久しぶりに松本城を訪ねる。10年以上前に家族旅行で行った以来だ。
かれこれ40年以上前には浅間温泉で交換機の工事をしており、毎週
新潟と松本の往復で、時間調整で松本城のベンチに寝そべっていたものだ。
中には入らず、まわりから眺めただけだったが、久しぶりに見たが、何度観ても
すばらしい。

一昨日から昨日に掛けて中学時代の修学旅行の思い出の旅と称して30名で日光方面へ旅して来ました。帰りに沼田にある吹割りの滝を観て来ました。他のメンバーは過去に観た事があるとかで、5名ほどで見学して来ましたが、時間の無い中で走りばしりの見学だったが巨大な岩石とまるで岩の中から水が湧き出る感覚は面白いものでした。帰りの階段は心臓破りの階段で息切れで死ぬ思いでした。
今年、隣のI君の依頼で何回かメダカや金魚をオークションで落札したが、その中で新潟から出品されていたKさんがおられて、取引ナビで場所をお聞きしたら、山古志との事で、紅葉見学の折りにでもとお誘いを受けていたので、昨日、I君と一緒に出掛けました。
山古志は中学生の時の恩師が3年ほど赴任されていたので知ってはいましたが初めて訪れました。牛の角突きで有名な闘牛場を見てから錦鯉販売のKさんを訪ねました。少し道に迷いましたがI君のスマホでのナビを駆使し、電話でご連絡したら、まさにお宅直前までたどり着いていました。
鯉や金魚は越冬の為に池から上げて越冬用の建物の中で泳いでいました。その後お宅に寄せて頂いたのですが、玄関先になんとカワサキのW1が4台も並んで置いてありました。4世代別の年式らしく細部に渡ってレストアされた素晴らしい作品のようでした。
お部屋に上げて頂いて今度はアマチュア無線のかなり古い受信機や送信機なども並んでいて、小生が初めて作った送信機と同じ物もあって懐かしく拝見しました。その他にかなり昔の木製のケースに入っている真空管式のラジオがたくさん所狭しと展示してあって、昭和初期の世界にタイムスリップしたような気になりました。
帰りには、金魚をたくさん頂いて感激しきりのI君と今度は小千谷の錦鯉の里を見学、巨大な錦鯉の美しさに感動して帰って来ました。Kさん奥様突然の訪問にも係らず有難う御座いました。
バイクやラジオの詳しい内容はKさんのブログ http://blogs.yahoo.co.jp/koikoiyamakosi をご紹介しますのでご覧下さい。
去る、7日、8日と自治会役員の研修旅行で仙台のキリンビール工場見学と試飲。この工場で生産されたビールは東北地区並びに新潟で消費されるとの事。
その後松島の五大堂等を見学後、鳴子温泉一泊。翌日は紅葉には一足早く景色は残念だったが最上川舟下りをしてから出羽三山神社に参拝して帰って来ました。本来なら18名のメンバーなのだが、欠席者が多くたったの7名で、マイクロバスの運転手も同じ自治会の人なので宴会は8名だったが半数以下でちょっと残念。
松島五大堂
最上川舟下り
出羽三山神社
先月の末に長い間心の隅に温め続けて来たバイクでの信州木曽路への旅を決行した。今を去る31年ほど前に長野県の木曽福島局の交換機の工事で8名ほどで長期間宿泊した元民宿を訪ねる旅である。今はもう民宿は閉店されているのだが、自分なりに退職して暇が出来たら是非訪ねようと長年思い続けて来た事なのだ。当時は冬を挟んでの工事で真冬には外気温がマイナス18度になったのを記憶している。今までの人生で経験した最低の気温だ。工事をしていた交換機機械室の温度はプラスの30度で、外の気温との差は48度と言う事になるが、若かったせいか体長を崩す事も無く元気だった。
最近では年賀状だけのお付き合いなのだが、出発の少し前に突然電話して、お訪ねする事を勝手に連絡した。、奥様が待っていて下さるとの事で誠に勝手ではあるが、決行する事にした。新潟から松本まで約280Km、松本から木曽までは1時間ほどの道のりだと思うが、もう若くは無いので無理はしないで松本で一泊、帰りは野沢温泉に一泊する事でネットで予約した。
我が家を5時15分頃出発したのだが途中でバイクのハンドルにナビが付いていない事に気付く。前の晩に部屋で宿へのルートなどを登録したりしていたのだが部屋に置き忘れてしまった。ナビ無しでは不安なので取りに帰る。結局再出発時間は5時45分頃だった。最初の予定では越後川口まで高速で行き、その後117号線を飯山方面へ走る予定だったが、朝早いので無理して高速道路に乗らずに国道を走る事にした。小千谷付近で小雨が降って来たので雨合羽を着る。そのまま道の駅で、コンビニで買ったおにぎりで朝食をとる。
9時頃津南の付近で休憩後ノンストップで走る。飯山を通過して小布施町、栗羊羹で有名なお店とかがありました。その後国道18号へ出て長野市内をグルグル回って国道19号に乗る。この19号こそ、松本局、浅間温泉局、大町局、等々への工事の際に毎週のように走った思い出の道で、どの辺に穴があるかまで覚えていたものだ。今は道路の周りは変わったようだが川の流れや山々の景色は何も変わらずに当時の懐かしい思いをよみがえらせてくれる。あの頃、いつもの山の中腹で追い越し禁止違反を見張っていた白バイのおじさんは今はどうしているのだろう?
長野市の出口付近のスタンドで給油してから、お昼の食堂を探しながら走ったが、焼肉とかの店が多くて、通り過ぎていたら、松本市内に入ってしまい、ファミレスを見つけたが平日なのに満員で、市内をグルグル回り、やっと空いている吉野家に入る。もう午後の2時半だった。それからナビで宿を探して、何とかたどり着く。玄関に入ってバイクの置き場を聞こうと思い、御用の方は太鼓を叩いて下さいとか書いてあったのでドンドンと太鼓を鳴らしたが、受付の隅で宿の息子さんらしき人がパソコンの前に座っていた。玄関の中にバイクを入れて下さいと言われたので入れる。屋根もあるので雨が降っても大丈夫そうだった。
素泊まりなので近所のコンビニで夕飯のおにぎりを買って食べる。風呂は17時からとの事で家庭風呂風だがジェットバスだった。たぶん一番風呂を頂いたようだ。その後ハーレーの排気音のような音が聞こえた。テレビを観て23時頃就寝とする。翌朝もコンビニに行き朝の弁当を買いに出る。玄関を見たらやはりハーレーが1台停まっていた。滋賀ナンバーだった。弁当を買って帰って来たらバイクの主が出て来たので30分くらい話す。今日は美しヶ原方面へ行くらしい。まだ48歳との事だが孫がいるらしい。
彼は俺より早めに出発して行ったようだが、俺はゆっくりして8時半過ぎに出る。国道19号をそのままずうっと行けば木曽に行けるようだ。途中、これも松本の仕事の時に訪ねた奈良井宿の民族資料館に寄る。当時40歳くらいのおばさんが野沢菜の漬物を出してくれて色々話しをしたのだが、今は町の職員の若いお嬢さんが交代で受付をしているようだ。当時の話しをしたら、資料を調べてくれて、当時の担当のおばさんの名前を調べてくれた。たぶん間違い無いと思うとの事で、今でも時々花を持って来てくれるとかなので、俺の事を話してくれるとの事で名刺を置いて来た。
ここでおみやげの木曽ヒノキ製の箸を買う。その後、奈良井宿を後にして一路木曽を目指す。目的地付近で郵便屋さんに少し聞いたりして何とか到着したが、家を見つけられずに、奥さんに電話したら、遠くの方で手を振って迎えて下さった。民宿の建物も当時のままで玄関の前に行ったら思い出した。この前で撮影した当時の写真もコピーして持って行った。当時泊まった部屋に通して下さってお茶を頂いたり、昔話に花が咲いた。以前年賀状でも聞いていたのだが二人の息子さんが何とハーレーに乗っているとの事で、去年は佐渡にも来たらしい。平日なので残念ながら息子さん達には会えなかったが、当時下の息子さんは5歳くらい、上の息子さんは小学校3年生くらいで俺の事は覚えてないようだとの話しだった。
話しも尽きないが12時を回ったのでそろそろお別れする事にする。又の再会を期してお別れし、国道に出ると反対側に道の駅があるのでここで少しお土産を物色し1時頃に帰路に着く。帰りのお昼は松本市内のコンビニの駐車場でおにぎりを食べる。あまり暑いのでアイスクリームを食べる。その後休憩無しで一路野沢温泉の宿を目指す。国道19号の長野と松本間は、ほとんどの区間追い越し禁止なのでスピードが出ないので到着はチェックイン予定時間の17時から遅れること1時間の18時到着。旦那さんが自宅用の車庫を開けてくれバイクを入れてくれた。
温泉は外湯が13箇所もあるとかで、一番近いのが宿から1分の「新田の湯」とかで宿から石鹸とシャンプーを貸りて行く。宿の奥さんがだいぶ熱いですよと言っていたが、確かに激熱だった。常連の人達は平気な顔で入っているが、頑張っても3分入っているのが限度だった。翌朝も同じ風呂に入ってから出発。国道117号線に戻って途中、グリーンピア津南の看板があったので寄り道をする。ゴルフをしている人や家族連れが羊やヤギのミニ動物園を見ていた。地場産の土産売り場のおばさんと世間話をする。秋山郷の話しが出たので少し道路に入って見たが、まだ紅葉には早いし熊も出そうなので途中で引き返す。後は小千谷のかど屋の大盛蕎麦を食べてから柏崎へ出て海岸道路を帰路に着く。
秋山郷入り口付近の蕎麦畑
清津大橋のたもとのかわいい雪ん子のモニュメント