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「倫理的に生れた男」は意味不明~夏目漱石『こころ』批判5/7

2020-11-06 21:09:07 | 評論

   「倫理的に生れた男」は意味不明

     ~夏目漱石『こころ』批判5/7

 

  • 「倫理的に育てられた男」

『こころ』には意味不明の言葉が満載だ。ところが、困ったことに、そうした言葉が辞書で引用してある。

 

倫理に関するさま。また、倫理にかなっているさま。

「―に許されない行為」「私は―に生れた男です。又―に育てられた男です〈漱石〉」

(『明鏡国語辞典』「りんり‐てき【倫理的】」)

 

「倫理」の内容は、時代や集団によって異なる。だから、「倫理的に許されない行為」や「倫理にかなっているさま」の具体例は、当然、時代や集団によって異なる。

 

私の暗いというのは、固(もと)より倫理的に暗いのです。私は倫理的に生れた男です。又倫理的に育てられた男です。その倫理上の考は、今の若い人と大分(だいぶ)違ったところがあるかも知れません。然しどう間違っても、私自身のものです。

(夏目漱石『こころ』「下 先生と遺書」二)

 

「私」とは、「先生」と呼ばれているSだ。

「暗い」は「暗い人世(じんせい)の影」(下二)から来ているが、この言葉も意味不明。「暗い」の被修飾語が決まらないからだ。「暗い人世(じんせい)」だと、意味不明。〈「暗い」「影」〉なら、無駄。「暗い」から「厭世(えんせい)的に」(下十二)を連想してわかったつもりになる人は、軽薄才子。

「固(もと)より」は意味不明。

「倫理的に暗い」は意味不明。〈倫理に暗い〉と誤読したくなる。誤読ではないのかもしれない。

「倫理的に生れた男」は意味不明。無意味だろう。

「倫理的に育てられた男」は〈「倫理的」な「男」になるように「育てられた」〉と作り替えてわかったつもりになれる。だが、Sの両親が教育熱心だった様子はない。むしろ、「寧ろ鷹揚(おうよう)に育てられました」(下三)という。ただし、この「鷹揚」も意味不明。

「その倫理上の考」に関する典拠や徳目などについて、『こころ』では明示されていない。

「今の若い人と大分(だいぶ)違ったところがある」という言葉は、〈昔の「若い人と」ほとんど「違ったところ」はない〉という文を暗示している。この暗示された文は、『こころ』の内部の世界において、真実を語るものだろうか。そうではない。Sは、青年時代から変わり者で、孤立しがちだった。

「どう間違っても」は意味不明。誰が間違うのか。

〈「倫理上の考は」~「私自身のもの」〉というのは意味不明。常識的には、倫理は個人の「もの」ではない。

 

  • 「倫理的に個人の行為やら動作の上に及んで」

「倫理的に」の別の例。

 

この性分が倫理的に個人の行為やら動作の上に及んで、私は後来(こうらい)益(ますます)他(ひと)の徳義心を疑うようになったのだろうと思うのです。

(夏目漱石『こころ』「下 先生と遺書」三)

 

「この性分」とは「物を解きほどいて見たり、又ぐるぐる廻して眺めたりする癖」(下三)のことだが、意味不明。

〈「倫理的に」~「及んで」〉は意味不明。

「倫理」と「徳義」は違うらしい。どのように違うのだろう。不明。

 

  •  関係妄想

「倫理」の隠された真意は〈関係妄想〉だろう。

 

「ひとが自分のうわさをしている」「自分をどうかしようとしている」などというように、実際には何でもない他人の言葉や周囲のできごとを自分に関係づける妄想。統合失調症患者で見られる。

(『広辞苑』「関係妄想」)

 

「実際には何でもない」ことかどうか、どうして他人にわかるのだろう。しかし、その疑問は棚上げ。

 

気が狂ったと思われても満足なのです。

(夏目漱石『こころ』「下 先生と遺書」五十六)

 

主語は、「先生」と呼ばれている「私」つまりSだ。

この文は、言うまでもなく、〈私は気が狂っていない〉という文を暗示している。この暗示された文は、『こころ』の内部の世界において、真実を語るものだろうか。怪しい。

 

  • 世界征服

私が本当に批判したいのは、『こころ』ではない。『明鏡国語辞典』でもない。本当に批判したいのは、「倫理的に生れた男」などという意味不明の言葉を意味のあるものとして読み流す人の全員だ。

近頃、〈倫理的〉とか〈エシカル〉とかいう言葉が濫用されている。この種の言葉を用いる場合、その言葉の出典を明示し、その出典の思想性などに関して万人とともに議論すべきだ。そうしないのは、なぜだろう。理由は二つしか考えられない。一つは、自分の属する集団の現時点における習慣しか知らないから。つまり、怠け者だからだ。もう一つは、自分の属する集団の現時点での習慣が絶対的であるように装いたいから。つまり、世界征服を企んでいるからだ。

 

*go to

ミットソン:『いろはきいろ』#051~088

    http://park20.wakwak.com/~iroha/mittoson/index.html

志村太郎『『こころ』の読めない部分』(文芸社)

志村太郎『『こころ』の意味は朦朧として』(文芸社)

(終)


 


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