腐った林檎の匂いのする異星人と一緒
27 「そいつ」(1)
靴を見ている。手を伸ばす。手と靴の間に杖が差しこまれた。元工兵が靴を拾い、受話器みたいに耳に当てた。
「もしもおし。こちら異星人対策室の者ですが、聞こえますか」
元司書が靴を奪おうとする。
「そいつをこちらに寄越せ」
その声は別の場所から届いた。街路樹の前に元刑事が立っていて、拳銃を見せびらかす。彼の言う「そいつ」とは、本のような箱、あるいは箱のような本のことだ。「そいつ」としか言いようがなかった。急いているからだが、本でも箱でもなかったら恥だからでもある。恥以前に、通じないと困る。
元工兵は「そいつ」を自分のことだと誤解した。叩けば埃の出る体だ。元工兵は半歩退いた。元刑事は一歩前に出た。元工兵は消火栓に腰を掛けた。元刑事の拳銃は、右に左に揺れた。元工兵の杖はさっきからきっちりと水平に保たれている。受話器は耳に当てたまま。腐った林檎のような匂いがする。不快だが、耐えられる。なぜだろう。元刑事は杖が弓であることを見破っていた。さすがだ。元司書は箱のような本のような箱のような「そいつ」を喉のあたりに当てた。「そいつ」が防弾の役目を果たすとでも思っているのか。ふざけるな。ところが、「そいつ」を放り投げた。その放棄が合図だったかのように、二人の男は同時に引き金を引いた。
バキューン!
元工兵は銃弾を受けて転がった。元刑事の胸には矢が突き刺さった。元工兵は何の痛みも感じなかった。元刑事は矢羽に触れた。元工兵は自分の赤く染まりつつある腹を見た。元刑事は含み笑いを始めた。元工兵は何人もの死者を見ているので、自分がやがて死ぬことを悟った。ああ、死ねる、やっと。元刑事は、頭と足の裏だけで全身を支えていた。痙攣し、仔馬のように跳ねる。もう何も考えられない。彼は幸福だった。それが矢尻に塗られた猛毒のせいかなどと考える余裕はなかった。彼は口から泡を吹きながら、しばらく泣き叫んでいたが、突然、ブリッジのまま、凍ったように動かなくなった。頭の周りに赤黒い液体が広がる。
元司書は項垂れて、その場を離れた。
「君たちを軽蔑する。君たちを軽蔑する。君たちを軽蔑する」
後姿を見た者は、彼を異星人と思ったに違いない。肩から上に何もないようだったからだ。
パトカーのサイレンが近づく。二つの死骸が運び去られた。そして、「そいつ」は……
ちぇっ。どうしよう。「そいつ」は、ええっと、新米の警官が拾った、と。しかし、何だか、わからないから、科学捜査官に……
ああ、つまんねえ。
つまんねえ。つまんねえ。つまんねえ。
終れねえよ。くそ。
もっと殺すか?
誰にしよう?
ええっと、そうだな。
ええい。面倒だ。人類滅亡!
パッキーン。地球が捻じれて割れたぜ。まっぷたつ。
あははは。林檎みたい。
食うかい?
(続)