東日本大震災の少し前、「はだしのゲン」を初めて全巻読んだ(図書館にあると気付いたので)。
広島が復興していく過程での、個人の内心・個人と家族や仲間との関係・家族や仲間と近隣との関係・行政と個人・社会と個人・政府と個人・・・などのさまざまなことが描かれていた。厄災そのものだけでなく、引き起こされる人間社会のもろもろに向き合わなければいけないんだなあ。
そういうこと込みで日本は(私も)変わらざるを得ないんだろうな、と。震災の報道を見ながら思っていた。
でも、TPPに参加するのは違う、全貌が明らかにされない(ひどいよね)条約、関税率だけでなく社会のあり方を変える条約を結んで外圧で変わるのは、万病のもとでは。まず国内でじっくり議論してほしい。
だが、「衆参のねじれによる縛り」がない第2次安倍政権は、議論は少なくどんどん動いた。「日本は変わらざるを得ないんだろうなあ」どころか、民主党政権時代がなかったかのような戻り方で。
それにしてもオリパラ招致はないよね~と思い込んでいたのは、IOCというもの・外交というもの(アフリカ諸国への援助外交)を私がわかっていなかったからだ(おかげで首相の外遊の裏が心配な体質に)。
開催期間の東京の気候・原発事故の始末・被災地復興への影響(物資や人員の奪い合い)・震災の怖れ。・・・これだけ揃ってオリパラはないわ。
まずは被災地の復興だと思っていたので、オリパラで復興資金を稼ぐという考え方(どこで読んだんだろう?)には戸惑った。修理ではなく新設や新市場が経済を成長させるのだ・「復興」できてもその時日本全体のゴムが伸びきっていたらだめでしょ・・・というような。(すいません。ざっくりしたまとめ方で)
・・・これが適切な理屈であるのか、私には今もわからない。
東京2020開催の延期・外国人観客なし(・中止・・・?)はCOVID-19のせいだが。それが「大震災」でなかったのは、偶然でしかない(まだまだわかりませんよ)。
震災発生の可能性を考えて招致しない、という意見もあった。そうしたら、今、COVID-19のあれこれのうちオリパラ関連はなかったわけで。
経済に限ってみても。
売り上げ減・費用増は確定している。オリパラで復興資金を稼ぐ試みは失敗?
まあ、森喜朗さんは準備段階で収入を確保済みとも。確保済みの人は、企業や業界は、あるだろう。おかげでコロナ禍でも倒産や人員削減を避けられたとか納めた税の分歳入が増えたとか、そういう例もあるのかもしれない。・・・金額の規模はわからないけど。
国立競技場建て直し費用については、「嵐」が年間何百回もコンサート会場に使わないともとがとれない、という説があった。その「嵐」も停止した。どうなの~?
どうも行き当たりばったりだなあ。保険とか損害の引当金とか、事前に試算する仕組みはないのだろうか。
行き当たりばったり。菅政権にもそれを感じる。この時代、国民に大々的に示したのが「携帯料金引き下げ」。
「戦略」でさえない。「戦闘」だな。「こぜり合い」かも。(勝負はNTTの会員制レストランで実質的に決まるという・・・?)
いや、戦略か。行政手続きをどんどんスマホ経由に限るのかもしれない。料金下げさせたんだから行政用に毎月1GB使っても文句言うな、とか。
ディズニーランドのカリブの海賊系統のアトラクションみたいだ。乗り込むと薄暗い中をカート(?)が進み、初めてだと次の場面が何か・次に起こることが何か、わからない。
・・・こういうの、私の気のせいかと思っていたら。
「社会を変えていくための政策はたくさんありますが、全部はできません。私が小泉氏から一番学んだことは、戦略的アジェンダ(課題)を設定する重要性でした。課題を実行していくと、ドミノ倒しみたいに、社会にいろんな変化が起きることが期待できる、わくわく感のある政策です。(そういう政策を)菅首相なりに感じとっているのでしょう。不妊治療への公的医療保険の適用もうまく見つけたと思います」
(https://www.asahi.com/articles/ASNB877L6NB3ULFA004.html?iref=pc_extlink 朝日新聞デジタル「各論内閣、小泉政権と同じ」 竹中平蔵氏がみる菅政権 聞き手・津阪直樹、編集委員・伊藤裕香子 2020年10月9日 12時00分)
・・・「戦略的アジェンダ(課題)を設定」「課題を実行していくと、ドミノ倒しみたいに、社会にいろんな変化が起きることが期待できる」。竹中平蔵氏絡み? 小泉内閣からのやり方だったのか。
敢えて、なのね。安倍政権と大阪維新のやり方も同じだろう。
「わくわく感」・・・
そういうのが好きな人も多いのだろうけど。私はローラーコースターの方がいい。乗る前に明るい中で全体を見て「まず落ちる。これが怖そう。その先で360度回って、あそこで右に倒される。こういうのは平気」などと心の準備をしてから乗り込みたい。(例えです。実際の遊園地では違います)
予想通りではないのは承知している。目先のことだけがその都度目に入ってくるよりも、ずっとましだ。