週間医学界新聞8月20日に掲載されたもの
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02990_02
ですが、ここにもう少しだけ詳しく解説したバージョンを掲載しておきます。
集中治療のメジャーな文献リストとしてご利用ください。
ついでにお隣さん、飯塚病院レジデントの後輩である本田 宜久先生による「家庭医療による病院再建と米国式外来への変革」
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02990_03
もどうぞ。
でははじまり。
読者のみなさんは、急性呼吸促迫症候群(ARDS)、敗血症性ショック、腎代替療法(renal replacement therapy: RRT)が必要な急性腎傷害、重症脳卒中、重症膵炎、多発外傷、大手術術後などの患者を見たらどのような対応をされるだろうか。これらの病態に頻繁に遭遇する方はむしろ少ないのではないか。本稿は、このような急性重症患者診療の非専門医の方のために、集中治療の最新の知識を一気に理解していただくことを意図している。3000字(10分)おつきあいくださればさいわいである。
鎮痛・鎮静
この10年で大きく変わった分野の一つが鎮痛・鎮静である。スケールを用いて目標鎮静レベルを設定し[1]、鎮痛を十分に行いながら[2]、一日一回鎮静の中断を行い患者をできるだけ覚醒させ[3]、意思疎通を図り、早期にリハビリテーションを開始する[4]スタイルが主流となった。
そこには、1. せん妄は単にICUという環境が原因でなく、多臓器不全の一部として発症する急性脳障害の一徴候であり、それ自身が長期予後の悪化と関連すること[5]、2. ベンゾジアゼピンによる深い鎮静が、例えばICUにおける正しい記憶形成を阻害し心的外傷後症候群(PTSD)などを誘発して、長期の認知機能・精神機能予後や生活の質に影響すること[6]、3.そのような深い鎮静を避けることにより、人工呼吸器時間・ICU滞在日数が短縮し、せん妄が予防できる臨床データが示されたこと、などの背景がある[2,3,7]。
現在は、鎮静ばかりでなくICUにおけるすべての診療行為において、“長期予後”という視点が必要になった[8]。
呼吸
ARDSは、人工呼吸そのものによってさらに増悪するため(ventilator-induced lung injury: VILI)、それを防ぐための呼吸管理法を確立することが最重要課題であった[9]。2000年以後の複数の大規模研究を経て、1. 6 ml/kg予測体重の小さい一回換気量[10]、2. 肺傷害や重力の影響で虚脱した肺胞を開通させ、できるだけ多く換気に動員(リクルートメント)[9]するための十分高いPEEP(オープンラング戦略)[11-13]、3. VILIを防ぐための高濃度酸素の回避[14]、を目標とした人工呼吸法が確立された。
以上の換気法で救命できない重症のARDS患者に対して、気道圧開放換気(APRV)[15]や高頻度振動換気(HFOV)[16]、体外式膜型人工肺(ECMO)[17,18]、腹臥位療法[19]、一酸化窒素吸入[20]などが緊急避難的に行われてきたが、死亡率を改善する明らかなデータは示されていない。しかし近年、ECMOがH1N1インフルエンザ肺炎によるARDSの救命手段として注目を集めた[17]。さらに、ECMO専門施設を中核として地域でARDS患者を診療する体制が有効であるとするデータも提示された[18]。
人工呼吸管理の中で最も強い根拠を持つの が自発呼吸トライアル(spontaneous breathing trial: SBT)である。すでに1990年代に、同期式間欠的強制換気(SIMV)や圧支持換気(PSV)で徐々にサポートを下げる(= ウィーニングする)よりも、一日一回一気にTピースや持続的気道陽圧(CPAP)に変更して30分から2時間、離脱の可能性を試験(= SBT)した方が、人工呼吸器時間が短くなることが示されている[21]。近年では、一日一回鎮静の中断に続いてSBTで離脱を図ると、急性期ばかりでなく1年後の生存率が改善するという驚くべきデータも公表された[7]。
ARDSでは、いったん血行動態が安定すれば水分バランスをドライに管理することも重要である[22]。これは、重症患者の救命のためには、1. 臓器特異的な(ex.呼吸器)管理、2. 原疾患(ex. 感染症)の制圧の他に、3. 全身管理の最適化が必須であることの一例である。
循環
まず世界の敗血症診療の標準的ガイドラインであるsurviving sepsis campaign guideline(SSCG)2008 [23]の中核をなす敗血症性ショックの初期循環蘇生について理解しておく必要がある。これは早期目標志向型治療(early goal directed therapy: EGDT)[24]と呼ばれ、輸液、輸血、循環作動薬を駆使して、平均動脈圧 ≥ 65 mmHg、中心静脈圧 8-12 mmHg、尿量 ≥ 0.5 ml/kg/hr、正常乳酸値などの目標値を6時間以内に達成しようとする循環蘇生法である。この方法の妥当性については依然議論が多いが[25]、直感的でわかりやすいため普及した。
その他、1. 蘇生輸液の種類は、原則としてアルブミンやスターチなどの膠質液は晶質液に比べ優位な点はなく、むしろ膠質液が有害である患者群が存在すること[26,27]、2. 肺動脈カテーテルは患者予後を改善するデータがなくむしろ合併症が増えるのでルーチーンで用いるべきでないこと[28]、3. ノルアドレナリンに不応性の敗血症性ショックにバゾプレッシンの併用が考慮に値する併用薬であること[29]、4. 心原性ショックを含めたすべてのショックにおける血管収縮薬として、ノルアドレナリンはドパミンに比べて不整脈が少なく妥当な第一選択薬であること[30]、5. 周術期心血管イベント予防におけるβ遮断薬に関して、使用が妥当な患者群および使用法がより明確になったこと[31]、6. 周術期心血管イベント予防におけるスタチンの有用性[32]、などが近年の主な研究成果であろう。
腎・泌尿器
この分野では、1. 低用量ドパミンに腎保護作用はなくむしろ有害である可能性が高いこと[33]、2. 本邦で承認されているヒトA型ナトリウム利尿ペプチド(カルペリチド)は、その汎用に見合う根拠が依然として不足すること[34,35](米国で心不全治療薬として使用されてきたヒトB型ナトリウム利尿ペプチド [ネシリチド] は、カルペリチドと同一の受容体に作用する薬剤であるが、10年に渡る複数の大規模試験の歴史の後に、既存薬に比し優位な点を示すことができずに敗北した[36]) 、3. 血行動態が不安定な患者では間欠よりも持続RRTが推奨されるが、それ以外の症例に対する持続RRTの利点は認められないこと[37]、4. 高用量(≥ 35 ml/kg/hr)の血液濾過の有効性が否定され、世界のRRTの標準用量は 20 ml/kg/hrに落ち着いたこと[38,39](本邦の保険適応量は 15 ml/kg/hr程度であり、このような低用量が患者予後に与える影響は依然として不明)、5. サイトカインの除去を狙いとしたnon-renal indicationのRRTの生命予後に対する効果は認められていないこと[40]、などが主な研究の成果である。
消化器・栄養
各種の栄養ガイドラインでICU入室早期(48時間以内)の経管栄養開始が推奨されているが[41,42]、現実には早期から目標エネルギーを投与できない場合が多い。そのような場合に静脈栄養を併用して目標エネルギー量を目指すべきか、1週間は経静脈栄養を待つべきかについて決着をつける大規模RCTが2011年に発表された[43]。それによると、早期から静脈栄養を併用して目標エネルギー量を目指すと、感染・人工呼吸器時間・RRT期間・在院日数・費用が増えるだけで、利点が一つもないことが示された。またARDS患者で、経管栄養により早期から目標エネルギー量を目指すと、最低限の投与量を最初の1週間維持する場合に比べて胃逆流などの弊害が多くなること[44]、期待されたω-3脂肪酸・γ-リノレイン酸・抗酸化ビタミンを添加する経管栄養法に臨床的な有効性が認められないこと[45]も判明した。このように現在は、侵襲が強い急性期には、“栄養過多によるストレス(nutritional stress)”を避ける控えめな管理がトレンドになった。
内分泌・代謝
2001年ベルギーの集中治療医であるvan den Bergheが、外科ICU患者でインスリンを積極的に用いて血糖を80 - 110 mg/dlに調節する厳格血糖管理を行うだけで死亡率が改善するという衝撃的な単施設RCT結果を発表した[46]。その後、この知見を支持するような研究も発表され[47]、世界中のICUでインスリンによる血糖管理が一段厳しくなった。しかし、2008年以降の3つの大規模RCTによってこの厳格血糖管理は低血糖発作を増やすだけで利点がないことが示された[48-50]。現在では、180 mg/dl程度以下の管理で十分とされるようになった[50]。
ARDSに対するステロイドは古くから研究者の注目の的であったが、現在では、時期に関わらず、どのような種類・量を使用しても臨床的に有意な効果はないと考えるのが標準的である[51]。とくに発症から14日以上経過した後期の症例については有害である可能性が高い[52]。一方敗血症では、血管収縮薬に不応性のショック症例で、ストレス補充量のヒドロコルチゾンの投与が広く行われている[53]。
感染
この分野では、1. 敗血症の認知後、できるだけ早期 (SSCGでは1時間以内) の感受性のある抗菌薬投与と感染源制御が推奨されること[23]、2. 敗血症に対するガンマグロブリンの本邦の保険適応量は諸外国のそれよりも圧倒的に少なく、死亡率の改善などの臨床的に意義の深い効果が証明されていないこと[54]、3. 本邦で広く行われているエンドトキシン吸着療法は、イタリアで行われたRCT[55]後、現在世界で二つの多施設RCTが進行中であり[56]、近い将来に効果が確定すること、4. 人工呼吸関連肺炎、カテーテル関連感染などに対する感染予防策、耐性菌対策がますます重要性を増していること[57-59]、などであろうか。
血液・凝固
この分野では、1. 深部静脈血栓症・肺塞栓症をガイドラインにもとづいて積極的に予防を行うべきであること[60-62]、2. 赤血球輸血の妥当な閾値は、進行性の出血がないICU患者では7 g/dl [63]、心疾患のある周術期患者や心臓外科患者では8 g/dl [64,65]、急性の心筋虚血患者に関してはまだ未確定[66]、3. 敗血症における生命予後を改善する抗凝固療法として、欧米で初めて承認されたリコンビナント活性化プロテインC(activated protein C: APC)は多数の追試の後に有効性が否定され、市場から撤退したこと、4. 本邦でAPCは未承認であるが、同族のリコンビナント・トロンボモジュリンが承認されているが根拠が十分とは言えず、現在北米で第三相試験が計画中であり、その結果により決着がつくであろうと予測されること[67]、などが指摘できる。
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