コロナ感染者が出たタワマン、住民の間で何が起きたのか?
新型コロナウイルスの発生源を巡る米中対立や、さらに国内を見渡せば自粛警察や県外者狩りなど、パンデミックは社会にさまざまな分断をもたらした。それはまた“天上世界”でも例外ではない。
低層階住人は階段利用を強いられ、マスク非着用はネットで晒される
ステイホームの呼びかけによって、巣ごもりの拠点となった超高層タワーマンションの住民たちの間にも大きな軋轢が生じていた。
特に3密になりやすいエレベーターは、摩擦の温床であるという。江東区・東雲のタワマンで子育て中の40代男性は明かす。 「緊急事態宣言以降、ウチのマンションの管理組合は、3密防止のために『エレベーターの相乗りは原則5人まで』という努力目標を出した。しかし、ただでさえステイホームでマンション内の人口が増えているときに、みんな小分けになって乗るからエレベーターが全然来ない。急いでいるときに、すでに5人乗っているエレベーターに押し入ったら、小池百合子みたいなおばさんに『密です!』と叱責されたこともある。ネット上のマンションごとの住民専用掲示板で、『〇階に住んでる会社員風の男はエレベーターでマスクしていなかった』などと晒されたりするので、本当に怖いです」
タワマン・コミュニティでは、居住する階数によって地位が決まる「階数ヒエラルキー」が存在するといわれている。しかし、コロナ禍のタワマンでのエレベーター利用を巡っては、そうした格差がより鮮明になったようだ。品川区内のタワーマンションに住む30代の主婦の話。 「ウチのマンションは18階までしか行かない低層階用エレベーターと、それ以上にしか行かない高層階用エレベーターの2台に分かれている。ウチは4階なので、低層階用エレベーターです。以前は、高層階住人から見下される立場として、低層階住民にはちょっとした連帯感があったんです。しかし、3密が嫌われる現在は、低層階用エレベーターの利用者の間で『5階くらいまでの人は階段を使え』という雰囲気が漂っている。上階から来たエレベーターに4階から乗り込むと、舌打ちをされたこともあります」
現在は、なるべく階段を使っているという彼女だが、そこでもこんな問題が……。 「緊急事態宣言以降、共用施設のジムが閉鎖になっているので、トレーニング代わりに階段を上り下りしているおじさんたちが結構いるんです。階段は換気も悪いし、正直迷惑です。ちなみにウチの真上の階にいる子なし夫婦も昼間から部屋でエクササイズしているみたいで、ドスンドスンとうるさくて仕方ないですよ」
緊急事態宣言以降、首都圏の多くのタワマンではジム以外にも温浴施設、ラウンジなどといった共用施設を閉鎖してきた。
これについて、「共用施設が使えなければ、タワマンなんて刑務所や病棟と変わらない」と話すのは、江東区・有明のタワマンの賃貸物件に住む30代の男性会社員だ。 「ウチの会社では4月から2か月間リモートワークだったのですが、緊急事態宣言が発令されてからは、リモートワーカーが増えたせいでネット回線が混雑して繫がりにくくなり、仕事になりませんでした。徒歩圏で食材の調達ができるのは、マンション1階にあるスーパーが唯一の場所だったのですが、肉や冷凍食品はずっと品薄状態。トイレットペーパーの争奪戦も起きていました。
共用施設がすべて閉鎖されているので、気晴らしといえばマンション敷地内の遊歩道を歩くくらい。しかしそこも、休校になったガキどもがあふれていた。何人か叱り飛ばしてやりましたけどね。そもそもタワマンは昼間に全住民が在宅することを想定して造られていないので、あらゆる場所がキャパオーバー。共用施設の再開も未定だし、私は夏にも今の部屋を退去する予定です」
この男性のように、コロナ禍をきっかけに住んでいたタワマンを離れる者は少なくないようだ。都内のある不動産仲介業者は言う。 「タワマンの売りであるラウンジやジムなどの共用施設が閉鎖されたことは、流動的な賃貸市場においては負の影響になっています。すでに入居している貸借人の間では、共用施設を使えないのに今までと同じだけ共益費を徴収されることに対する不満もあります」
タワマンで賃貸離れが起きれば、所有する大家たちも手放さざるをえなくなるだろう。不動産市場への影響も小さくない。
感染者が出たタワワンで起きた住人同士の軋轢
では、実際に感染者が出たマンションでは何が起きたのか紹介しよう。東京・湾岸エリアにある某タワーマンションに住む40代の男性の証言。 「感染者が出たらしいという情報が、4月上旬に別の住民からLINEで回ってきた。その後、エントランスに、コロナ感染者が出たことを知らせる貼り紙が一時的に掲示されていました。これを機に、住民の間で“犯人捜し”が一斉に始まった。『先週、エレベーターで咳をしていた女性が〇階で降りた』『〇〇号室のご主人はよく中国に出張していたらしい』などと、真偽不明の噂が飛び交いました。感染を恐れてマンションから一時的に避難した人もいます。さらに感染者の部屋番号を公開すべきと主張していた人もいました」 このタワマンでは、ある住人が感染者だという噂が巡り、のちに非感染者だと判明するなど住民同士が疑心暗鬼に陥ったという。
感染者が出たというのは事実なのか。管理する三井不動産レジデンシャルサービスに問い合わせたところ、「個別の案件についてはお答えしかねる」と回答。ただし同物件を扱う不動産仲介業者に聞いたところ「4月中旬に感染者が1人出たと聞いている」と認めた。
前出の住人によれば、エントランスの貼り紙はその後、すぐに剝がされたという。資産価値が低下するので周知すべきではないという意見があがったからだ。前出の三井不動産RSは「一般論として」と前置きしたうえでこう答えた。 「感染者が出た場合を含め、コロナ対応などは住民様による管理組合が主導で決定しています」 こうしてコロナ対応に関する住民のコンセンサス策定が急がれるなか、会議が紛糾している管理組合も少なくなさそうだ。
江東区・豊洲エリアのタワマン管理組合の役員を務める40代男性は話す。 「目下の議題は、現在閉鎖中のジムやキッズルームをどうするか。再開は時期尚早とする声がある一方、閉鎖されたままだと共益費が払い損だと主張する人もいる。再開するにしても、今後の感染予防にかかるコストをどうするかという問題もあり、頭が痛い。閉鎖されていた間の施設管理費の一部について、運営委託先の業者に返還を求めようという動きもあります。しかし、われわれ管理組合の役員は、委託先の業者から接待を受けていて、あまり大きくは出られない事情もあるのです」
住人の分断や、施設を巡るいざこざは各地で起きている。パンデミックが浮かび上がらせたタワマンの闇はあまりにも深い。