萌芽落花ノート
44 酷寒
ああ わたくしはおまえの谷間へと雪崩込む一握りの石炭殻だ
おまえは一度だってわたくしの母であったことがあったか
風ではなく 葦笛のように
おまえは飛ぶ鳥を真似ている
飄々と
わたくしは小指を立てる
おまえは人差し指を
あはは 鬼だ 鬼だ
一度も聞いたことのない協奏曲にかぶれたおまえは
わたくしを産み直す 何度も 何度も
おまえの父は遠い北国の荒れ地を耕している
わたくしの父は遠い北国の荒れ地のようだ
別の季節 冬ではない季節になれと
おまえはわたくしにねだる
だが わたくしは おまえの父にはなれない
そして おまえは わたくしの母になれない
おまえは おまえに似た娘を欲しがっている
その娘は 水車小屋で春を待つ
折り目正しい娼婦だ
娘は 紙幣のような愛をねだる
世界中で通用する紙幣のような愛を
それは 腐った紐帯だ
ああ わたくしは耕すことを知らない農夫だ
夕暮れには おまえの背にしがみつき 家路を辿る
「お家が どんどん 近くなる 近くなる
今来たこの道 戻りゃんせ 戻りゃんせ」
(44終)