野遊び
~忘れられた女神
おや?
こんな所にいたの?
へえ。
随分探したよって、嘘だよ。
全然、探してない。
君も待ってはいなかった。
随分変わったね。
いつ、ここで別れたんだっけ。
思い出せないな。
思い出してどうなるわけでもない。
さてと。
忘れようか、今日の再会は。
そして、また出会おう、忘れたころに、どこかで。
さようなら。
(終)
野遊び
~忘れられた女神
おや?
こんな所にいたの?
へえ。
随分探したよって、嘘だよ。
全然、探してない。
君も待ってはいなかった。
随分変わったね。
いつ、ここで別れたんだっけ。
思い出せないな。
思い出してどうなるわけでもない。
さてと。
忘れようか、今日の再会は。
そして、また出会おう、忘れたころに、どこかで。
さようなら。
(終)
萌芽落花ノート
38 青空の意味提唱 Imitation in blue
ぞくぞくする悪寒の予感のような十字路に足音もなく近付いてくるあの人のような真昼の眉月を見つけたときのような金曜日の午後
両手に抱えきれないたった一冊の哲学事典のような滑稽かつ悲惨な後ろめたさのような満ち足りた忘却の破戒のような金曜日の午後
利き足だけでぴょんぴょんと飛び跳ねているような模倣の更なる模倣のフランス・デモのような丼一杯の血糊のような金曜日の午後
まるで明後日の方から昨日が降ってくるような御清潔な私共の暴力追放のようなエレキ・ギターの古臭い悲鳴のような金曜日の午後
青空のような温かい御支援に守られて
初めての金曜日の午後
二十一歳の
(終)
野遊び
~自分の青い本
私は、いつからか、何かを探していた。
その何かは、本の中に隠れている。
だが、その本は見つからなかった。
あるいは、見つかったのに読まなかった。
そして、どこかに置き忘れた。
その本、いや、本のような箱が、野にあるとしたら……
そうだとしたら、誰が置いたのか?
誰かが置き忘れたのか?
置き忘れたのではなくて、捨てたのかもしれない。
なぜだろう?
その箱のような本の中身が空っぽだったから?
そうだといいな。
(終)
萌芽落花ノート
36 アンノン(2)
*
もう死んじゃったんだけど、私達のおじいさん。彼には瘤があったの。ほっぺじゃないよ。背中だよ。でも、私達は見えないふりをしてた。大人たちに話すと、「そんな物はないぞ」って冷たくあしらわれるから。驚いてもいないし、暗に叱ってんでもないんだ。
私達は彼のことを「ノートル」と呼んでた。言わずと知れた『ノートルダムの傴僂男』からだよ。彼は「ノートル」の意味を知ってたけど、知らないふりしてた。そういう可愛い人だったんだよね。ふふふ。
(そのとき、怒りっぽい孔雀みたいな客が入ってきた。ギンギラギンのロング・コートの前を広げ、くねくね、歩く。誰かを探しているみたいだ。その誰かは、すぐに見つかったらしく、鍔広の帽子を取って振った。アンノンは、数秒間、眩しそうに目を細めた)
何の話だっけ。古風? ああ、瘤ね。誰の? 誰でもいいのさ。どうせ死んじゃったんだもん。ノートルが死んだわけ? 知らない。誰も教えてくれなかった。知りたくもなかった。
(アンノンは田舎者のココアをずずっと啜った。話の続きを考えているんだね。思い出しているのかもしれないな、古い作り話を)
私達は、彼がよそ見をしている瞬間を狙って、くすくす、笑ったの。そういうゲームなのよね。おかしなことに、それに彼も参加してたの。笑われそうになると、ふっと横を向いてから、さっとこっちに視線を送るの。くふふ。
私達は彼の体を笑ったんじゃない。という、そういう嘘を共有していたんだね。でも、本当は、彼が《自分は体のせいで笑われているんじゃない》というふりをすることが、私達にはとっても滑稽だったのね。
そもそもさ、〈自分で自分のことをちゃんと知っている〉みたいな人って、おかしいよね。まるで酔っぱらいだ。ほぼ死んでる。ノートルは、生きてるうちから死んでたのさ。
私達は、笑いをこらえることができなくなると、走り出したよ。走って逃げた。走りながら笑って、笑って、涙が出るなんて、しょっちゅうだった。息切れがして、立ち止って俯く場所は決まってた。そこを私達は〈笑い場〉って呼んでたよ。廃墟にぽつんと残っている井戸の前なの。
すこし大人びて、私達はつつましやかなお詫びのテクニックを覚えたの。実存的偽善ね。〈瘤〉とは言わず、〈突起〉と呼んだ。それが人に知れると、〈塊り〉とか、〈肉〉とか言って、それもすぐに知れ渡ったから、最後は〈体〉よ。〈体〉と呟くだけで、もう、笑いが止まらなくなるの。カラダ、カラダ、カラダ。はははは。今でも笑える。
笑うと大人たちが変な顔をする。だから、丁寧にお辞儀をして、ほんの数秒間、頬を赤らめて見せるのよ。数秒間よ。長すぎたら駄目なの。お芝居だって、気づかれるから。ううん。お芝居だってことぐらい、誰だって知ってたよ。お芝居じゃないみたいに気を付けるために、数秒間が肝腎なの。一瞬だと無視される。
何もかもがお芝居だって、ノートルは知ってた。知ってても話題にはできない。そのきわどい感じが、とにかく、もう、笑えた、笑えた。
彼が死んだ朝というか、彼の死体を見た朝も、私達は必死に笑いをこらえ、笑い場まで駆けたよ。だって、嘘なんだもん。彼は死んじゃいないの。死んだふりしてるだけ。大人たちも、深刻そうな表情を拵えてるだけ。
もともと、死んでる人が、どうして死ねますか?
(アンノンは、しばらく、話せなくなった。泣いているようだが、笑っている、声もなく。息が苦しそう。涙が目を濡らしたが、流れ出ることはなかった)
屍擬きを洗うとき、ちらっと見えたんだけど、彼の背中はすべすべだったの。うわあ。騙された! 私達の負けだよ。
口惜しいけど、さらに笑ったよ。
ノートルは、何もかも知ってたんだ。彼は私達を騙すために、毎朝、背中に袋を詰めていたのね。その様子を想像すると、もう、おかしくて、おかしくて……
*
どうやら、THE ENDらしかったんで、ちょっと気になっていたことを聞いてみた。
「さっきから〈私達〉って言ってるけど、兄弟とか、いたんですか?」
アンノンは、聞こえないふりをするために、ほとんど残っていないココアを啜って見せた。それから、不思議そうな笑みを浮かべて壁と天井の境あたりに視線を向けた。まるで宣戦布告みたい。じゃなきゃ、プロポーズかな。
「別に意味はないよ」
「えっ」
アンノンは消え入りそうになった。私は投網でも掛けるように続けた。
「兄弟じゃなきゃ、姉妹とか?」
「安穏のためよ。一人称単数って、なんか、危なっかしいんだもん」
むかついたね。すると、アンノンの姿が消えてってしまいそうになった。おいらは平手打ちを食わせてやったぞ。冴えない音が音楽を掃きだすほどに響いた。アンノンの体は、恐れと喜びに震えている。汚い。
いつの間にか、店の外にいた。
ドアが後ろで閉まった。
短い階段を上り、空を探した。
太陽。
眩しくないけど、暑かったよ。
(終)