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地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

450万アクセス御礼・30年前の東急3450形

2014-05-29 00:00:00 | 懐かし画像


 いつも当ブログをお楽しみ頂き誠にありがとうございます m(_ _)m
 このたび当ブログは、450万アクセスの大台に到達いたしました。何せ多忙の中で自分を慰めるための自己満足ブログですので、常にいつまで続くか分からない状態なのですが (汗)、折角ですので少なくとも、この秋にめぐって来る開設10周年、そして近い将来に達するであろう500万アクセスの節目までは頑張ってみようかな、と思っているところです。というわけで、お楽しみ頂いている方々には引き続き何卒お引き立てのほど宜しくお願い申し上げます m(_ _)m
 そこで例によって、節目には懐かし画像を……と思ったのですが、何せ中坊・高坊だった頃に撮影した写真はヘタクソなものが多く、しかも以前所有していたフィルムスキャナではうまくスキャン出来ないカットも多々あり、ネタ切れの危機を強く感じておりました。しかし、最近すっかり安直に染まってしまった《マクロレンズ+ライトボックスによる接写》という超お手軽スキャンの方が、はるかに効率よく良質なスキャンを得られるようになりました。そして下手をすると、むかし写真屋でプリントしてもらったものよりも遥かに諧調がマシであることもあり、「何だ、意外と昔のカラーネガフィルムもポテンシャルがあるじゃないか」と驚くこともあります。そんなこんなで、救済に成功して今回アップ致しますのは、450万アクセスにちなんで東急3450形!



 既に3450形の懐かし画像は、一度モノクロでアップしたことがありますが (7年前……遠い目)、これは最初からモノクロフィルムで撮ったものですので、劣化云々を論じる必要は無し。これに対して、今回アップしたものはここ10数年来すっかり救済を諦めておりましたので、いやはや本当に嬉しいですね♪ これらはいずれも1984年の冬に撮影したものですが、今や時を経ること約30年、雪が谷大塚は既にステンレスカーのみとなって久しく、大岡山も地下に潜って久しく……これほど緑色の電車が当たり前のようにジャンジャン走っていた時代は一体何だったのだろうかとすら思います。とりわけこの後、7000系をVVVF化した7700系が大井町・目蒲線に投入されて、玉突きで残存釣掛車が総崩れになって行き、さらに目蒲線の分断によって、周知の通り雪が谷大塚持ちの池多摩線が7700・7600系の牙城となったわけですが、ついにこの度の1000系1500番台大量投入によって、改めて大きな歴史の節目が迫ろうとしています。その1000系1500番台が新7000系と同じく緑濃淡帯となり、グリーンの釣掛車のイメージを何となく復活・継承しているあたりは「いとをかし」と言うべきかも知れませんが、戦前の関東釣掛式電車の最高峰の一つと言って良い3450形を約四半世紀前に失い (デワ・デヤを除く)、そして今改めて本邦ステンレスカー史における偉大な記念碑的存在である7000→7700系を失おうとしているわけですから、世代交代は鉄道車両技術の進歩・重工業の振興のために仕方がないこととはいえ、やはり趣味的には寂しいことですね……。
 というわけで、今後も引き続き時間の許す限り、シブさが光る鉄道車両の栄枯盛衰を静かに見つめて行きたいものですが、嗚呼そういえば……最近ちっとも池多摩線にも行けてなかったりします (鬱)。車体ではなく線路の緑化がそろそろ絶頂に達する頃でしょうから (笑)、7700・7600系を撮るにしろ、1000系1500番台を撮るにしろ、一番の旬ではあるのですが……。