經房卿家歌合に久戀 二條院讃岐
跡たへて淺茅が末になりにけりたのめし宿の庭のしら露
二三句は、後拾遺集に、√物をのみ思ひしほどにはかなくてあさぢ
が末に世はなりにけり。といふをとりて、庭のあれたるさまを
かねて、露も淺ぢが末におくやうになりたりと也。
摂政家百首哥に 寂蓮
こぬ人をおもひ絶たる庭の面の蓬が末ぞまつにまされる
すべては、√たのめつゝこぬ夜あまたに成ぬればまたじと思ふぞ
まつにまされる。とあるを本哥として、其歌の意なるを、三四
の句は、心得がたし。もしは庭の蓬の、いたく立ちのびて、
松よりも高くなりたる意にいひかけたるにや。もし其意
ならばいかゞ。すべて物を甚しくいひなすは、つねのことながら、
蓬の松よりも高くなれるとは、あまりなるいひざま也。
題しらず 通光卿
たづねても袖にかくべきかたぞなき深き蓬の露のかごとは
めでたし。 蓬生ノ巻に、√尋ねても我こそとはめ道も
なく深きよもぎの本のこころを、といへる哥をとれり。
尋ねるは、上にいへるごとく、昔の本をもとめ出て、いひ出る也。本
歌に、本のこゝろをとあるにても知べし。 蓬といいふから、露
といひ、露といふから、袖にかくべきとはいへるにて、二三の句は、
かこち恨むべきかたぞなきといふ意也。 深き蓬の露
のかごとゝは、深き蓬生の宿とあれて、露しげきことを
いひたてゝ、恨むるをいふ。 一首の意は、今は早く通ひし
跡もなく、蓬生となれる宿にて、其人はたえてとひもこず、
たよりも絶ぬれば、昔の契をいひ出て、君がつれなくなれるに
よりて、かく宿はあれはて侍りぬと、かこち恨むべきやうもなしと也。
藤原保季朝臣
形見とてほのふみ分し跡もなしこしはむかしの庭のをぎはら
めでたし。下句めでたし。 二の句のほのは、三の句へかゝれり。
ほのかなる跡もなしの意なり。 むかしのは、昔になりしと
いはむがごとし。 一首の意は、人の通ひこしは、昔になりぬ
我庭の萩原なれば、ふみ分し昔の形見とて、ほのかにの
これる跡だにもなしと也。 萩原といへるは、上句に、古歌の
より所となどある歟。いまだ考へずもしさるともなくは、蓬生
とあらむぞまさるべき。