耳を洗う

世俗の汚れたことを聞いた耳を洗い清める。~『史記索隠』

“綸言(りんげん)汗の如し”~許せない久間発言

2007-07-02 13:49:45 | Weblog
 陳舜臣著『仙薬と鯨』(中央公論社)にこんな話が載っている。

 <…清の乾隆(けんりゅう)十年(1745)、黄公望の『富春山居図』が皇室のコレクションにはいり、乾隆帝はそこに字をいっぱい書き入れた。いわゆる「賛」である。ところが、じつはこれは模写されたものだったのだ。翌年、ほんものが皇室の御府にはいった。…
 
 ー 綸言(天子のことば)汗の如し。

 ということばがある。出た汗はもう体内に戻らないように、天子がいったん口にしたことばは、取り消しができないことなのだ。
 摸本を真本とまちがえて、皇帝は賛をいれたのに、真本があらわれた。どうすればよいのか? 乾隆帝は侍臣の梁詩正という者に、真本に賛をいれさせた。それは、
 ー 旧蔵のものは真蹟で、これは贋だが、画格が秀潤なので、並存してもよかろう。
 という文章であった。
 清代では、『富春山居図』は、公式には摸本のほうがほんものとされ、真本が摸本とされたのである。…>

 こうして「綸言」に縛られた皇帝はメンツを保ったのである。

 
 さて、先の柳沢厚労相の「女性は産む機械」という暴言が忘れられかけようとしているこの時期に、久間防衛大臣の「原爆投下やむなし」というとんでもない発言があった。長崎は怒りに震えている。
 
 長崎では十年前にはじめた核廃絶を訴える「高校生一万人署名運動」が今年は国内外から28万人の署名を集め、選ばれた「平和大使」7人が国連にこれを届けようとしているが、(参照:http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20070702/03.shtml)久間大臣は若い彼らに顔向けできないだろう。摸本を真本と言いつくろった乾隆帝は辛うじてメンツを保ちえたが、久間発言はまさに「綸言汗の如し」で今さら「撤回」などできようはずはない。とぼけた弁解などせず早々と辞職すべきだ。

 常識でもあろうが、佐藤一斎も『言志録(慎言五則)』で言っている。

 <人は最も当(まさ)に口を慎むべし。口の職はニ用を兼ぬ。言語を出(いだ)し、飲食を納(い)るる是なり。言語を慎しまざれば、以て禍を速(まね)くに足り、飲食を慎しまざれば、以て病を致すに足る。諺に云う、禍は口より出で、病は口より入ると。>

 現政権は「前代未聞の低劣な政府」であると断定するのはやすいが、これがわが国の「民度」を表わすものだとすれば、わが身を愧じるしかなくなる。1962年5月7日第40回国会衆議院外務委員会において、私が尊敬する故河上丈太郎先生は『原爆の唯一の被害国の任務』として当時の池田総理に質問している。一部抜粋して読んでみよう。


 <…私は、世界の核兵器の問題について、最大の責任者はどこかというと、これはアメリカだと考えます。アメリカが核兵器を作り、日本にこれを実験したわけでございます。…
 私はヤソ教なんでありまして、非常に宗教的な表現を使いますけれども、最近アメリカから多数のキリスト教徒、クェーカーの人が来ますし、あるいはこの間クリスチャン・サイエンス・モニターの記者も来たのであります。あるいはまた、この次の選挙にデモクラットから上院に立候補しようとしている人、最近そういう人が多い。その際、私は、アメリカの人に向かって、この核兵器を作った責任をアメリカが反省することがこの問題を解決する端緒だ、こう言うている。

 この間出ましたバートランド・ラッセルの書かれた本でありますが、「人間は将来を持つか」という書物の劈頭にあたりまして、シェークスピア時代の作家の言葉を引用しております。その言葉は、戦争を最初に発明した人はのろわれよ、こういう言葉をバートランド・ラッセルはこの本の扉に出しておる。この本の中において、核兵器を作った科学者を非難しております。…

 今度の核実験の再開については、アメリカで初めてと言ってよいくらい反対のデモンストレーションが起っている。…ホワイト・ハウスにデモンストレーションがあって、ケネディ大統領の小さなお嬢さんが奥さんに、お父さんはどんな悪いことをしたのかと尋ねたと伝えているのであります。…

 ユダヤ民族は神が第一の選民としたけれども、第二の選民はわが日本民族だ、原爆の犠牲を通じて日本民族は平和のために大きな使命を持っておる民族である。…単にそればかりではない。もう一つの大きな事由というのは、日本が平和憲法を持っておるということです。これは世界に類例のない一つの憲法です。原爆も世界に類例がない。平和憲法も世界に類例がないことです。偶然でありましょうか。私はそうは思わない。原爆によって犠牲をこうむり、平和憲法を持っている。この二つの大きな柱こそ、日本民族が世界の平和をもたらす大きな力である。私はこう解釈しておる。…

 この二つの事実こそ、日本が平和をもたらすために神から与えられたミッションであると私は信じている。…(拍手)>


 なんと誠心、純粋な言葉だろうか。久間発言がいかに愚かであるかを教えてくれる。いまこそ「平和の使徒」だった河上丈太郎先生の精神を国会に蘇らせねばならないと思う。