去年の今ごろ、私はぬかるみの中にいた。
「ノイローゼになってしまうんじゃない?」
「本を読んでは考え込み、酒を呑んでは考え込み、考え込んでは何かを書き、書いてはまた呑みの繰り返しやんか」
と妻に言われたことを覚えている。
ということで、試しに2011年4月のバックナンバーを覗いてみると、こんなことを書いていた。
そうだな。「目先の状況の改善策だけ」で満足しないからこそ、少々辛くなるのだなと、時として「焦りすぎて」いるかもしれない私は昨夜、黒伊佐錦の水割りを飲みながら考えていた。
たしかに、私が思う「改善」のスピードが、他人のそれと明らかに異なっていることは認める。
そして、「思いどおりにいかない」という、その「思いどおり」とは「(私の)思いどおり」であって、そうならば、「(私の)思い」を伝えなければ「思いどおり」になぞなるはずもないということもまた自明のことなのである。
しかし、「思い」は伝えているはずだ。
なんだ今も変わらないではないか。と思う私の頭に、こんな言葉が浮かんだ。
ブログを書くというのは、将来に向かって、過去の記録を残すことだ(桃知利男)
「うん確かにそうだ」とうなずく私はその後しかし、
「今日のは”書く”と言えんわな」とボウズ頭をかく (^.^;
「コピペはダメよ」なのだ。