「雷風恒」は久しく変わらない安定である。しかし、安定はいつまでも続かない。
「物は以て久しく其の所に居る可からず、故に之を受くるに遯を以てす。遯とは退くなり。」
いつまでも同じ環境にいれば、「井の中の蛙」になり、マンネリ化することになる。そこで、思い切って環境を変える必要もある。「遯とは退くなり。」定年を迎えたサラリーマンが現役を退くことも遯ではあるが、若くても気分転換に新しい世界に身を置くことも遯である。下経の配列から考えて、まだ始まったばかりであるので、若者が新世界に身を置くことの方がぴったりだと思う。
卦の形は、山(少男)が偉大な天の下にあり、じっと身構えているところである。天はあくまでも高く、広いので、小男はその偉大さに感激し、自分の小ささを思い知らされているところでもある。スランプに陥ったスポーツ選手が大自然を前にして、悩んでいた自分がちっぽけに感じて、新たなファイトに溢れているとも考えられる。
「物は以て遯(のが)るるに終る可からず、故に之を受くるに大壮を以てす。」
隠遁していると、心も身体も充分に養われるものだ。再び自信が回復して来る。そこで、「天山遯」の次に「雷天大壮」が置いてある。大壮の卦は、陽のエネルギーが溢れる程みなぎっている様をいう。雷は上を目指す活動を表している。そこに下から陽の天がさらに押し上げるのだから、気力満々、自信満々、さあ、行くぞ!という形である。
スランプを脱出したスポーツ選手は以前より何倍も気力に満ちている。スポーツ選手に限らず、どんな仕事、どんな趣味、芸術、全てに言えることではないだろうか。それにしても、易の配列には頭が下がる。3000年前から人間は変わっていないのだと、つくづく実感する。
次ページ:序卦伝(18)火地晋と地火明夷