白石勇一の囲碁日記

囲碁棋士白石勇一です。
ブログ移転しました→https://note.com/shiraishi_igo

無勝負(農心杯 柁嘉熹-姜東潤)

2022年11月28日 23時59分59秒 | 囲碁界ニュース等

皆様こんばんは。
しばらくお休みしている間に色々なことがありました。
その中でも、上野愛咲美四段の広島アルミ杯・若鯉戦連覇には驚きました。
優勝を狙える力があっても、トーナメント戦での連覇は大変な難易度です。
広島アルミ杯については、順次ご紹介していきたいと思います。
ただその前に、本日ご紹介するのは農心杯第6戦、柁嘉熹九段(中国)と姜東潤九段(韓国)の対局です。

1図(実戦)
柁九段の黒番です。
白△と打ったところで終局(?)したように見えます。
黒×と白×の関係は、コウが2つついていますが部分的にはセキです。
問題は、その外側の1眼しかない黒〇はどうなっているのかということですね。
これが死になら白勝ち、生きなら黒勝ちです。

私はまず、この派手な盤面図に少し驚きました。
しかし、本当に驚いたのはこれが無勝負になったということです



2図(変化図)
見やすいようにコンパクトな形に変えてみました。
終局前に白が黒大石を打ち上げるためには、白AやBとダメを詰めていく必要がありますが・・・。



3図(変化図)
白1に対して、黒2のコウ取りをコウ立てとして使うことができます。
当たりをかけられた白は、3と左側のコウを取る必要があるので・・・。



4図(実戦)
黒1とコウを取り返すことができます。
ならば白2と上のコウを取れば、やはり黒3をコウ立てにして、黒5(A)と取り返す・・・。
結局、2図の状態に戻ってきてしまいました。
この後、何万手でも何兆手でも打ち続けることができてしまいます。

コウは漢字で劫と書きますが、インド由来の極めて長い時間を表す言葉ですね。
囲碁においては、劫が無限に続いてこともあります。
フィクションの世界なら体力勝負で決着がつくかもしれませんが、実際にはそうならないためのルールが定められています。
終局前にこのような進行が続けば、どこかで無勝負となるのが各国共通のルールでしょう。

ただ、本局の場合は白は終局前に黒をわざわざ打ち上げにいく必要がありません。
終局を待ち、死活判定で2眼の無い黒が死んでいると主張する方が自然ですし、実際にそうしたのでしょう。
日本ルールにおいては、このようなケースでは問題なく黒死と判定されるはずです。
ところが、なんと韓国ルールでは無勝負と定められていたようです
これには驚きましたね。

現在、世界の大半の地域での囲碁のルールは、地を数える日本ルール系統と、地と石の数を数える中国ルール系統に分かれています。
韓国ルールは日本ルール系統であり、日本ルールとは細かい違いこそあれ、概ね同じと理解していました。
盤上での出来事において、結果が変わるケースがあったとは知りませんでした。
ちなみに、中国ルールでも黒死にと聞いています。

囲碁のルールというものは、対局が円滑に行われるためにあるものだと思います。
その観点からすれば、今回のような形は黒死に、無勝負、黒生き、どれでも良いと言えます。
ただ他の形との整合性や、納得感、戦術への影響、美しさなどを総合的に判断して決まっていると考えられます。
国民性という言葉がありますが、囲碁民性とでも呼べるものも存在していると思いますから、それが国や時代によって違ってくるということでしょう。
日本においても、かつては今回の形を無勝負、あるいは黒生きにするべきと考える人が多かった時代もあったようですが、現在のルールができた頃にはまた変わっていたのですね。

国際棋戦においては、主催国のルールに則って対局が行われるのが基本です。
農心杯は韓国棋院主催、スポンサーは韓国企業ですから、韓国ルールでの対局でした。
そして割を食ったのが韓国代表の姜九段というのが皮肉ですね。
もっとも、姜九段は再対局にも勝ち、日本の余正麒八段にも半目勝って4連勝を果たしたのですが。

将棋の世界には千日手というものがありますが、同じ無勝負でも囲碁の方はかなりポジティブに捉えられていると思います。
例えば、「長生」という形は縁起が良いとされ、JR市ヶ谷駅構内にも展示されていますね。
棋士は人生で数万局、人によっては数十万局対局しますが、無勝負を経験できる棋士はごく一部でしょう。
私もぜひ一度経験してみたいのですが、予感すら感じたことがありません



永代塾囲碁サロン・・・武蔵小杉駅徒歩5分です。2020年7月から共同経営者になりました。

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申眞諝-崔精(三星火災杯決勝第2局)

2022年11月08日 23時59分59秒 | 囲碁界ニュース等

皆様こんばんは。
女流名人戦本戦では、上野愛咲美四段と上野梨紗二段の姉妹対決がありましたね!
ひたすら戦いが続き、全てが見所といった一局でした。
梨紗二段にも十分チャンスはあったと思います。
youtubeの日本棋院囲碁チャンネルで中継されましたので、ぜひご覧ください。


そして、三星火災杯本戦で崔精九段が決勝に進みましたね!
女性棋士初の国際棋戦決勝進出は歴史的な快挙です。
名実共に、史上最強の女性棋士になったと言えるでしょう。

そんな崔九段を迎え撃つ相手は、同じく韓国の申眞諝九段です。
トップ棋士の層の厚さでは中国が圧倒していますが、世界最強の申九段の存在によってバランスが保たれているのが現在の世界戦だと思います。
第1局は崔九段が申九段の研究を外すようにトリッキーに立ち回ったものの、あまり上手くいかなかったというのが私の見立てです。
それでは、第2局の模様をご紹介したいと思います。

1図(実戦)
崔精九段の黒番です。
黒3、5と頭を出していきましたが、黒A、白B、黒Cとつながっていれば無難でした。
実戦は白6と打たれて、黒大石が1眼も無くなっています。
もちろん、黒は承知のうえで打っているわけですが、現実問題として白10、12と動かれて黒が苦しくなりました。



2図(変化図)
黒1と打てば取れますが、白8までを先手で利かされてしまいます。
それから白10と襲いかかれば、黒大石はかなり苦しいです。
死にはしないでしょうが、勝ち目は薄そうです。




3図(実戦)
そこで、実戦は黒1と変化しましたが、白6まで要石を救出されてやはり苦しいです。
白10まで、黒は左右に弱い石を抱えることになりました。
無理やり右辺白大石を封鎖したとしても、白Aが先手なのでいつでも白Bと打って生きられます。
この後は黒のチャンスは無かったと思います。



4図(実戦)
私が思うに、本局のターニングポイントはこの場面だったのではないでしょうか。
白△のツケに対して実戦は黒Aでしたが、これは先述した黒B、白C、黒Dの渡りという保険を残した堅実な攻め方です。
AIの評価も悪くありません。
しかし、あくまでとは保険とは言え、崔九段は守りだけの手は打ちたくないタイプだと思います。
実際、実戦は渡りを打ちませんでした。

そう考えると、ここは攻撃重視で黒1と中央を止めた方が良かったのではないでしょうか。
積極的に攻撃に出た方が、崔九段の力を発揮しやすかったと思います

これまでも積極的な打ち回しで勝ち上がってきました。
もっとも、これは対局が終わってからの感想なので、結果論かもしれませんが。

いずれにしても、素晴らしい快挙でした。
世界中の女性の励みにもなるでしょう。



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名人戦第7局封じ手予想

2022年11月02日 23時05分17秒 | 囲碁界ニュース等

皆様こんばんは。
名人戦第7局の1日目が行われました。
対局の模様については、ネット対局「幽玄の間」や朝日新聞の「囲碁将棋TV」などで中継されています。

正直なところ、第4局が終わったところで井山裕太名人の防衛は無くなったと思っていました。
3連勝が難しいという単純な計算に加え、芝野虎丸挑戦者の安定感を感じてのことです。
しかし、追い詰められたときの井山名人の強さは流石ですね。
とうとう最終局まで辿り着きました。

1図(打ち掛け局面)
序盤早々、白が猛攻を仕掛けてスリリングな戦いが繰り広げられました。
無事に凌いで黒優勢になったと思いますが、芝野挑戦者もどっしりと構えて長期戦の構えです。

さて、黒△と打った局面で打ち掛けとなりました。
次の白の手が封じ手です。
難易度は「上の下」といったところでしょうか?
思い付いた手が11通りありましたが、何十通りもの候補が残ってしまうこともありますから・・・。

この中でJのノゾキは悪手にしか見えない手で、一瞬で候補から消えました。
また、Kについては判断が難しいですが、仮に良い手だとしても人間なら白×の前に打つはずで、これも候補から消えました。

本命はやはり右下一帯ですが、白Cはただ逃げるだけの手という印象があり、これも早く消えました。
次に考えたのがFGですが、良い図ができないと感じました。
Eは手としてはあり得ると思いましたが、芝野挑戦者の打ち筋ではない気がしたのでこれも外しました。

また、HIも気になるところですが、このタイミングで打つのは不自然と感じます。
ついでに言えば、HとIはほぼ同じ意味なので、どちらかを予想してもう片方が正解だった場合、かなりガッカリしそうです(笑)。

そんなわけで、私の中ではABDの3つが候補として残りました。



2図(封じ手予想)
封じ手予想は白△にします。
遠く黒大石への攻めも睨むイメージです。

長くなってしまいましたが、今回は私の封じ手予想までのプロセスを書いてみました。
手の善悪や対局者の棋風を考えて絞り込んでいきますが、結局のところ最後は勘です



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幽玄の間シリーズその8 李炯珍ー仲邑菫(三星杯)

2022年11月01日 23時49分46秒 | 幽玄の間

皆様こんばんは。
本日は幽玄の間で中継された、三星火災杯本戦2回戦の李炯珍六段(黒)と仲邑菫三段の対局をご紹介します。

1図(テーマ図)
黒△と切られた場面です。
ここは白Aと伸びて×のシチョウを見合いにするか、あるいは黙って白Bと形を整えれば無難です。
それで形勢も十分でしょう。
ただ、やや緩んだ形ではあるので、完成の鋭い仲邑三段としては引っかかるものを感じたのでしょう。



2図(実戦)
実戦は白1、3と目一杯の手で応戦しました。
これも2つのシチョウを見合いにした手ですが、黒4(×の所)のハネを一本打つ手筋で両方凌いでいます。
もちろん、仲邑三段には読むまでもないことで、あえて実戦の振り替わりで打ってみたくなったのでしょう。
ただ、実際問題としてこの振り替わりはかなり黒有利で、形勢も黒がリードしました。

仲邑三段は筋や形にこだわりがあり、それが魅力的な棋譜を残せる要因の1つでもあるでしょう。
半面、それが勝負においてマイナスに働いてしまう場面もしばしば見受けられると感じています。



3図(実戦)
しかし、中盤戦のセンスは流石のものです。
左右の黒を脅かしながら、白7まで下辺に大きな地をまとめてしまいました。
こうなっては逆に白優勢でしょう。



4図(実戦)
地は白リードですが黒1~5と、中央、左下の白を攻めて挽回を図っていす。
ここから一進一退の攻防が繰り広げられますが、残念ながら最後にミスが出たのは仲邑三段の方だったようです。
僅かに届かず、1目半負けとなりました。

惜しい結果でしたが、世界戦本戦で素晴らしい戦いぶりだったと思います。
次の機会を楽しみにしています。

 


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