たという驚愕でなく、逆に実感のなさでもなく、長年のおまえたちの感情生活から来たものでもなかった。そんな個人的な感情の及ぶところではない、まさに何かの未知の扉が開いたといった元義兄の声、おまえの声。
★あそこに貴代子がいる。いや、貴代子とは何者だったか。十四年も昔に別れた元妻だとか、たったいま留守番電話で声を聞いた男の妹だという事実に重みがなかっただけでなく、自分がいま、たしかにこれこれ然々のものを見たという確信もなかった。数分後、三年前に突然東京地検を辞めて地裁の判事になってからは大阪の官舎にいるはずの、その加納祐介に電話をかけ直すと、留守番電話に入っていたのと同じ声が何か言い、おまえも何か応えた。そのおまえたちの眼の前では、二機目の旅客機がもう一棟のタワーに突っ込んでゆくところだった。その瞬間、地上でそれを見上げていた人びとが何か叫び、太平洋をはさんだ夜の東京と大阪でおまえたちも何か声を上げた。それは、たったいま貴代子の死を見たという驚愕でなく、逆に実感のなさでもなく、長年のおまえたちの感情生活から来たものでもなかった。そんな個人的な感情の及ぶところではない、まさに何かの未知の扉が開いたといった元義兄の声、おまえの声。 (上巻p36~37)
連載では「連絡を取っていなかった元義兄の大阪の官舎に電話をかけると」
単行本では「大阪の官舎にいるはずの、その加納祐介に電話をかけ直すと」
「連絡を取っていなかった」って!? 単行本で削除されてよかった・・・(か?)
☆雄一郎は数秒耳をすませ、さらに一瞬、大阪は今日も雨だろうかと思ったところで、この二カ月来そうであったように頭を停止させていた。とうの昔にアメリカ国籍になっていた元妻の消息。唯一の肉親として遺体の捜索に行くことも、判事という立場では無理だっただろう元義兄。そして、その後のことをどうしても尋ねかねたまま、手紙の一つも書いていない自分の誰もが、崩落すべき世界の手前で静止しているか、あるいは運動に向かってエネルギーを溜め続けているか、だった。
★雄一郎は数秒耳をすませ、さらに一瞬、大阪は今日も雨だろうか、祐介はどうしているだろうかと思ったところで、いまさら言葉にするだけの忍耐がない感情の山がやってくる前に、この二カ月来そうであったように頭を停止させていた。とうの昔にアメリカ国籍になり、べつの家族を築いていた元妻の消息。唯一の肉親として現地で遺体の捜索に立ち会うことも、判事という立場では無理だっただろう元義兄。そして、その後のことをどうしても尋ねかねたまま、手紙の一つも書いていない自分。誰もが、崩落すべき世界の手前で静止しているか、あるいは運動に向かってエネルギーを溜め続けているか、だった。 (上巻p37~38)
「祐介はどうしているだろうか」・・・と思うんだったら、とっとと連絡とらんかーい!!
・・・と皆さんを代表してツッコミいれておきます。
【しつこいけど、警告】
加納さんのイメージが壊れるのはイヤ! という方は、ここでお引き取りください。 いいですね!? 引き返すのは今のうちですよ!
覚悟決まったあなたは、このまま進んでください。
「新潮」2006年11月号 連載第二回
☆いや、その年の秋に元義兄の加納祐介に会って福澤秋道事件の話をしたとき、祐介は言ったのだった。吉田戦車? ダダ? 世界と言葉の廃品でできた夢の島の凄みを俺は感じるが、それはまだ見入ることのできる無意味という意味が、そこにはあるからだ。それに比べて、パンツをはいていない女性の股を覗きながら、しゃぶしゃぶを食っていた役人や銀行員の顔はどうだ。ほう、坐ったままこうして頭を傾けて覗くんですか、割れ目まで見えましたか、ハッハッ、よく肉が喉を通りましたなあ。そんなことを俺は少し前まで毎日、壊れた穴のような顔に向かって尋ねていたのだ。なんなら、ほんとうに壊れている世界というのを見せてやろうか―――。
そのころ祐介は、前年から相次いだ中央省庁の低劣な不祥事の捜査に追われていたのだが、近々検察を辞めるつもりでいることを隠したまま、続けてこうも言ったのだった。いや、君の眼にはまだ、この廃品回収場のような世界に立ち会う強度があるということなのだろう。俺にはもうそんなものはない、と。やがて公報の地裁判事任官の欄に元義兄の名前を見つけて仰天することになる、ほんの半年前の話だ。
単行本では削除されました。
『太陽を曳く馬』中、最大の爆弾にして最大の変更 ・・・と目される部分。
単行本でこれが削除されているのを知ったときも相当な衝撃でしたが(苦笑)、連載当時の昼休みに、書店でここを読んだときは腰が砕けそうになりました。
こういうちょっと弱っているような、やさぐれたような、暗い狂気を湛えたかのような加納さんも、好き!! ・・・なんだけど、高村さんにはここを残すのは許せなかったのかしらん?
(この夜の加納さんは乱れに乱れ、合田さんを困惑させたと確信している)
数年後に発売予定の文庫版では復活するかな? しないかな? それとも単行本のままかな?
だって義兄が検事から判事に転職した理由らしきものが、単行本だけでは分からないでしょう?
それに『太陽を曳く馬』中、義兄弟が対面して会話している唯一の場面でもあるので、カットするのはもったいないなあ・・・と今も惜しんでいるのです。
変更部分を改めて見直したら、連載時では、距離をおいて避けているのは合田さんのほう、という気も、しないではない。
あるいは、合田さんは拗ねている。 自分に黙って義兄が判事になったことで、自分でも気づかないショックを受け、連絡を取らずに疎遠になった・・・という見方が、できるかもしれません。
***
一回目から衝撃の比較でしたが、義兄弟ファン、特に義兄好きの皆さん、大丈夫ですか?
義兄弟関連で、この衝撃を超える変更部分はもうありませんので、ご安心ください(慰めになってない)
この比較は、合田さんと元義兄・加納祐介さんの絡みの部分しかやりません。
合田さんは多すぎてやってられない(本音)
ちなみに連載も単行本も、特定部分を除いて(義兄弟関連と言わんか!)、通して1回しか読んでいません。 いずれは再読しないとね。
☆「新潮」連載時はこの色 ★単行本はこの色 で区別します。
色が分からない方は、☆印が「新潮」連載、 ★印が単行本 と区別してください。
【警告】
リアルタイムで連載を読んでいない方はひっくり返りそうになる部分もありますので、その心構えだけはしておいてくださいね。 もちろんネタバレしてますので、それがイヤな方はここでお引き取りください。
***
「新潮」2006年10月号 連載第一回
☆残された雄一郎もしばし、耳の奥でざわざわし始めた声とも気配ともつかないものをかき分け、かき分けしながら頭を停止した。そこに、もうずっと昔、検事だった元義兄が地方勤務のころにかけてきた電話の、珍しくうわずった声が聞こえた。雄一郎、おまえ知っているか? 刑場の足下の踏み板が開いて死刑囚が落下するのは、約二・四メートルだ。首が絞まるのに〇・七秒かかる。これは長いのだろうか、短いのだろうか?
★残された雄一郎は、耳の奥でざわざわし始めた声とも気配ともつかないものをかき分けかき分けしながら、ふいに長年の友人で離婚した女の兄でもあった男の声を耳に甦らせたりした。昔から、検事などという大層な職掌のわりには思案家なのか下世話なのかとんと分からない、行きずりの展覧会を覗くような独特の白々とした調子で加納祐介は曰く、なあ雄一郎、おまえ知っているか? 刑場の足下の踏み板が開いて死刑囚が落下するのは、約二・四メートルだ。首が絞まるのに〇・七秒かかる。これは長いのだろうか、短いのだろうか? (上巻p27~28)
わー、結構変わってますね。
「思案家なのか下世話なのか」 「独特の白々とした調子」 ・・・って、ちょっと合田さん!
☆一人暮らしの明かりのない部屋で、おまえは留守番電話の赤いボタンが光っているのを見、携帯電話にはけっしてかけてこない唯一の知り合いの元義兄の顔をとっさに思い浮かべながら、その場で録音を再生すると、しばらく聞いていなかったその当人の声が聞こえてきた。
テレビを観ているか。観ていなければ、すぐにテレビをつけてくれ。ニューヨークに旅客機が突っ込んでいる―――。
高くも低くもなく、少しためらうような声。一音一音わずかに間延びして、呼吸と発声がずれてゆく声。かつて、死刑囚が落下するのは二・四メートルだ、などと語っていたころの若々しさはすでになく、大学時代から二十年以上付き合った親しさもなかった反面、なおもこんな複雑な周波数はほかの誰も出してはこない、特別な声だった。それはニューヨークが云々と伝えただけで切れ、 (以下略)
★一人暮らしの明かりのない部屋で、おまえは留守番電話の赤いボタンが光っているのを見、携帯電話嫌いの元義兄の顔を自動的に思い浮かべた。二十年以上もの付き合いのなかで生じた価値観の違い、もしくは変化が互いに斥力になり、一寸した憎悪になり、いまさら距離を乗り越えるような理由も見当たらないまま疎遠になって以来、強いて思い出すこともなかった男からの突然の連絡だった。一瞬予想外にこころが揺れ、いまだに二十歳のようだと思いながら、その場で録音を再生すると、昔と大きく変わったというのでもない当人の声が流れてきた。
テレビを観ているか。観ていなければ、すぐにテレビをつけてくれ。ニューヨークに旅客機が突っ込んでいる――――。
高くも低くもなく、少しためらうような声。一音一音わずかに間延びして、呼吸と発声がずれてゆく声。かつて、死刑囚が落下するのは二・四メートルだ、などと語っていたころの若々しさはすでになく、大学時代から二十年以上付き合ってきた親しさもなかった反面、選択の余地がない元身内ならではの感情がいまもわずかに洩れでてくる、正直な声だった。それはニューヨークが云々と伝えただけで切れ、 (以下略) (上巻p35~36)
何があったの、義兄弟! と叫びたくなるこの変化。
「生じた価値観の違い」 「変化が互いに斥力」 「一寸した憎悪」 「距離を乗り越えるような理由も見当たらないまま疎遠になって」 ・・・って!
とはいえ、「予想外にこころが揺れ、いまだに二十歳のようだと思いながら」 ・・・って、今も初恋の人に胸がときめく乙女のような合田さん(苦笑) こういうところが、合田さん派は「かわいい」と思うのかしらん?
個人的には、「なおもこんな複雑な周波数はほかの誰も出してはこない、特別な声だった。」 の表現が好きなんですが、単行本で変わってしまいましたね。
☆あそこに貴代子がいる。いや、貴代子とは何者だったか。十四年も昔に別れた元妻だとか、たったいま留守番電話で声を聞いた男の妹だという事実に重みがなかっただけでなく、自分がいま、たしかにこれこれ然々のものを見たという確信もなかった。数分後、三年前に突然東京地検を辞めて地裁の判事になってからは連絡を取っていなかった元義兄の大阪の官舎に電話をかけると、留守番電話に入っていたのと同じ声が何か言い、おまえも何か応えた。そのおまえたちの眼の前では、二機目の旅客機がもう一棟のタワーに突っ込んでゆくところだった。その瞬間、地上でそれを見上げていた人びとが何か叫び、太平洋をはさんだ夜の東京と大阪でおまえたちも何か声を上げた。それは、たったいま貴代子の死を見たという驚愕でなく、逆に実感のなさでもなく、長年のおまえたちの感情生活から来たものでもなかった。そんな個人的な感情の及ぶところではない、まさに何かの未知の扉が開いたといった元義兄の声、おまえの声。
★あそこに貴代子がいる。いや、貴代子とは何者だったか。十四年も昔に別れた元妻だとか、たったいま留守番電話で声を聞いた男の妹だという事実に重みがなかっただけでなく、自分がいま、たしかにこれこれ然々のものを見たという確信もなかった。数分後、三年前に突然東京地検を辞めて地裁の判事になってからは大阪の官舎にいるはずの、その加納祐介に電話をかけ直すと、留守番電話に入っていたのと同じ声が何か言い、おまえも何か応えた。そのおまえたちの眼の前では、二機目の旅客機がもう一棟のタワーに突っ込んでゆくところだった。その瞬間、地上でそれを見上げていた人びとが何か叫び、太平洋をはさんだ夜の東京と大阪でおまえたちも何か声を上げた。それは、たったいま貴代子の死を見たという驚愕でなく、逆に実感のなさでもなく、長年のおまえたちの感情生活から来たものでもなかった。そんな個人的な感情の及ぶところではない、まさに何かの未知の扉が開いたといった元義兄の声、おまえの声。 (上巻p36~37)
連載では「連絡を取っていなかった元義兄の大阪の官舎に電話をかけると」
単行本では「大阪の官舎にいるはずの、その加納祐介に電話をかけ直すと」
「連絡を取っていなかった」って!? 単行本で削除されてよかった・・・(か?)
☆雄一郎は数秒耳をすませ、さらに一瞬、大阪は今日も雨だろうかと思ったところで、この二カ月来そうであったように頭を停止させていた。とうの昔にアメリカ国籍になっていた元妻の消息。唯一の肉親として遺体の捜索に行くことも、判事という立場では無理だっただろう元義兄。そして、その後のことをどうしても尋ねかねたまま、手紙の一つも書いていない自分の誰もが、崩落すべき世界の手前で静止しているか、あるいは運動に向かってエネルギーを溜め続けているか、だった。
★雄一郎は数秒耳をすませ、さらに一瞬、大阪は今日も雨だろうか、祐介はどうしているだろうかと思ったところで、いまさら言葉にするだけの忍耐がない感情の山がやってくる前に、この二カ月来そうであったように頭を停止させていた。とうの昔にアメリカ国籍になり、べつの家族を築いていた元妻の消息。唯一の肉親として現地で遺体の捜索に立ち会うことも、判事という立場では無理だっただろう元義兄。そして、その後のことをどうしても尋ねかねたまま、手紙の一つも書いていない自分。誰もが、崩落すべき世界の手前で静止しているか、あるいは運動に向かってエネルギーを溜め続けているか、だった。 (上巻p37~38)
「祐介はどうしているだろうか」・・・と思うんだったら、とっとと連絡とらんかーい!!
・・・と皆さんを代表してツッコミいれておきます。
【しつこいけど、警告】
加納さんのイメージが壊れるのはイヤ! という方は、ここでお引き取りください。 いいですね!? 引き返すのは今のうちですよ!
覚悟決まったあなたは、このまま進んでください。
「新潮」2006年11月号 連載第二回
☆いや、その年の秋に元義兄の加納祐介に会って福澤秋道事件の話をしたとき、祐介は言ったのだった。吉田戦車? ダダ? 世界と言葉の廃品でできた夢の島の凄みを俺は感じるが、それはまだ見入ることのできる無意味という意味が、そこにはあるからだ。それに比べて、パンツをはいていない女性の股を覗きながら、しゃぶしゃぶを食っていた役人や銀行員の顔はどうだ。ほう、坐ったままこうして頭を傾けて覗くんですか、割れ目まで見えましたか、ハッハッ、よく肉が喉を通りましたなあ。そんなことを俺は少し前まで毎日、壊れた穴のような顔に向かって尋ねていたのだ。なんなら、ほんとうに壊れている世界というのを見せてやろうか―――。
そのころ祐介は、前年から相次いだ中央省庁の低劣な不祥事の捜査に追われていたのだが、近々検察を辞めるつもりでいることを隠したまま、続けてこうも言ったのだった。いや、君の眼にはまだ、この廃品回収場のような世界に立ち会う強度があるということなのだろう。俺にはもうそんなものはない、と。やがて公報の地裁判事任官の欄に元義兄の名前を見つけて仰天することになる、ほんの半年前の話だ。
単行本では削除されました。
『太陽を曳く馬』中、最大の爆弾にして最大の変更 ・・・と目される部分。
単行本でこれが削除されているのを知ったときも相当な衝撃でしたが(苦笑)、連載当時の昼休みに、書店でここを読んだときは腰が砕けそうになりました。
こういうちょっと弱っているような、やさぐれたような、暗い狂気を湛えたかのような加納さんも、好き!! ・・・なんだけど、高村さんにはここを残すのは許せなかったのかしらん?
(この夜の加納さんは乱れに乱れ、合田さんを困惑させたと確信している)
数年後に発売予定の文庫版では復活するかな? しないかな? それとも単行本のままかな?
だって義兄が検事から判事に転職した理由らしきものが、単行本だけでは分からないでしょう?
それに『太陽を曳く馬』中、義兄弟が対面して会話している唯一の場面でもあるので、カットするのはもったいないなあ・・・と今も惜しんでいるのです。
変更部分を改めて見直したら、連載時では、距離をおいて避けているのは合田さんのほう、という気も、しないではない。
あるいは、合田さんは拗ねている。 自分に黙って義兄が判事になったことで、自分でも気づかないショックを受け、連絡を取らずに疎遠になった・・・という見方が、できるかもしれません。
***
一回目から衝撃の比較でしたが、義兄弟ファン、特に義兄好きの皆さん、大丈夫ですか?
義兄弟関連で、この衝撃を超える変更部分はもうありませんので、ご安心ください(慰めになってない)
単行本ではカットされてしまった場所を教えていただき、ありがとうございました。
読んだときは、内容のエグさにショックでしたが、敵を知るためにとリサーチをするとなんと、この「ノーパンしゃぶしゃぶ」なるものの事件が実際にあった事を突き止めました。
しかし、私はきれいさっぱりこの事件の事を忘れていました。(それもショックです)
夫に確認すると、覚えているといっていました。
「ノーパンしゃぶしゃぶ」なるものが、男にとってどういうものかと直接ではなく、なんとなく会話を通して夫から探ったところ、「遊び」おふざけ程度のようでした。100%欲望を満たすためのものではなく、数値で云えば50%程度だといっていました。
「俺は行っていないが、当時の上司は接待でつかった」と言っていました。
これは常套句なんですが、あまり追求しないでスルーしました。エロは男の人にとっては、マストアイテムなので、いい食事ができて(夫の話だといい肉を出していたようです)エロが体感でき人気があったようだと、夫・談です。
さて、ここの加納さんは、法の番人であるので接待はうけていない。接待を受けた官僚を捜査してたら、こういう発言につきあたって、国の根幹を作る人たちが何を言っているだと幻滅をしたのかと想像をしました。
そもそもこの箇所は初めから文章が難解で、何故、吉田戦車さん(同じ幼稚園の父母でした。綿あめをいつもバザーで作ってくださっている姿が印象的でした)が登場する?不条理って事かしら?と、ダダはダダイズムですよねっと、推測をしながら読んでいました。
そんなこんなで、官僚や大企業の重役の心が腐っている事に嫌気がさしたのかなって思いつつ、でもすでに接待ゴルフも呑んだのに今更何を迷っているのかと、理由としての強さが足りないなーっと思いました。
やっぱり、エロとその内容でしょうか。クリスチャンですが清廉居士という言葉が自然と浮かんでくるところもあるので・・・・。
それより私がよくよく考えてみて思った事は、どうやらこの二人は特別な関係にはなっていないなということでした。特別なら、転職の話はパートナーに絶対するはずですから・・・。
いろんなしがらみ、自意識、二人の間の歴史、そんなものが合わせって、友人という穏やかな関係に収まっているでしょうか・・・・。
でも、一言もなくとは、加納さんらしくないような気がするんですが・・・。常識人だから・・・。二人の間に、なんかあったんでしょうね。
あ~長くてすいません。いつも、いろいろと教えていただき、ありがとうございます。
「太陽を・・・・」、「冷血」は正直、私には難解で、読み落しだらけだと思います拙い感想で恐縮です。
>読んだときは、内容のエグさにショックでしたが
>事件が実際にあった事を突き止めました。
こんなシステムを考える人間が理解できませんが、昭和の時代には「ノー○ン喫茶」というものもありましたし。
>エロは男の人にとっては、マストアイテムなので
特に日本人男性が 「世界一どスケベで下品でエロい」 という説も、あながちウソでもないですね。
>官僚や大企業の重役の心が腐っている事に嫌気がさしたのかなって思いつつ、でもすでに接待ゴルフも呑んだのに今更何を迷っているのかと、理由としての強さが足りないなーっと思いました。
取り調べで、こんな話をしなきゃならないのが、心底イヤになったんだと思います。
『太陽を曳く馬』のサイン会で、「加納さんを、なぜ検事から判事にしたんですか」 と質問を書いたら、
「検事だと性格が悪くなるからですよ」 とご回答を頂戴しました。
こちらをご参照ください。 → http://blog.goo.ne.jp/karanawakana/e/36b290e074e2ee3c59967dc20e67982d
執筆前に、検察で何事かの不祥事やら、事件やらがあったのも影響していると思います。
>クリスチャンですが清廉居士という言葉が自然と浮かんでくるところもあるので・・・・。
そうですね、本音を言えば、加納さんは清らかなままでいて欲しいんですよね。 無理な話だと分かっているんですが・・・。
>いろんなしがらみ、自意識、二人の間の歴史、そんなものが合わせって、友人という穏やかな関係に収まっているでしょうか・・・・。
『レディ・ジョーカー』から『太陽を曳く馬』の間の数年間、何があったのか、あるいは無かったのか。 それがまったく分からないから、一層もどかしいですね。
だからいろんな想像の余地があるのですが、楽しくも辛いところです。
>「太陽を・・・・」、「冷血」は正直、私には難解で
ご心配なく。 私もきっちり理解できていると言えません。 再読したいとは思っているのですが、どちらもまだ果たせていません。
今は連載に集中します。