加音オーケストラ ブログ

加音ホールに付属するオーケストラとして創立。地域に根差した音楽活動を行い地域文化に寄与する、を趣旨に創立27周年目です。

バッハはバッハ(寄稿)

2012-07-28 20:53:22 | 練習
バッハはバッハ


ヨハン・セバスチアン・バッハ(1685.3.21~1750.7.28)

                                
今日7月28日は、ヨハン セバスチアン バッハの命日に当たります。
1750年7月28日 65歳の生涯でした。 
私たち加音オーケストラはバッハを取り上げることはほとんどありません。
バッハの時代には今日のオーケストラの形態は存在しなかったからです。
しかしバッハは音楽の歴史上もっとも重要な人物に違いありません。
歴史的なこと地域的なこと しかしそれでは語り尽くせないものがあります。
バッハの魅力に取りつかれた人は他の作曲家とは別な世界を感じていると思います。


グレゴリオ聖歌に始まる西洋音楽の歴史は
地方により独自の発展を遂げて今日に至っています。
ドイツでも同じです。 
しかしどの発展上にもくくることのできないのがバッハです。 
チュービンゲン地方(ドイツ中北部地方)に最初に訪れた時 
バッハはこの地方の音楽家だと確信しほっとしました。
しかし それは第一印象にすぎないことにすぐに気づきました。 
バッハはこの地に生まれこの地の音楽を受け継いでいるにも関わらず、
独自の音楽を作りあげていった作曲家だったのです。 
まだ調性の整わない時代にあって
独特の音の配列を次々に生み出し独自の秩序を生み出してきました。
毎週一曲づつカンタータを約3年間書き続けたライプツィヒ時代を最後に
この世を去っていきます。
晩年に書かれた「フーガの技法」は崇高な深い響きで知られています。


今から20年以上前生地 アイゼナッハを訪れた時はまだドイツが東西に分断されていた時代で、
街中は戦争の傷跡が生生しく残っていました。
洗礼を受けたニコライ教会を訪ねると内部の椅子は長年の使用でくぼんで波打っていました。 
オルガンは音は狂ったままで、調整がほとんどなされず放置されたままでした。
バッハ博物館を訪ねると親切な館長さんにいろいろ説明していただき感謝の気持ちでいっぱいでした。
そこから裏手のヴァルトブルク城に山道を散歩していると心もほぐれ
いい時代だったころのバッハが忍ばれてきました。 
マルティン ルターが聖書を翻訳した部屋をのぞきながらこの地方の歴史を想像しました。
バッハに至るまでの音楽の歴史を考える上でとても重要なことだからです。 

私はバッハに導かれて今日まで音楽を続けてきました。 
これからもそれは変わらないと思います。
                     
鶴田 律晶


アイゼナッハのバッハハウス(博物館)


アイゼナッハの町


『フーガの技法』の第12曲の自筆楽譜




7月27日(金)の練習♪

2012-07-28 00:22:42 | 練習
今日も鶴田先生のTuttiです。
弦楽器・管楽器揃っての練習です。

ハイドンの交響曲第97番の3楽章、4楽章の練習をしました。

第2バイオリンから見たところです。

チェロとコントラバスの後ろから見たところです。

次にドヴォルザークの交響曲第8番の3楽章、4楽章を練習しました。


次にウェーバー『魔弾の射手』の前半部分を練習して、今日の練習はおしまいでした。

今日はオーボエ、ファゴット、クラリネット、フルートと木管楽器が揃いましたねと
フルートのTさんがおっしゃっていました♪
また、客席には見学の方がいらっしゃっていましたね。
ありがとうございます

皆さまおつかれさまでした。
今日はKanonさんがお休みでしたので新入り(柳)が投稿させて頂きました。
修正や追記などございましたらよろしくお願いいたします

今日は何の日(7月25日)バイエル

2012-07-26 23:34:20 | 練習

7月25日は、ピアノの教則本で有名なバイエルの誕生日です


フェルディナント・バイエル
(Ferdinand Beyer, 1803年7月25日 - 1863年5月14日)は、
ドイツの作曲家、ピアニスト。
彼の著した「ピアノ奏法入門書」、いわゆるバイエルピアノ教則本は、
ピアノを学ぶ者に最適な入門書として長く親しまれている。

なお、「フェルディナント・バイエル」は舞台ドイツ語の発音を元にした表記で、
現在のドイツ語では「フェアディナント・バイアー」のように発音される。

(ウィキペディアより)


バイエルは、
バイエル教則本以外にも幻想曲・ディヴェルティメントなども作曲しましたが
楽譜のほとんどが残っていないともいわれているそうです。
また、バイエルの評価は当時の専門家からは低いものもあったそうです。
一方日本では、初めてピアノを習うときに使われることが多く
私たちには馴染みのある教則本ですね。
明治時代、音楽取調掛(おんがくとりしらべがかり)という、
1879年から1887年までに存在した、文部省所属の音楽教育機関で
ピアノ教本として取り上げたことが
日本にバイエルが広まるきっかけになったようです。

ちなみに、音楽取調掛というのは学校における音楽教育の研究のために1879年に設立され、
1887年に東京音楽学校(後の東京藝術大学音楽学部)に発展的解消したそうです。
おんがくとりしらべかかり・・・


バイエルと聞くと幼少時代を思い出します
最近のバイエル
スマートな表紙に統一されています。



赤いバイエル、黄色いバイエル・・と言っていた頃のテキスト。
(調べてみましたら、今もこのタイプの教則本は出版されているようです!)



今日はバイエル氏についてでした

(Kanon)


マヤフェスタ♪ 7月21日(土) 

2012-07-25 23:41:47 | 練習

日本の児童文学作家の 椋 鳩十氏をご存じの皆さんも多いと思います。

椋 鳩十(むくはとじゅう)
長野県下伊那郡喬木村阿島出身。
旧制飯田中学(現・長野県飯田高等学校)、
法政大学法文学部(のちの文学部)国文科卒業。
大学在学中、佐藤惣之助の『詩の家』同人となり、
1926年に詩集『駿馬』を発表する。
卒業後、鹿児島県熊毛郡中種子高等小学校に代用教員として赴任するも、
3ヶ月で解雇となる。
その後に姉の紹介により、同県加治木町立実科高等女学校の国語教師に着任する。
仕事の傍ら、宿直室を使い作家活動を続け、
1933年に最初の小説『山窩調』を自費出版する。
この時初めて椋鳩十のペンネームを使った。
(ウィキペディアより)


姶良市加治木町に『椋鳩十文学記念館』があります。
毎年夏休みに入る頃、
椋鳩十の代表作「マヤの一生」にちなんだ「お話と音楽のつどい」マヤフェスタが開かれます。
今年も7月21日(土)に椋鳩十記念館の本館で行われました。

在りし日の椋鳩十氏の映像から始まり
「ストリーテリング」「人形劇」「ブラックシアター」「作品朗読」と
発表がありました。
加音オーケストラ弦楽メンバーの4名はリラの会の皆さんとともに
「日本の村々に」を演奏しました。



それに先立ち、弦楽メンバーでは
バッハ (管弦楽組曲第三番より) ガボット
ヘンデル サラバンド
ジブリより  さんぽ

を演奏しました。






観客の子供たちも静かに聞いてくれて
とても良い時間になったそうですよ!
皆さん、来年の夏も楽しみにしていてくださいね。

(Kanon)


加音オーケストラ ミニコンサート リハーサル(弦楽器編)

2012-07-24 23:13:44 | 練習

7月22日(日)は加音オケ後援会ミニコンサートが行われました。
午前10時過ぎ、リハーサルの為に団員が次々と集まってきました。

加音ホールの小ホールで行われた弦楽器のリハーサル風景です









コントラバスのメンバーが3人 
低音が響いてホント素敵ですね!








弦楽器パートの演奏曲
バッハ  二つのバイオリンのための協奏曲 第1楽章
ハイドン 弦楽四重奏「皇帝」第2楽章
ハイドン 弦楽四重奏 第17番第2楽章「セレナーデ」


弦楽四重奏曲第77番ハ長調の「皇帝」という副題は
第2楽章が「オーストリア国家及び皇帝を賛える歌」の変奏曲であることに由来していて
この主題は現在、ドイツの国歌となっています。


バッハ「二つのバイオリンのための協奏曲」のリハーサルの様子



ちょっぴり緊張もしましたが、
ステキな演奏会を開くことが出来てとても良かったですね。
これからも皆で演奏を楽しみましょう!!


演奏会を聴きに来てくださった後援会の皆様
暑い中、会場にお越しくださりありがとうございました。
次回をどうぞおたのしみに。
今後もどうぞよろしくお願いいたします

(Kanon)



加音オーケストラからのお知らせ♪

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