白石勇一の囲碁日記

囲碁棋士白石勇一です。
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業界用語

2016年08月24日 22時44分16秒 | 囲碁について(文章中心)
皆様こんばんは。
本日は囲碁界の「業界用語」についてお話ししたいと思います。

世の中には様々な業界があり、それぞれの業界の中でしか通用しない言葉があります。
主に円滑に意思疎通を行うために使われているでしょうか。
プロの囲碁界にももちろん業界用語があります。
日本語でありながら意味がわかりにくい、あるいは全く違った意味になっている言葉も多いですね。
にも関わらず囲碁界では解説などのシーンで業界用語がそのまま出てしまう事がしばしばあります。
解説が分かり難くなる原因にもなりますから、この際そんな業界用語について解説してみるとしましょう。
ちなみに将棋界でも使われている用語も多いですね。
囲碁と将棋は古来から隣同士の世界ですから、言葉の行き来も頻繁にあったのでしょう。

<普通>
油断すると普通に使ってしまうのがこの普通という言葉です。
打つべき場所が皆目見当もつかない局面で「どう打てば普通なのかな」などといった使い方をします。
一般的に普通と言うと可も無く不可も無くといった意味合いになりますが、業界用語においてはニュアンスが大きく変わります。
意味において近いのは「常識的」でしょうか?
囲碁には絶対的な答えが出ない場面が多く、棋士はそういう時に基本を大事にした手やあからさまなマイナスを生まない手を好む傾向があります。
それが「普通」の手で、言わば「最低80点はある手」です。
それ以上の手が見つからない時は普通の手がほぼ最善と見做される事も多々あります。
しかし碁には常識を超えた世界もあります。



第2期名人戦挑戦手合最終局、藤沢秀行名人(黒)と坂田栄男本因坊の1局です。
黒△には白Aと左右の白を繋げるのが「普通」です。
すると黒Bと繋がって形勢は黒が良く、藤沢名人の防衛は確実と思われました。





ところが実戦は白1!
黒Aに白Bとなると中央の景色が一変しました。
「普通」から程遠い手ですが、それ遥かに上回る最善手でした。
この名人位を奪取した「逆ノゾキ」は伝説となっています。


<打てる>
「この分かれは黒が打てる」「黒が打てる形勢」
などといったフレーズがあります。
意味としてはポイントを挙げた事や形勢のリードといった優位性を示すものです。
囲碁は最終的には目数(点数)を争うゲームですが、序盤や中盤、あるいは部分戦でどちらが何目に相当するリードをしているか把握するのは非常に困難です。
そこで感覚的に表現するのですが、それが「打てる」という言葉になります。

ではどのぐらいかと言えば、「確信出来るほどの優位ではないが少なくとも悪い感じはしない」、つまり互角からほんの少しの優位の間と感じている事を示します(記号で表せば≦)。
「やや黒良し」「やや黒持ち」といった表現だと互角のニュアンスが消えます。
この微妙な差を表現出来る所が業界用語たる所以でしょうか。
しかし微妙過ぎて棋士も違いが良く分かっていない事があります(笑)
アマ向けには使うべきではありませんね。
正確でなくても分かりやすい言葉を選ぶべきでしょう。

<面白い>
これも独特な使い方をする言葉です。
「黒が面白い形勢」などと言われてもピンと来ない方が多いのではないでしょうか。
humourousとかfunnyといった意味ではありません。
納得がいかないという意味の「面白くない」の対義語と考えるのが正解に近いでしょう。
ニュアンスとしては「打てる」から「やや黒持ち」の間のどこか・・・私も良く分かりません(笑)
棋士も良く分からない言葉は使うべきではありませんね。

<碁になる>
「ようやく碁になった」などといった使われ方をします。
最初から碁を打っているじゃないかと言われそうですね(笑)
ハンデや大きな失敗によって形勢に大差がついてしまう事がありますが、そこから互角かそれに近い状態まで挽回した事を示しています。
「意外と碁になっている」などと言う事もあります。
この場合は「常識にない打ち方をしたにも関わらずほとんど互角」「実力差があるにも関わらず互角に打てている」といったケースが考えられますね。

また対義語で<碁になっていない>という言葉も使われます。
形勢が大差である事を示しています。
きつい表現なので、対局相手や他の人に対してこの言葉を使わないようにしましょう。
喧嘩になるかもしれません(笑)

<カラい>
大抵カタカナで書かれますが理由があります。
「黒が辛い」と書かれたらカラいのかツラいのか分かりません。
「こすからい」から来た言葉でしょうか?
「あの人は地にカラい」「地にカラい打ち方」といった表現には地を重視する、しているという意味があります。
地が好き、地を大事にすると言い換えても全く問題ないでしょう。

またこの言葉はややこしい事に良し悪しの評価にも使われます。
「黒がカラい分かれ」などと言った時は黒が地を重視したという意味ではありません。
「黒が地を稼いでうまくやった」という意味です。
では「黒はずいぶんカラいね」などと言った時はどういう意味でしょうか?
これはむしろ「黒はそこまで地を重視するの?」といった意外性を含み、どちらかと言えば否定的な評価になります。
このニュアンスの違い、分かりますか?
これまた難しい言葉なのです。


以上、色々な言葉を挙げましたがこれもほんの一部でしょうね。
囲碁の解説を多くの方に楽しんで頂くには、直感的に理解出来る言葉を使って行かなければいけません。
囲碁のルールを知らない方でも、少なくとも日本語として理解出来るようでないと囲碁のハードルが上がってしまいます。
しかし私も含め、業界にどっぷり浸かっている人はつい忘れてしまいがちです。
意識して行きたいですね。


<手合い(手合)>
番(盤)外編です。
手合いという言葉は一般的には「ああいう手合いは相手にしたくない」といった使い方をしますね。
しかし囲碁界では棋士の対局の事をこう呼びます。
当ブログでも時々出て来ますね。
手合わせなどと同じ語源でしょうか?
ハンデの事を手合割とも呼びますね。
ちなみに、以前は棋士の昇段は大手合という対局の成績で決まっていました。
棋士は手合という言葉に愛着を持っています。
一言で言い表すのは難しいですが、公式戦というニュアンスが強いでしょうか。
よってイベントなどでの対局が手合と呼ばれる事はまずありません。