姫先生のおめめ

25年間の養護教諭の経験と脳科学、波動理論から引き出すレジリエンス向上について書いています。

メールマガジンへの感想

2006年04月26日 | Weblog
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メールマガジンへの感想をたくさんいただくようになりました。

熱心に読んでくださっている雑誌編集者の方が、毎回のように感想を書いてくださいます。
まだ、お会いしたことはないのですが、お人柄がメールの文章からあふれています。
MIXIやメルマガ、ブログをとおして、この2年間にたくさんのかたがたとつながることができるようになりました。

※MIXIとは、ソーシャルネットワーキングサイトをいいます。MIXI登録者からの紹介がないと、登録できないんです。あやしげな出会い系とはちがって、自分のなかま作りやビジネス、それぞれの立場での交流を楽しめます。
ご希望の方は、紹介メールを送りますので、ご連絡くださいね。


さて、本題の 感想を紹介させていただきますね。

■■■■■■感想文 引用 1

「脳の空白」について。
私は、小説が好きで、よく読むのですが、小説論も好きで、よく読みます。小説家によって「文学」とは何かをどう考えるかが、小説に出ます。分からない書き方ですいません。

 村上春樹は自分が大事だと思っている何かを絶対に言いません。その周辺にあ
る言葉を積み上げます。読者はある種の気分を味わいます。そして、それがどういうことなのか、必死に何が書いてあったのかを探そうとします。そして、それを探している時間やそういう気分にさせる文章のことを「文学、小説」と表現します。
 脳に空白を与えているわけです。

 橋本治は(小説に限らず、評論など)すべてを説明します。その周辺にある言
葉も
含めて、完全にすべてを。彼にはそれが小説であり、評論です。すべてが語られ
た限りにおいて、そこに矛盾はなく、彼の著作を読んでいるとすべてを理解した気持ちになれます。
 (後半 略)

■■■■■■感想文 引用 2
 いつも楽しみに読んでいます。
 相手の地図を理解するということばが、とても印象的でした。

 どうしてわかってくれないの?と子どもに言われて、悲しくなったことがあります。でも、「わからなくてあたりまえ」ということばに、救われました。
 わからないのがあたりまえだから、謙虚に理解しようとするきもちがうまれるんだな~・・・と。
 元気が出ました。ありがとうございました。

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