耳を洗う

世俗の汚れたことを聞いた耳を洗い清める。~『史記索隠』

“また、対米支援のための改憲かい”~白州次郎が生きていたら

2007-07-28 11:32:07 | Weblog
 明日は参議院議員選挙の投票日である。

 理不尽な手段で手中にした衆議院の絶対多数にあぐらをかき、やりたい放題の「自公政権」を許すかどうかが争点である。まことに幼稚な話だが、ウソやゴマカシを国会から一掃する気持ちで投票しようと思う。

 「占領軍押し付け憲法」論者が「改憲」を声高に唱える昨今、新憲法改定に深くかかわったとされる“白州次郎”が再評価されているようだが、5年前、生誕百年を記念して発刊された『総特集・白州次郎』(「文芸別冊」:河出書房新社)に、当時『共同通信社』論説委員だった春名幹男氏の“また、対米支援のための改憲かい”(副題「あの甘えなき国際人が生きていたら」)というコラムがある。いま読み返してもまことに新鮮である。こんな書き出しではじまる。

 <戦後57年間、日本のリーダーたちはどのような建国の思想と理想があったというのだろうか。
 いまの日本のありようを見るにつけ、二十一世紀の日本は、白州次郎が生きていたら、忌み嫌うような国のかたちになってしまった、と、思えてならない。
 白州は「情けない」と言うであろう。…>

 1946年2月、終戦連絡事務局参与だった白州は、吉田茂外相らとともに、連合国軍司令部(GHQ)民生局長ホイットニー准将らから憲法の草案を受け取る。「象徴天皇」「戦争放棄」など急激な改革に驚き、白州はホイットニー准将に「私信」を送るが一蹴され、新憲法は決まる。

 <GHQの指示を受けて、白州は外務省翻訳官らとともに憲法草案の翻訳を行った。「象徴天皇」の翻訳は白州たちの“発明”である。一週間の缶詰め作業から帰宅した白州は「強姦されたら、アイノコが生まれた」と、いまは禁止用語となっている過激な表現でうそぶいたという。彼自身が国際的経験から培った勘からみて[これではうまく行かない」と直感したのであろう。…>

 この「勘」は当たる。朝鮮戦争をつうじて冷戦が始まるとアメリカは日本に憲法改正の圧力をかけ、再軍備を強要する。当初、「自衛のための必要最小限度の軍備」だったはずの自衛隊は、いまは世界有数の戦力を保有する。この戦力はすべてアメリカから買わされたものだ。湾岸戦争などでもアメリカは日本に支援を求め、アフガニスタン、イラクではついに「海外派兵」の道を開いた。本来なら「憲法違反」の事例が「解釈改憲」法案で多数決決議されたものだ。

 <いま憲法改正論議は「集団的自衛権」の問題などで盛り上がりつつあるように見える。だが、その経緯からして、日本人が自らの思想と理想を築くために憲法改正を目指している、などとは決していえまい。その実は、まさに「対米支援のための憲法改正」と言っても過言ではない。「またアメリカのために改正するのかい」白州が生きていたら、そう問うのではないか。…>

 1951年の講和条約と日米安保条約締結に際し白州次郎は、戦争を放棄した国が外国の軍隊に守ってもらうのはおかしい、と思い、私的見解として米側にひそかに伝えていたという。
 「日本は(憲法で)国家として戦争を放棄したのだから、日米協定で米軍基地を日本に置いて戦争に具えることも、憲法上難しい」と。

 <吉田も白州も、岸信介らが(戦前の)商工省で築いた管理貿易、統制経済的手法からの脱皮、汚職の一掃を目指した。だが、白州が去った後、旧通産省は何を達成したか。まさに、戦時動員体制を“輸出マシーン”に置き換えるマジックの成功である。その路線は、50年代の朝鮮戦争、60~70年代のベトナム戦争と冷戦構造が固定化する中で、アメリカが求めた「日本再工業化」の戦略と一致した。>

 安部晋三首相が「経済成長路線」を信条に「改憲」を叫ぶ根拠は、祖父岸信介の手法を信奉している証しなのだろう。春名幹男のコラムはこう結んでいる。

 <だがその間、一般の日本国民の生活は世界第二位の経済力に見合った質的向上を達成したとは言い難い。まさに、アメリカの戦略に流され、「甘え」てきた結果ではなかったか。>

 今度の選挙は、まさにこの「甘え」からの脱却が問われている選挙といえないだろうか。

 
 白州次郎:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%B4%B2%E6%AC%A1%E9%83%8E