読者女性が「昨日法話の電話不要論ですが、実は私も大卒まではその考え方でした。メールは自分の都合でどうとでも。が、スマホの弊害か、事務職で入った会社を辞職。電話対応が緊張して出来ずに。その後も対人対応が出来ず、職を転々と。知人にも同じ様な人が。個人の好き嫌いは通じないですね、社会の中では」と。
【追伸】
この読者女性に「スマホを持っていない頃は、電話での会話や対面対話は、どうだったの」と。「中学時代までは、大丈夫でした。今思えば、スマホを持ってから『着信拒否、既読無視』という手段を得た事で、好き嫌いが極端になってきた様な気がします。社会組織と友人関係とでは勿論、違うとは理解しておりますが、根本的には変わらない感情(好き嫌い)で動いているかな。結局、自分の感情の話ですもんね」と。対し、拙僧「便利になる事は、悪い事ではないが、当然弊害も起きてくるよね。でもこれは、原始時代から、新しい道具が出る度に、人類はそうだったんじゃないのかな。『今の若い者は』の言葉が順繰りに流れて来る様に。結局、それを得た事によって起こる様々な弊害をなくす工夫を、その縁に出会った者が克服していくしかないかな。1人1人が自分に都合の良い事ばかりを求めていったら、当然の事ながら、人間社会が混沌とした状態になるは、仕方がないこと。1つを得たら、1つを失うは世の習いにて。コロナ期も、まさにこれかな」と。
