今朝の寒さに、世界の弁証法性を思う。
昨日からの寒波で今朝は雪が舞い、息をするのも苦しいほどの厳しい寒さであった。駅への道筋の風景も雪化粧で少し前とは別世界であったし、秋の風景、夏の風景、春の風景……と思いが浮かんでは消え、あるいは重なってしていくと、世界は運動、変化、発展していっているのだと、世界の弁証法性が実感される。
さて、そのような思いへと成っていくと、日々考え続けている様々な物事が違 . . . 本文を読む
スムージーを試し出した。現代版の甲田式生菜食と思える。
チアシード→ローラ→スムージーとの連想で、スムージーを試した。とりあえず冷蔵庫等にある野菜果物で作ってみた。
小松菜、玉ねぎ、りんご、バナナ、みかんを、チアシードを水に一晩浸けたもので固さを調節してミキサーにかけた。果物が分量的に多かったので飲みやすいものであった。
日常的に野菜の摂取が不足がちであるので、西式生菜食→甲田式生菜食→スム . . . 本文を読む
チアシードを試している。いかなる効果があるのだろうか?
弟が、ダイエットに良いとしてチアシードを水に浸したものを「ローラも飲んでいるらしい……」と飲んでいたので、ネットで調べ、かつ自身でも試してみている。
当初のチアシードに対しての自身の興味は、チアシードがΩ3を多く含んでいるらしい、ということであった。(丸元淑生氏によれば、Ω6は通常の植物油に含まれているがΩ3は亜麻仁油等の一部の植物油等に . . . 本文を読む
『よくわかる黄帝内経の基本としくみ』(左合昌美著 秀和システム刊)読み返している。東洋医学入門におすすめの一冊である、と思える。
鍼灸学校の二年生もそろそろ終わりとなって、東洋医学と鍼灸の初級レベルの問題は、あらかた学び終えたのでは、と思える。そこで、自身のそれらに対しての理解を確認しておく意味で『よくわかる黄帝内経の基本としくみ』を読み返してみることにした。
読み返し出して気付かされたことは . . . 本文を読む
八綱弁証について。認識論的に考えることの必要性感じる。
八綱弁証とは、表裏、寒熱、虚実、陰陽を四診(望診、聞診、問診、切診)によって弁証するということ、と教わる。また、表裏、寒熱、虚実から陰陽を判断するとも教わる。
しかしながら、認識というものは、対象の構造に分け入るということは一般的に、一般論→現象論(具体論?)→構造論→本質論という過程的構造を持つものであるから、八綱弁証も、一般論としての . . . 本文を読む
弟への施術を振り返る。一般的治療の二重構造について。
弟の手術後の痺れに対する施術、特殊的治療としては効果を感じてもらえなかったのだが、施術後しばらくして二時間ほど眠ってしまい、その日は夜の7時ごろから翌朝の10時ごろまで眠っていた。
彼は仕事の関係もあって、日常的に夜更かしする生活パターンが身についており、通常帰省して来ても、逆に帰省して来ているからかもしれないが、毎晩1時2時まで起きている . . . 本文を読む
「『医学原論」講義』、(9)〜(14)を読み返した。一般的治療についての自身の理解の不足、誤りを痛感する。
自身の鍼灸術の指針が、瀬江先生の『「医学原論」講義』(『学城』所収 現代社)で説かれ(解かれ)る、治療論の構造論である一般的治療論と特殊的治療論に学ぶことで得られるのでは、との思いで連載の(9)〜(14)を読み返したのであるが、一般論(本質論?)として単純化されて説かれるその中身を知ること . . . 本文を読む
今回二度目の弟への施術。治療を二重構造を持つものと考えることの大事性について。
弟への一回目の施術が術後の痺れに対する施術であったこと、それらは特殊的治療であったと考えられることから、治療の二重構造からすれば、一般的治療の余地があるのでは?と考えて、食、睡眠、運動の整えとともに、全体のコリやハリを解すという観点からの鍼灸を行なった。
具体的には、主に背部兪穴、阿是穴を使っての鍼、冷えのある部位 . . . 本文を読む
始まりは如何にあるべきか、を唯物論の、弁証法的な唯物論の立場で考えるならば、始まりを考えるときには当然に終わりを対立物の統一として考えなければならないと思う。
これは具体的に考えるならば、当たり前におこなっていることであると思う。例えば、一日の始まりを見事なものに!と考えると、布団をきちんと畳もうとか、朝起きたらまずラジオ体操をしようとか、朝食は和食とか、ヨーグルトと果物をとか、日記を付けようと . . . 本文を読む
n先生の施術を受けた。経絡で治療するということの実際が、朧げながら漸くにイメージ出来てきた、と思う。
一昨日、n先生による4回目の施術を受けた。例によって、望診、問診、脈診、切診等によっての腎、脾の虚証に対してと手指、足の冷え、胃の靠れ等の訴えに対しての治療をいただいた。
このn先生の施術のありかたは、瀬江先生が説かれている治療論の構造論であるところの一般的治療論と特殊的治療論として捉え返して . . . 本文を読む
(一年の)始まりについて考えている。それは本来、恐いほどの大事性をもつものであるのに、あまりに軽く見ていたのではないか、との思いする。
年末年始の休みを如何に過ごすかと考え、年末年始の休みのありかたを振り返り、これからの今年一年を思い、今週末にまだ連休があるので、再度、一年の始まりについて考え……という過程を、思い返してみると、「始まり」ということの持つ意味、「始まり」とは何か、ということを考え . . . 本文を読む
年末年始の休みが終わって今日は仕事始め。予定とは大きく(もしかしたら少し?)違った休みであった。
今回の年末年始の休み、まずは一年のスタートをしっかりと始められる体調の整えを、ということ目標とした。具体的には、何よりも睡眠、次に全身的な運動、余力があれば全身的な運動をもう少しレベルアップしての山を駆け回ったり木に登ったりという強烈な形で、と思っていた。
が、現実には、睡眠休養は取れたけれども、 . . . 本文を読む
『源氏物語の謎』(藤本泉著 祥伝社)読んだ。その謎解きに、さすが推理小説作家と思わされる。
『源氏物語の謎』では、『源氏物語』の作者が複数存在する、かつその作者の中に紫式部が存在しなかったであろうことが謎解きされている。のであるが、この書を読みだして想起したのが『黄帝内経』が幾つかの医術の流派の論文集とでもいうべきものとされている、ということである。
『黄帝内経』を複数の著者の論文集である、と . . . 本文を読む