いすみ鉄道ファン

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祈・NHK大河ドラマ「本多忠勝、本多忠朝」 第21話

2010年03月13日 | 本多忠勝 本多忠朝(大多喜城)

この日がやって来てしまった~ ロドリゴさま~ 

 いすみ鉄道の久我原駅で下車して、それ以来「久我原」をハンドルネームにしている(された)市川市在住の久我原さんの、いすみ鉄道ファンへの書き下ろし小説(フィクションです)

今までのお話は こちら

ドン・ロドリゴ漂着~日墨交流400周年記念ドラマ 第二十一話 

数日後、ロドリゴが江戸に帰る日、城内の馬場で忠朝とロドリゴは馬に乗っていた。
「ロドリゴ殿、今日でお別れじゃな。我らの友情の証しにその馬を差し上げよう。」
 ケンがロドリゴに通訳すると、ロドリゴは馬から降りて、片膝をついた。
「トノサマ、アリガトウゴザイマス。」
「そのような真似をされるな。」
 忠朝も馬から降りて、ロドリゴの手を取った。
「Mi amigo de corazon.(我が友よ)」
「もう、お会いすることもあるまいが、ロドリゴ殿のお国での活躍をお祈りしております。」
 ケンがそれを通訳するとロドリゴは忠朝と抱擁をした。その後、今度は忠古に握手を求め、やはり抱擁をした。
「タダフルサマ、アリガトウゴザイマス。」
 ロドリゴが言うと忠古も言葉を返した。
「お元気で、お元気で。」
 いつもは青白い忠古の顔が幾分、桃色に輝いて見えた。輝いてみえたのはなんと、一筋の涙だった。ロドリゴはホリベエに聞いた。
「ホルヘ、本当にここに残るのか?今なら、まだお前を連れて行ってやれるが、ここで別れたらもう二度と会えないぞ。」
「はい。もう決心したことですから。」
 ロドリゴは後ろ髪ひかれる思いで大多喜を去り、江戸に帰っていった。


 ロドリゴ一行が三浦按針が建造した「サンタ・ブエナ・ベントウーラ号」で江戸から故郷に向けて出航したのは八月一日のことだった。江戸湾を抜け、左手に見えた房総半島はやがて水平線の向こうに消えていった。

(ハポン(日本)よ。私は幸運だった。嵐にあったのは不運であったが、その嵐のお陰で忠朝殿と忠古殿という友人を得ることができた。

まずしいながらも、おだやかですがすがしい人々に会うことができた。国王(家康の事)にも親しく会うことができた。できることなら、イスパニアの正式な使者としてまた訪れたいものだ。しかし、それはかなうまい。

サキよ、ホルヘの事はよろしく頼むぞ。ホルヘはイスパニア人では無いが、いつかイスパニアと日本の交流の役に立つことを願っている。

Adios, amigos. Adios, Japon. Ahora yo salgo de Japon y deje Jorge como mi corazon.

(さらば友よ、さらば日本。私は日本を去るが、ホルヘを私のとして残してきた。))

 ロドリゴが大多喜を去った日、ホリベエは国吉に帰ってきた。
「お帰り、ホリベエさん。」
 ホリベエを待っていたのはサキの笑顔であった。その笑顔を見た時、やはり自分はここに残ることにして良かったとホリベエは思った。        

 続く 

 

ムーミン列車と大多喜城(撮影:tassさん)

 

クリックすると→  大きくなります。

(情報提供:於久さん)

大多喜城のホームページ http://www.chiba-muse.or.jp/SONAN/


常設展「房総の城と城下町」を開催中です。


3月27日~4月4日(29日を除く)に「中房総 大多喜城 さくらまつり」が開催されます。
「さくらまつり」の期間中、お城のライトアップを行います。(時間 18:00~21:00)

大多喜町観光協会サポーター  http://blog.goo.ne.jp/otakikankou
 


祈・NHK大河ドラマ「本多忠勝、本多忠朝」 第20話

2010年03月13日 | 本多忠勝 本多忠朝(大多喜城)

ドン・ロドリゴ漂着~日墨交流400周年記念ドラマ 第二十話 

これまでのお話→ コチラ(久我原さん著)

鶏の鳴く声でサキは目を覚ました。
(ここはどこだ?)
 一瞬、サキは自分がどこにいるかわからなかったが、すぐに昨日は忠朝の勧めで城に泊まったことを思い出した。城と言ってもここは家臣たちが住む城内の長屋である。
 昨日、大原から借りた着物を身につけたが、思いなおして自分の衣類に着替えなおした。今日は早く家に帰らないといけない。おとうがいなくなって、国吉の人たちには迷惑をかけているから、おとうの分まで働かなくては。
 外に出ると、一人の中年女性が井戸で水を汲んでいた。
(*^_^*)「あら、おはよう。まだ、ゆっくりしていたら良かったのに。」
「おはようございます。そうゆっくりはしてられません。帰って仕事をしなくてはいけません。ホリベエさんはどこにいるんでしょう?」 (*^_^*)「ホリベエさん?」
 この女性は夕べ屋敷からつれてこられたサキの世話をするようにと言われたが、サキがどういう娘で何故、城内に泊まることになったかは知らなかった。サキは簡単に事情を話すと、
(*^_^*)「ああ、伊三さんの娘さんってあなたのことだったんですか。」
「おとうのこと知っているんですか?」
(*^_^*)「いえ、お会いしたことはありませんが、主人から話を聞いていますので。」
「主人?」
 そこへ長田が現れた。
「おお、サキ、もう起きたか。今日はゆっくりしていてもいいぞ。」
「お頭さま。じゃあ、この方は?」
「わしの女房のきよだが。」
「あ、奥方様ですか。」
「はは、奥方様なんて偉そうなもんではないわ。」
 長田の妻のきよはにっこり笑うと、
「ご飯ができるまで休んでらっしゃい。後で呼びに行きますから。」
「いえ、とんでもねえ。おらも手伝います。」
「そうですか、じゃあ、お願いしましょうか。」
 井戸から汲んだ水桶を持って、サキはきよの後をついて台所に入って行った。
「良い娘だな。伊三には待ったいないのう。」
 そう呟いて長田は井戸から水を汲み、がらがらとうがいをした。

 そのころ、屋敷ではホリベエとロドリゴはまだ眠っていた。別れを惜しみ、昨夜遅くまで語り合っていたようである。一方、忠朝は城内の馬場で馬に乗っていた。しかし、今日の忠朝はいつもの様な元気はなかった。やはり、昨夜は飲みすぎて少し頭が痛いらしい。今朝もむりやり母に起こされて、日課の乗馬に来たのだが、力が入らない。
「大原、今日はもうしまいだ。」
「殿さま、元気がありませんね。」
「いや、元気がないということはないが、昨日もちと飲みすぎてな。」
「左様で。昨夜はロドリゴ殿と随分と楽しそうな様子でしたな。部屋の近くを通ると笑い声が良く聞こえました。」
「うん、伊三の娘からもおもしろい話がたくさん聞けてな。ついつい、飲みすぎた。」
「ついついですか。」
「ついついだ。」
「ついついねえ。うらやましい。」
 忠朝は大原が悔しそうな顔をしているのに気がついた。実は大原も酒飲みで食しん坊だ。
「大原、お前、妬いているな。」
「な、何をおっしゃいます。」
「わかっておる。酒の席にはいつも飲めない忠古が呼ばれることを妬いているのであろう。」
「そ、そんなことは、、、」
「考えても見よ。お前とわしで酒好きの二人がともに飲んでいたら、留まるところがあるまい。飲めない忠古がいるくらいがわしにはちょうど良いのじゃ。があ、はははは。それにしても、今日も暑いのう。しかもお前の顔を見ているとますます暑くなってくる。」
 小太りで丸い顔の大原は額に、今日も汗をびっしょりとかいている。

 朝食をすましたサキは長田につれられて、屋敷に向かっていた。今日のサキは饒舌だった。昨日、行元寺で会った伊三のよそよそしい態度、ロドリゴとホリベエが親子の様に思えたこと、あの忠古が意外と優しい人だと感じたことなど、サキは一人で喋っていた。そのサキの話を長田はいちいちうなずきながら聞いていた。
「長田様はお幸せです。」
 サキが唐突に言った。
「おれが幸せ?どうして?」
「あんなに良い奥方様いらっしゃる。」
「そうかな?特別に良い妻と思ったことも無いけどな。」
「いいえ、良い奥方様です。おらは今日、奥方様のお手伝いをしていて思いました。おらのことを、料理が上手だとほめてくだすった。うれしかったあ。おらのおかさんは死んじまったけど、お手伝いをしていておかさんのことを思い出しました。おらのおかさんもやさしい人だった。あんなバカなおとうに文句も言わず、いつもにこにことおとうの話を聞いていた。奥方様はおらのおかさんと少し似ている。あ、これは失礼かな。」
「そんなことはない。あれでも、おこると怖いぞ。」
「そうですか?奥方様でもおこることがあるんですか。信じられねえ。」
「サキ。」
「はい?」
「そんなにあいつが気にいったか?」
「いいえ、気にいるなんて、おこがましい。でも、おかさんが恋しくなりました。」
「じゃあ、うちの娘になるか?」
「え?また、冗談を。」
「そうだな。伊三に叱られるな。あいつは頭に血が上ると何をするかわからんからな。」
 ほおを赤らめて、長田は冗談だ、冗談だと繰り返した。長田夫妻には子供がいない。

 屋敷では大原がサキを待っていた。先の姿を見るとふうと大きなため息をついて言った。
「サキ、なんじゃ、その格好は。昨日、貸した着物はどうした。」
「今日は国吉に帰ります。おとうの分まで働かないといけないから。」
「その必要はない。ロドリゴ殿が帰るまで、二人には城に留まれと殿がおっしゃっている。」
「いえ、おらは帰ります。でも、ホリベエさんは残して行きますから。」
 大原は額の汗を拭きながら、また、ふうとため息をついた。
「殿の仰せに従え。お前が帰るというと面倒なことになるからの。」
「何が面倒なことだと?」
「こ、これは殿さま。」
 大原とサキがいる部屋に現れた忠朝に突然声をかけられて、大原はあわてた。
「お前はすぐに、面倒だ、面倒だという。少しは忠古を見習え。あいつは文句も言わずに働くぞ。まあ、何を考えているかはわからんがな。」
「また、忠古ですか。」
 大原はぷうとふくれっ面をした。
「サキ、そう急がなくてもよいだろう。一日や二日休んでもどうということもあるまい。」
「いいえ、おらは帰ります。でも、ホリベエさんはロドリゴ様が帰るまでここにいさせて下さい。お願いします。」
「そうか。」
「はい。」
 忠朝はにたりとした。
「でも、ホリベエがいなくてさびしくないか?」
「大丈夫です。ホリベエさんが国には帰らないと言ってくれたので、国吉で待っています。」
「そうか。では、仕方がない。しかし、まあそう急がなくてもよい。ゆっくりして、適当な時に帰ればよい。」
「ありがとうございます。ホリベエさんのこと、よろしくお願いします。」
「ほほう。まるで女房のような言い方じゃな。」
 サキは赤くなってうつむいた。
「大原、サキが帰る時、お前が送ってやれ。」
「えっ、わたしがですか。」
「そうだ、お前がだ。」
「それは、、」
「面倒か?」
「・・・・・・」
 大原は黙って汗を拭き始めた。

 ホリベエを城に残し、その日の昼過ぎ、サキは大原と供に国吉に帰った。サキは国吉の仲間の農民に仕事に遅れたことを詫びながら、いつにもまして働いた。
 その日の夕方、サキは再び伊三を訪ねた。そして、お城での出来事を伊三に話したが、それを聞いている伊三は不機嫌な顔をしている。
「なんだ、おとう、しかめっつらして。具合でも悪いのか?」
「そんなんじゃねえ。」
「なら、どうした?」
「お前、殿さまと一緒にめし食ったのか?」
「そうだ。」
「長田様の長屋に泊めてもらって、奥方様と一緒に朝飯の支度をした。」
「そうだ。」
「お前、城に行くのは初めてだったな。」
「そうだ。」
「おれは二度お城に行ったことがある。」
「うん、それは聞いた。」
「でも、俺は部屋にあげたもらったことも無ければ、殿さまとめし食ったこともねえ。」
 サキはにやりと笑った。
「サキ、おめえはおれに自慢しに来たのか。」
「ははあ、おとう、悔しいんだな。」
「おお、悔しいわい。俺が城に行ったのは失敗して捕まった時だけだ。それなのに、おめえは、、、」
「く く く 、、、」
「何がおかしい。」
「すまねえ。くくく、、、でもよ、おとう、おとうもそのうちお部屋に入れもらえるよ。」
「どうして。」
「殿さまは、今度は伊三と三人で城に遊びに来いと言ってくださった。」
「ほんとうか?」
 思わず、伊三は立ち上がった。そこへ参道を登ってきた老婆が声をかけてきた。
□「あんのう、住職さまはいらっしゃるかね?」
 伊三は老婆の声を聞くと答えた。
「ああ、これはおせきさん、こんにちは。今、呼んできますので待って下さい。」
□「あんた、誰かね?会ったことあるかい?」
「四、五日前にお参りに来てたろう。」
□「うん。そんとき会ったかね?」
「帰り際に和尚様と話をしているのを隣の部屋で聞いていたもんで。」
 伊三はその老婆の声を覚えていたので、顔がわからなくてもその老婆がおせきだとわかったらしい。伊三は本堂の中に入って行った。老婆、せきは不思議そうな顔をして本堂に入っていく伊三の後ろ姿を見送った。サキが伊三に声をかけた。
「おとう、今日は帰るぞ。また来るからな。」
 伊三は振り返らずに片手をあげた。 (文字数限界につき 上の記事に続く)

 


祈・NHK大河ドラマ「本多忠勝、本多忠朝」 第19話

2010年03月13日 | 本多忠勝 本多忠朝(大多喜城)

ドン・ロドリゴ漂着~日墨交流400周年記念ドラマ 第十九話 

これまでのお話は コチラ

ロドリゴはホリベエ、いや、今はホルへと呼ぶ事にしよう。 ロドリゴはホルへにスペイン語で話しかけた「ホルへ、元気そうで安心したぞ。」
「ドン・ロドリゴ、お気にかけていただき光栄でございます。去年ご出発されたときは、もう二度とお目にかかることはないと思っていましたが、思いもかけず、うれしく思います。」
 ロドリゴは穏やかな顔つきでホルへを見つめた。
「お前を残した事は心配だった。言葉も通じない異国に取り残されて、さぞ不安なことであったろう。」
と、言ってロドリゴは「おや?」と思った。小さく首をふるホルへの顔が一瞬微笑んだような気がした。

 昨年、岩和田で遭難し岩和田の住民と本多忠朝に助けられたドン・ロドリゴ一行は江戸では将軍徳川秀忠、駿府では徳川家康と会見した。家康との会見でロドリゴはキリシタン(カトリック)の保護、イスパニア国王フェリペとの親交、オランダ人の追放を願い、家康はキリシタン保護とイスパニア殿との親交については快諾したが、オランダ人とはすでに保護を約束していたのでその追放は拒絶された。オランダ人追放はかなわなかったのは残念ではあったが、家康からは思いがけない申し出があった。ヌエバ・エスパーニャに帰国するためにあの三浦按針が建造した船を貸し与えると言うのである。
 家康は家康でイスパニアとの交易に魅力を感じていたという下心はあったであろうが、初対面の自分にこれほどの便宜を図ってくれるとは、この日本の国王はなんという度量の大きな人物であろうと感激した。
 その後、京見物をし、大坂を経て豊後臼杵(大分県臼杵市)に向けて出発した。臼杵にはマニラをともに出港し、やはり嵐にあったサンタ・アナ号が漂着していた。ロドリゴのサン・フランシスコ号の乗員とサンタ・アナ号の乗員は再会を喜び合った。
 各地で歓迎を受け、再び江戸にもどってきたロドリゴは帰国の日程が決まると、もう一度、恩人であり友人である忠朝と忠古に会いたいと思って、再び大多喜を訪れていたのである。
 そして、ロドリゴにはもう一つの目的があった。それは、、、

 ロドリゴは大多喜城で久し振りに再会したホルヘに聞いた。
「ところで、足の具合はどうだ?」
「はい、だいぶ良くなりました。走ったり、急ぎ足で歩くと力が入らないような感覚がありますが、普通に生活する分には不便はありません。それも、この娘サキのおかげです。」
「おお、そうか。ん?確かあの漁村でお前を看病していた娘だな。」
 サキはホルへが自分の名前を言ったと思うと、今度はロドリゴが自分を見て、「Gracias, senorita.(ありがとう、おじょうさん。)」と言ったので思わず、「へえ。」と言って頭をさげた。しかし、サキは二人が何を話しているかは当然わからなかった。
「ところで、ホルへ、やっと帰国のめどがついたぞ。徳川様が三浦按針殿に命じて、ヌエバ・エスパーニャ行きの船を用意してくれることになった。徳川様も我国との通商を望んでいるらしい。一緒に帰ろう。帰国したら、お前を私の部下に取り立てて、働いてもらいたいと思っている。」
 ロドリゴはホルへの表情が曇ったのを見逃さなかった。
「どうした、ホルへ。あまりうれしくなさそうだな。それともフィリピンに帰りたいのか?私としては残念だが、それなら徳川様にお願いしてやってもいいぞ。」
いいえ、私はここに残りたいのです。」
「何?残る?」
「はい。故郷のフィリピンには身寄りもいませんし、ヌエバ・エスパーニャも私にとっては異国です。もちろん、はじめはヌエバ・エスパーニャに行きたいと思って船に乗ったのですが、嵐に会い、もう船に乗るのは嫌だと思いました。それに、ここの人たちは親切です。最初は変な目で見られましたが、今では言葉も通じないのに〝ホリベエサン、ホリベエサン〟と声をかけてくれます。ここの人たちはJorge(ホルへ)と発音するのが難しいらしく、私の事をホリベエと呼んでいます。幸い、ここの王は開墾事業に熱心な様で、私のフィリピンでの農民の経験が生かせそうですから。」
 王というのは忠朝の事であろう。その忠朝はロドリゴとホルヘの様子をじっと見守っていたが、ホルヘが渋い顔をしていることを不審に思った。忠朝は後ろに小柄な男が控えていたが、その男が忠朝になにやら耳打ちをしている。その言葉にうなずいていたが、話を聞き終わると忠朝はロドリゴに向かって言った。
「なに?この男はここに残りたいと申すのか?」
「Si.(はい。)」
 その言葉を聞くと、サキの曇った顔が晴れてホルヘを見つめた。ホルヘ、いやここからはまた、ホリベエと呼ぶことにするか。ホリベエはサキの笑顔に、これもまた笑顔でうなずいた。二人の様子を見た忠朝は、なるほど、この男が大多喜にとどまりたいというのはこの娘のせいかと思った。
 ドン・ロドリゴがまた、ホリベエに何か話しかけたが、ホリベエは首を振るばかりである。そんな二人のやり取りを見ていたサキは思わず殿さまに声をかけてしまった。
「殿さま、二人は何をしゃべってんでしょうか?殿さまは言葉がわかるんですか?」
「まさか、わしにもロドリゴ殿の言葉はわからん。通辞がおるのでな。」
と、忠朝は後ろに控えている男を振り返った。
■「サキさん、お久しぶりで。うちのこと覚えてはりますか?」
 サキは聞きなれないが、あの懐かしい西国言葉に驚いた。
「も、もしかして、ケンでねえか?」
■「ああ、覚えていておいでで、おおきに、おおきに。」
 なんと、去年難破したロドリゴの船に偶然乗り合わせていた日本人のケンであった。
「まあ、そんな立派な格好しているからわからなかった。殿さまの家来かと思った。」
 ケンは遭難時、薄汚いシャツを着た下働きの水夫という格好だったが、今は髪をきれいに結い上げて、上等ではないが落ち着いた着物を着ていた。
「ホリベエさんがサキさんと一緒に大多喜にいるとは驚いた。やっぱ、二人は好きあってんやろ?うらやましいこって。」
「そ、そんな。お互い言葉が通じねえし、ホリベエさんもおらのことなんかなんとも思っちゃいねえべ。」
■「でも、ドン・ロドリゴがヌエバ・エスパーニャに帰ろうと誘っても、ホリベエさんはここに残る言うてまっせ。」
「えっ、本当に?」
■「ほんま、ほんま。」
 と、サキとケンが話をしていると中根が咳払いをし、サキに向かって言った。
「サキ、控えよ。」
 中根に睨まれて、サキの顔がこわばった。サキの顔も中根のように白くなってきた。
「も、申し訳ありません。懐かしい人にお会いしたので、なれなれしくして、、、」
 サキは中根にひれ伏してあやまった後、ケンにも頭を下げた。
「ケンさん、懐かしくて失礼な物言い、お許し下せえ。こんなご出世されたのになれなれしくしちまった。」
 中根は忠朝の午前でサキとケンが勝手にはなしをしている事をしかったのだが、サキは殿様の通辞であるケンになれなれしい態度をとった事をとがめられたものと思った。中根はサキの様子を見て、口元がゆがんだ。口は笑っているようだが、目は笑っていない。
「サキ、勘違いするな。わしは、殿さまとロドリゴ殿の前で勝手に二人で話をするなと申したのだ。伊三も娘もあわてものじゃ。」
「忠古、まあ良いではないか。サキ、聞いての通りホリベエはここに留まりたいという。今は新田の開発に人手はいくらでもほしいところじゃ。伊三はまだ家には帰れないが、ホリベエと力を合わせて新田の開発の手伝いをしてくれ。のう、ロドリゴ殿、それで良いかな?」
と、問いかけられてもロドリゴには忠朝が何を言ったかわからなかった。
 サキの白い顔が今度は真っ赤になったかと思うと、今度は一筋の涙をこぼした。
「殿さま、、、ありがとうございます。おとうの言う通りだ。殿さまはおやさしい方だ。」
 ドン・ロドリゴはケンから忠朝の言った事を聞いて、腕を組むと小さく首を左右に振って、うなだれた。それを見て、忠古が忠朝に声をかけた。
「殿、今日はもう世もふけました。今夜は二人とも、城に止まらせてはいかがでしょう?ロドリゴ殿もホリベエと過ごすことをお望みかと。」
「忠古、わしもそう思っていたところだ。ロドリゴ殿も国に帰れば、再び戻ってくることもあるまい。今宵はみなで酒でもくみかわしながら、、、」
「殿、御酒をめしあがるは結構ですが、、、」
「わかっておる。ほどほどにせいというのであろう。全く、母上の様な事を言うやつよ。」
 忠朝がむっとしてつぶやくと、サキは思わず噴き出した。
「サキ、何がおかしい。」
 忠古がサキを睨むと、
「も、申し訳ありません。殿さまがおとうと同じことを言うものですから。」
「何、どういうことだ?」
「殿さまもご存じでしょうが、うちのおとうはだらしなくて、挨拶もできねえ、庭でしょんべんはする、食べながらしゃべるで、おらがいちいち注意すると『ばあさんみてえな事言うな!』っておこるんです。」
「そうか、伊三もか。がははは。これはいい。わしに忠古がついているように、伊三にはサキがおるということか。がははは、こりゃ、おかしい。があははは。」
 どうやらサキが伊三を叱りつけてるところを想像し、忠朝の笑いのツボを捕えてしまったらしい。
「そうだ、サキ、伊三の話を聞かせてくれ。岩和田の漁師の仕事についても興味があるし。なあ、忠古。」
「………」
 忠古は返事をしなかった。それにしても、、、
 サキは忠古がその見た目とは違って、意外と情けが深いのには驚いた。あの日、伊三を城に連れて行った忠古は鬼のように見えたのだが、、、、

 一同は場所を移して、別れの宴を始めた。楽しそうなのは、忠朝、ロドリゴ、ケンの三人だけで、ホリベエとサキは緊張し、忠古は蒼白な表情で黙って三人の話を聞いていた。
 しかし、時間がたつにつれ、サキが話す伊三の話に場が和んでくると、サキもホリベエもようやくくつろいだ感じになってきた。そこで、サキは気になっている事を確かめたいと思い、忠朝に言った。
「殿さま、おら、ホリベエさんが言っている事はまだよくわからねえんだけど、気になることがあるんで、ケンさんに聞きたいことがあるんです。ケンさんと話して言いでしょうか?」
「気になること?ああ、かまわんとも。ケン聞いてやれ。」
「ありがとうございます。ケンさん、ホリベエさんがよくボニートとかボニータって言うんだけどなんのことだ?」
 ケンはにたりと笑った。
「なんだ、いやな笑い方するな。どういう意味だ?」
■「それはどんな時に言うんです?」
「そうだな、最初は猫を捕まえてきて、ボニート、ボニートって言っていたんで、猫の事を言うのかと思ってたんだけど、近所の子供を抱き上げてボニートって言うかと思ったら、ホタルを見てもボニートだ。」
■「そうですか。サキさんにも言いますやろ?」
「うん、おらにはボニータって言うけどな。」
 すると、ホリベエがケンに言った。
「Si, ella es muy bonita. Me gusta mucho.」
「ケンさん、なんて言ったんだ。」
 ケンはまた、にやにやと笑った。ロドリゴもホリベエの肩をたたきながらにやにやしている。
「なんだ、みんな気持ち悪いな。教えてくれよう、ケンさん!」
■「それはな、サキさんは可愛い、大好きだって言ったんですわ。」
「えっ?」
 サキは顔が赤くなってきた。ホリベエを見返すことができなかった。
■「やっぱりね。去年、岩和田にいるときから、そうやないかと思ってたんや。Bonitoっていうのは可愛いらしいっていう意味です。女性にはbonitaって言いますけどね。」
「そ、そんな。おら、こんな図体でかいし、可愛いなんて言われたことはねえ、、」
 確かにサキは父親の伊三に似て、頑丈な体つきをしていて、岩和田の漁師や、大多喜の農民に交じって仕事をしていると姿を見ると女性とは思えないこともあるが、その顔だちは幼さが残り、かわいらしい印象を与える。体つきの小さい日本人から見れば、「大女」ということになろうが、スペイン人の血を引く大柄なホリベエと並んで座っているとサキもそれほどの大女には見えない。
「ふむ、確かに体は大きいが、見ようによっては整った顔だちをしているのう。」
 忠朝はうつむくサキの顔を覗き込んだ。その時、一人の女性が宴の部屋に現れた。忠朝の母、お久である。
「なにやら、楽しそうでございますねえ。」「これは、母上。」
「忠朝殿、妙福寺からそうめんが届きましたので、みなさんに食べていただこうと思ってゆでてまいりました。」
「ああ、そうですか、妙福寺から。ロドリゴ殿、珍しいものが届きました。是非、めしあがってください。」
 お久についてきた待女が一同の前にそうめんを置いて行った。勧められて、まずロドリゴがぎこちない手つきで箸をつけて、忠朝に向かった。
「Oh, sabroso!」
「ロドリゴ殿、わしは三郎ではない、次男じゃからの。」 すると、ケンが笑った。
■「はは、殿さま、sabrosoっていうのはイスパニア語でおいしいって言う意味です。」
「そうか、ロドリゴ殿の国の言葉は我らの言葉と似たようなところがあるからややこしいのう。」

 こうしてロドリゴとホリベエのが再会した宴は和やかなうちにお開きとなった。ロドリゴのたっての希望でその夜はホリベエと枕を並べて眠ることになった。ホリベエは身分違いを理由に辞退したが、忠古が強く勧めるので恐縮しながら受けることになった。ロドリゴがホリベエの肩を抱いて寝所に向かう後ろ姿がサキにはまるで親子のように思えた。
(ホリベエさん、本当にここに残っていいのか?ロドリゴ様とお国に帰った方がいいんではないか?)
 そう、思いながら庭を見ると、青白い光が三つ点滅しているのを見つけた。三匹のホタルであった。サキにはそれがなぜか、伊三、ホリベエそしてサキが再び一緒に暮らしている姿に思えた。
(おとう、ホリベエさんは大多喜に残るんだってよ。おとうはいつ帰ってくるんだ?)
 サキは伊三とホリベエの先行きが心配だったが、なぜか胸の奥が心地よく暖かくなっている事を感じた。(続く)