JAHPON LAND( Pucci )

スケートファニチャーやステンドグラス作品などJAHPON.comとして活躍する作家 土屋隆亮(プチ)のメッセージ!

INTO THE MILD 2

2009年01月24日 | INTO THE MILD
 東京で成り上がるには、人に負けない自分だけの個性をアピールして 目立たないと駄目だよね!何の疑いも無く、その活動に没頭して今まで来た。だのに 急に そんな「オレ流」が吐き気がする程 嫌いになって「No, I Can Not !」許し過ぎる自由をも疑ってしまう気分になったんだ。

 2008年に挑戦していた 某Hプロジェクトは、R氏を相棒に 男2人で「生き抜く為にはアイディアしか無い!」と張り切っていた。慶応大学で ディレクタービジネスのゼミが開かれ、成功から逆算された夢の無いクリエイティブがはびこる時代だからね。永年の夢だったステンドグラスのネクストレベルとしての展開にランタンのステンドグラスカスタムが産まれた。これから~と言う時に会社の経営事情で、売り上げに中々繋がらない プロジェクトの中止と 相棒の解雇が決まった。家業でも責任ある立場に、友達と会社の板挟みに苦しんだ。でもプロジェクトは2人の作品!会社ではビジネスにならなければ切られるのは当然~ビジネスとして成立出来るまでは地道に頑張ろう!と思っていたら、プロジェクトはR氏独りで続ける!と、おれは相棒に プロジェクトから解雇されてしまった。この動乱には細かい心理バランスのズレやスレ違いがあって 辛く苦しい時間だったけど、今になると 冷静にR氏の強力なワイルドパワーに感心するんだ。
 某セレクトショップBが始めるアートのラインに呼ばれていた おれは「ランタンこそ最新の作品だ」という想いを「2人で産んだ作品だから残念だけど~」と諦めて、独りでやっていた時の延長上の作品を提案して商談していた。解散の流儀として 喧嘩にならない様に企画からはお互い手を引くのが定説、企画名だけは泣く泣く譲った事になっていたんだ。商談が決まる頃になってR氏がランタンを提案して商談が決まっていると、驚愕のニュースに おれはR氏に猛抗議したんだ。だって おれが製作したランタンで商談して仕事取ってるし、ショップのチラシに宣伝されてる写真も おれのなんだ!譲らないR氏に抗議しながら、何で怒っているのか バカバカしくなって来て「もういいよ!悔しかっただけだよ!本当は2人で作りたかったし、遠慮して退化させた おれの商品よりも 最新にやりたかった作品が 良いに決まってる!それが同じ売場に並ぶなんて屈辱だって気持が解んないの⁈」と叫んだ。一人前になるまで修行し続けている人もいるのに、初めて作るステンドグラスを堂々と売ってしまう感覚も信じられなかった。恐ろしく器用で世界をナメている自信に言葉も失った。電話の後メールで「恥かしいかもしれない本心をぶっちゃけてくれて 嬉しい!やっと男同志の仲になれた~俺も涙をみせれるぜ」と驚きの上手の返しに、泣きながらも もう絶対かなわない~と笑えてきたんだ。
 おれは恋をしていた様な変な気分!このパワーが大好きで惚れていたんだ。同じサイドでいたい奴だった。永遠のライバルだと本気で思うよ。
 そして、この瞬間に おれの中の何かの時代が崩壊したんだよ。