ヒルネボウ

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夏目漱石を読むという虚栄 6250

2022-04-05 10:46:11 | 評論

   夏目漱石を読むという虚栄

6000 『それから』から『道草』まで

6200 門外漢の『門』

6250 「父母未生(みしょう)以前本来の面目」

6251 「少しばかり学問をしたもの」

 

宗助は『菜根譚』を読んでいない。なぜだろう。

 

<多情の女は男狂いの果てに尼になり、のぼせやすい男は思いつめて仏道にはいる。かくして神聖なるべき寺院が、いつもみだらな女やよこしまな男どもの集まる巣窟(くつ)となることは、このような次第である。

(洪自誠『菜根譚』「菜根譚後集」一三〇)>

 

次のように告げる「老師」は「よこしまな男ども」の一人ではないのか。

 

<「まあ何から入っても同じであるが」と老師は宗助に向って云った。「父母未生(みしょう)以前本来の面目は何だか、それを一つ考えてみたら善かろう」

(夏目漱石『門』十八)>

 

〈人を見て法を説く〉という言葉がある。

宗助はこの公案に対して「単に頭から割り出した、あたかも画(え)にかいた餅(もち)の様な代物(しろもの)」(『門』十九)を「老師」に示した。だが、その「代物(しろもの)」を、語り手は明示しない。その理由は不明。

 

<「もっと、ぎろりとしたところを持って来なければ駄目だ」と忽(たちま)ち云われた。「その位な事は少し学問をしたものなら誰でも云える」

(夏目漱石『門』十九)>

 

「駄目」なのは「老師」だろう。こんな冷評ぐらい、「誰でも云える」さ。「ぎろりとしたところ」の例を、作者は想像しているのだろうか。ただのお洒落みたいだ。

 

<なんとも不思議な感動というか、うずくような痛みが、足の先から頭の天頂(てっぺん)まで走るのを感じました。突然肉体から解放されたとでもいうか、純粋無垢の精神になって、それまで考えたこともないような美しさに同化してしまったような気持ちになりました。なにか人間以上の知にでも充たされたような気がして、いままで混乱してた一切のものが、すっかり明瞭になり、いままでわからなかったものが、すべて説明されたような感じでした。幸福感のあまり、それはむしろ苦しいような気持ちで、なんとかしてそれから逃れ出そうともがくくらい。というのは、これ以上もう一瞬間でもつづけば、死んじまうんじゃなかって気さえしたからでした。そのくせ、その恍惚感というのは、これをいま棄てるくらいなら、むしろこのまま死んだ方がいいといった気持ちでもあるのでした。

(サマセット・モーム『かみそりの刃』)>

 

この「不思議な感動」を「老師」が聞いたら、どう答えたろう。

 

 

 

 

 

6000 『それから』から『道草』まで

6200 門外漢の『門』

6250 「父母未生(みしょう)以前本来の面目」

6252 『兵法家伝書』

 

公案に定説みたいな答えはないはずだ。

 

<禅の問答は、時と所を異にして第三者のコメントがつくのがふつうで、はじめになにも答えられなかった僧にかわる代語や、答えても不十分なものには別の立場から答えてみせる別語など、第2次・第3次の問答をうみだした。

(『山川 日本史小辞典』「公案」)>

 

こういうやりとりは、『門』でやられていない。その理由は不明。

 

<本心と云ふは、本来(ほんらい)の面目(めんもく)、父母未生(みしょう)以前よりそなはりて、かたちなければ、生(しょう)ずると云ふ事なし、滅(めっ)する事なし。

(柳生宗矩『兵法家伝書』「活人剣 下」)>

 

宗助に「学問」があるのなら、こんなふうに答えることができたはずだ。「老師」は、こんなふうに答えられたら、どのように対応したろう。私には何も想像できない。

 

<禅(ぜん)は此心を伝へたる宗旨(しゆうし)也と承(うけたま)はる所也。又相似(そうじ)の禅(ぜん)とて、似(に)たる事をいひて真(まこと)の道(みち)にあらぬ人多ければ、禅者(ぜんしゃ)とて一図(いちず)にあらぬと也。

(柳生宗矩『兵法家伝書』「活人剣 下」)>

 

「老師」は柳生宗矩をどのように評価したろう。「老師」が「似(に)たる事をいひて真(まこと)の道(みち)にあらぬ人」ではないという証拠はあるか。ない。

 

<「道は近きにあり、却ってこれを遠きに求むという言葉があるが実際です。つい鼻の先にあるのですけれども、どうしても気が付きません」と宜道はさも残念そうであった。

(夏目漱石『門』二十一)>

 

この「道」は仏の道か。

 

<孟子曰く、道は邇(ちか)きに在り、而(しか)るに〔人〕諸(これ)を遠きに求む。事は易(やす)きに在り。而(しか)るに、〔人〕之(これ)(諸)を難(かた)きに求む。人人(ひとびと)其の親(しん)を親とし、其の長を長とせば、而(すなわ)(則)ち天下平らかなり。

(『孟子』「巻第七 離婁章句上」一一)>

 

最初から時間制限があって、宗助は山門を去ることになる。別れ際、「老師」は「少しでも手掛りが出来てからだと、帰ったあとも楽だけれども。惜しい事で」(『門』二十一)と、無責任なことを言う。「惜しい事」をしたのは、「老師」自身のはずだ。

 

 

 

 

 

6000 『それから』から『道草』まで

6200 門外漢の『門』

6250 「父母未生(みしょう)以前本来の面目」

6253 「チーン」

 

『かみそりの刃』(モーム)は嘘っぽい。『門』は嘘っぽくすらない。

 

<彼は門を通る人ではなかった。又門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦(すく)んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。

(夏目漱石『門』二十一)>

 

「門」という言葉の比喩するものは、明瞭ではない。だから、「門を通る」も、「門を通らないで済む」も、意味不明。〈「通る」かつ「通らないで済む」〉は無意味。

「要するに」とあるが、何も要約していない。「日の暮れる」の比喩する事柄も不明。「待つべき」宗助は、待たずに帰る。もう、わけがわからない。

語り手は怪しいことをしている。物語は二種あるはずだ。

 

Ⅰ 「老師」は、お約束通り、「不幸な人」宗助を救う。

Ⅱ 「老師」は軽薄才子なので、「不幸な人」宗助を救えない。

 

普通の作品はⅠのように展開する。宗助は「面目」を悟る。その悟りを「老師」がどのように評価しようと、話としてはけりがつく。『門』の主題がⅡなら、誰かが「老師」の正体を暴くことになる。実際には、どちらでもない。『門』の作者は、『門』の前で「立ち竦(すく)んで」いるのだ。つまり、未完。

 

<それでも我慢(がまん)して凝(じっ)と坐っていた。堪(た)えがたい程切ないものを胸に盛(い)れて忍(しの)んでいた。その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹(ふ)き出よう吹き出ようと焦(あせ)るけれども、何処(どこ)も一面に塞(ふさ)がって、まるで出口がない様な残刻極(きわ)まる状態であった。

その内に頭が変になった。行燈(あんどう)も蕪村の画も、畳も、違棚(ちがいだな)も有って無い様な、無くって有る様に見えた。と云って無はちっとも現前しない。ただ好加減(いいかげん)に坐っていた様である。ところへ忽然(こつぜん)隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた。

はっと思った。右の手をすぐ短刀に掛けた。時計が二つ目をチーンと打った。

(夏目漱石『夢十夜』「第二夜」)>

 

「第二夜」の末尾。

主人公は「もし悟れなければ自刃(じじん)する」(『夢十夜』「第二夜」)と思い詰めて、「朱(しゅ)鞘(さや)の短刀」(『夢十夜』「第二夜」)を準備していた。そんな思いで「無」がどうのこうのという現象は起きそうにない。ところが、『ユメ十夜』の「第二夜」(市川崑監督)では、「和尚(わしょう)」が自殺を止めに入り、「それでいいのだ」と、バカボンのパパみたいなことを言って終わる。

一方、宗助の「妄想(もうぞう)」(『門』十八)は詳述されないが、安井を思い浮かべはした。安井こそが宗助の今の「面目」つまりなのだ。宗助は、自分と安井を切り離すことができない。ただし、そのような文芸的表現になってはいない。失敗作だ。

(6250終)


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