徒然草第233段 万の咎あらじと思はば
原文
万の咎(とが)あらじと思はば、何事にもまことありて、人を分かず、うやうやしく、言葉少からんには如かじ。男女・老少(らうせう)、皆、さる人こそよけれども、殊に、若く、かたちよき人の、言(こと)うるはしきは、忘れ難く、思ひつかるゝものなり。
万の咎は、馴れたるさまに上手めき、所(ところ)得たる気色して、人をないがしろにするにあり。
現代語訳
いろいろな欠点をなくそうと思うなら、何事にも誠実に対応し、人を差別することなく、敬い、言葉少ないことにこしたことはない。男女、老人、子供など皆、このような人なら良いのだが、殊に若くて、美しい人の話すことの麗しさは忘れ難く、記憶に残るものである。
いろいろな欠点は慣れて来るにしたがって見えなくなり、得意げにもなり、人を軽んずるものである。
平等主義の歴史 白井一道
近代社会を支える人権概念は平等主義の上に成り立っている。地球上に生きるすべての人間は生まれながらにして平等である。この平等観なしには人権思想は成り立たない。平等主義は近代社会思想における他の一切の思想・信条・主張に対して優越しており、近代政治社会思想の根幹を成している。また民主制と平等主義は不可分な関係にある。
平等主義は、その性格上、常に階級や差別や格差・差異・区別の存在が前提となり、それに対する「反発」や「負い目」として成立する。そうした(人間の)個体間の相互性・同等性に対する理解・尊重・同情・畏怖・懸念・猜疑・危機感などの積み重ねにより、古来より人間社会における普遍的な社会道徳・社会規範として醸成されてきた発想が、いわゆる「黄金律」だが、平等主義は、その「黄金律」が敷衍化・過激化した一形態であるとも言い換えることができる。裏を返せば、人間の間に絶対的・根源的な差異・区別を設けることの困難さ、個体間の能力差の僅少さこそが、平等主義が生じる背景となっていると言える。
階級・差別・格差・差異・区別によって生じる利益・特権、あるいは、それらを支えている伝統・慣習・宗教・道徳・規範・規則、更には、それらによって支えられている社会秩序を維持しようとする守旧派と、それに反発する平等主義勢力との対立は、人類の歴史上、様々な場面で見られる普遍的なものであり、近代政治学における、右翼・保守と左翼・革新の対立にも受け継がれている。
国家・社会の多数派が格差・不公平・被差別を感じる状態の場合、新興勢力がその多数派が平等主義を主張ることによって、社会改革が発生・進行する。このように、全ての国家・社会には、常に平等主義へと促されていく潜在的圧力がかかり続けている。
キリスト教
閉鎖的な選民宗教であるユダヤ教に立脚していた古代イスラエルでは、長年の周辺民族・国家との対立・混淆、忠誠心を欠いた自民族に対する歴代の預言者達による数々の叱責、神(ヤハウェ)の至高性・卓越性追求(神は他民族をも救う)の果てに、ついにユダヤ民族の特権性の破棄(新しい契約)を宣言するナザレのイエスが登場することになった。
初期キリスト教の代表的な使徒(伝道者)であったパウロらは、異邦人(他民族)へと布教していくにあたり、ユダヤ教徒(ユダヤ民族)の要件・義務とみなされていた、割礼等の戒律・慣習の遵守を、保守派の反対を説得し大幅に破棄・簡素化させた。これによりキリスト教は異邦人(他民族)への布教が容易になり、周辺各地に広く普及していく一方で、ユダヤ教とは完全に分離・分裂していった。
イスラム教
開祖ムハンマドらの初期のイスラム教共同体(ウンマ)から発展して成立した、最初のイスラム系王朝であるウマイヤ朝では、アラブ人優遇政策を採り、同じイスラム教徒(ムスリム)であっても、非アラブ人はマワーリー(被征服民)としてジズヤ(人頭税)が課される等、差別待遇が成されていた。これがウマイヤ朝が打倒される一因となり、その力を借りて覇権を奪取した続くアッバース朝では、そうした差別は撤廃された。これは「アラブ帝国」としてのウマイヤ朝から、真の「イスラム帝国」であるアッバース朝への脱皮を果たした歴史的事件として、俗に「アッバース革命」と呼ばれる。
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