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よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

夕闇迫る温泉街-愛媛県松山市:道後温泉

2016年02月22日 | 愛媛
Dougo Onsen, Matsuyama City, Ehime Pref.

さてさて、愛媛県松山市の道後温泉にやって来たワタクシ達でありますが、お宿でお風呂に入った後、夕食まで少し時間がありました。
せっかくなので、道後温泉の温泉街を歩いてみようと、夕刻の温泉街にくり出すことにいたしました


宿から歩いてすぐの場所に、道後温泉のシンボルとも言える道後温泉本館があるんですよ。
この建物なのですが、1890年、道後湯之町の初代町長として伊佐庭如矢(いさにわゆきや)が就任しました。
この頃、町の最大の懸案は、老朽化していた道後温泉の改築だったんです。
伊佐庭は町長就任に際して、自らは無給とし、その給料分を温泉の改築費用に充てることとしましたた。総工費は13万5千円。
当時の小学校教員の初任給が8円といわれた時代で、あまりに膨大な予算に町民は驚き、町の財政が傾きかねない無謀な投資だと猛反対を受けます。
反対運動は激しさを増し、伊佐庭が命の危険を感じるほどであったが、伊佐庭は決定を貫き通しました


今では全国屈指の温泉街である道後温泉ですが、この町長の英断は今となっては素晴らしい判断だったんですね。
今の政治家とは違い、昔の政治家は腹が据わっています。どこぞのゲス国会議員とは器が違いますね


ところで、温泉本館の窓がずいぶんとカラフルに飾られているのですが、「蜷川実花×道後温泉 道後アート2015」というのがが開催されていたんです。
ただ、ファンの方には申し訳ないのですが、ワタクシは蜷川実花という人の作品がイマイチよくわからないというか、
あまり好きじゃないんですよねぇ。シンプルな道後温泉本館の姿を見たかった気もします


夕刻の道後温泉本館は人がいっぱいで、入浴の待ち時間が1時間とのことでした。
例によって例のごとく、声高に喋り自撮り棒で写真を撮る中国人がいっぱいおりました。
もはや我が国には、彼らが来ない観光地は存在しないのですかねぇ


温泉街のはずれに伊予鉄道道後温泉駅があるんです。レトロな雰囲気の駅舎が温泉街に似合います


夕闇迫る終着駅は、どこか寒々とした雰囲気でありました


ワタクシは子供の頃から鉄道が好きなのですが、かつては国鉄(今のJR)の車両や駅が好きでした。
今は地方の私鉄にすごく心が惹かれます。この伊予鉄道も、一度はゆっくり撮影したいものです


あらあら、鉄道の車両も蜷川実花さんの作品でラッピングされているんですね。ちょっとビックリです


ではでは、お宿の方に戻るとしましょうかね。楽しみな夕食の時間が迫ってまいりました

使用したカメラ:FUJIFILM X-T1


温泉街をそぞろ歩くのは楽しいですね。かつては温泉街というと、男性客が中心でしたから
ストリップ劇場やスナック、バーなどが立ち並んでいました。
最近は女性や家族連れが中心になったので、温泉街もずいぶんと健全な雰囲気になりましたね



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ノスタルジックな空間-愛媛県松山市:道後温泉・「常盤荘」

2016年02月21日 | 愛媛
Japanese Hotel“Tokiwa-Sou”, Dougo Onsen, Matsuyama City, Ehime Pref.

さてさて、ワタクシ達はこの日の宿泊地である愛媛県松山市の道後温泉へと向かいました。
ワタクシは特別に豪華な宿を望むわけではありませんが、泊まりたいお宿としては

1-定員数が少ないこじんまりした宿。
2-建物は古くてもいいのですが、清潔感のある宿。
3-地元の食材を使った料理が出される宿。

を条件として考えるんですよ。道後温泉は有名温泉地だけあって、どのお宿も規模が大きく、なかなかこじんまりしたお宿がありません。
そんな中、ワタクシが望むお宿の条件を満たす旅館があったんです


「旅館 常盤荘」というお宿がワタクシの条件を満たすお宿でした。道後温泉本館も歩いてすぐの場所ですしね。
ただ、最初にこのお宿の写真を見たときは「ずいぶんと古い旅館やなぁ」と思ったんです


しかし、大正時代に作られた旅館は、数年前に内装が全面的に改装されていまして、すごく清潔感の漂う宿になっているんです。
たった4部屋しかないお宿ですので、サービスも行き届いているだろうと思い、ここ常盤荘を選んだのでありました


お宿を訪ねてみると、若女将さんが爽やかな笑顔で迎えてくれました。実に笑顔が素敵な、可愛い若女将さんでした


使い込んだ階段は、なんとも言えない光沢を放っておりました。階段を上ると「ミシッ、ミシッ」と音が鳴ります。
その音がなんとも懐かしい気がするのです。ワタクシが育った長屋の階段がそうでした


清潔感溢れるお部屋にはテレビがありません。レトロなスタイルのラジオだけが置かれていました。
「せっかく旅に出たのですから、テレビを見るよりも会話を大切にしてほしいんです」と若女将が言っておりました。
ワタクシも、時にはそういう夜もいいものだと思います


竹で編まれた手提げの籠は、館内の温泉や外湯を巡るときに使うものです。こういう気配りが嬉しいですね


テーブルの上には「坊ちゃん団子」という、道後温泉の名物が置かれてありました。
夏目漱石が愛した団子だそうですが、ワタクシの同行者は「これ、美味いで」と言ってワタクシの分も食べてくれました


外湯の道後温泉本館に行こうかと思ったのですが、夕刻の本館は入浴するのに30分から1時間くらい待たねばならないようなんです。
ですので、この日は館内のお風呂を楽しんで、翌朝に道後温泉本館で風呂に入ることにいたしました


ここのお風呂は道後温泉本館と同じ源泉なんです。もちろん、源泉かけ流しの素晴らしいお風呂でありました。
この後は楽しみな夕食なのですが、ちょっと時間がありますので、温泉街を歩いてくるとしましょうかねぇ

旅館 常盤荘…愛媛県松山市 道後湯月町4-2

使用したカメラ:FUJIFILM X-T1


決して豪勢なお宿ではありません。娯楽施設はもちろんテレビすら無いのですから、子供がいる家族には不向きなお宿かもしれません。
でも、行き届いたサービスと、清潔な館内は実に好印象でありました。
何よりも、可愛い笑顔とハキハキした受け答えが印象的な若女将さんのおもてなしが心に残りました。
また道後温泉に行く機会があれば、泊まりたいお宿です



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ささやかな、でも、素敵なお土産-愛媛県内子町:八日市護国

2016年02月20日 | 愛媛
Youkaichi-Gokoku, Uchiko Town, Ehime Pref.

さてさて、ワタクシ達は愛媛県内子町の八日市護国という、重要伝統的建造物群保存地区として選定された町並みを歩いておりました


この日は4日間の旅行の中では、唯一雲が多かった日なのですが、こういう町並みは曇っている方が絵になるような気もします


このような建物を見ていると、内子の町が反映したころの商人たちの栄華が偲ばれますね


ワタクシ達は町並みを堪能し、立ち止まっては写真を撮り、写真を撮ってはまた歩き出す…を繰り返しておりました


そして、そろそろ帰路につこうかなぁと思った時に、メインストリートから外れた場所に面白い建物があったんですよ


近づいてみると、ここは旭座という映画館でありました。大正14年に建てられ、昭和43年に閉館した映画館なんですよ。
老朽化の進行で解体の声も一時上がったのですが、保存会が結成されて本格的な修復を計画しているとのことです。
紆余曲折はあるでしょうが、またこの映画館で映画が上映される日があればいいですね


壁面に昔の映画のポスターやチラシが飾られていました。なんとも懐かしさを感じます。総天然色なんて言葉がいいですねぇ。
美空ひばり、若山富三郎、里見浩太郎、さらには大河内傳次郎なんて名前もありますね。オヨヨ


ところで、昨日のブログに「内子は和紙と木蝋の生産で栄えた」と書きました。かつては日本のろうそくの3分の1が生産されていたそうです。
そんな内子ですが、今では和ろうそくを作るお店はこの「大森和蝋燭屋」一軒だけになりました。
というか、西日本唯一の手作りの和ろうそく屋さんなんです


竹串に和紙と燈心草の芯を巻き付け真綿でとめて芯を作り、ハゼの実から搾り取る蝋を重ねていく200余年受け継がれた伝統の技ですが、
ワタクシ達がお店を訪ねた時には、若くてハンサムな七代目になる息子さんがロウソクの説明を丁寧にしてくださいました


家人がロウソクの灯りが好きなので、ワタクシは和ろうそくと燭台をお土産に買っていきました。
ささやかですが、素敵なお土産になりました。ではでは、この日の宿泊地に向かうとしましょうか

大森和蠟燭屋…愛媛県喜多郡内子町内子2214番地

使用したカメラ:FUJIFILM X-T1


旅行に行っても、高価なお土産を買うことは滅多にありません。
ただ、その土地の特産品や伝統工芸にはすごく興味があるんですよねぇ。
日本は地場産業が発展していたので、その土地その土地に伝統工芸が残っているのも旅の楽しみです



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静かな逍遥-愛媛県内子町:八日市護国

2016年02月19日 | 愛媛
Youkaichi-Gokoku, Uchiko Town, Ehime Pref.

さてさて、愛媛県内子町にやって来たワタクシ達は、内子町の八日市護国という地区に向かいました。
八日市地区は中世より小田川の水運を利用した農産物集散地や市場町として栄え、さらに江戸時代は大洲藩領となり和紙と木蝋の生産で栄え、
特に木蝋は明治時代になると海外にまで輸出されるほど盛んになりますが、大正時代には衰退しました。
また、護国地区は金毘羅街道と四国遍路の交点にあたり、その宿場町や高昌寺の門前町としても発展しました。
この二つの地区を称して八日市護国地区と呼んでいるんですね


八日市護国は1982年に国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。
山裾に発達した街道沿いに、南北約600mにわたって町家や豪商の屋敷などの伝統的な建築物群がみられるんですよ


江戸時代中期以降、大火に見舞われることがなく、和紙と木蝋によって得られた富から質の高い町家が建てられました。
山裾の傾斜地にあったことから都市開発が遅れ、結果として伝統的な建物が数多く残されることになったんです。
鉄道や国道もこの地区からは離れた場所に建設されましたので、開発が遅れたのでしょうね


重要伝統的建造物保存地区というのは全国に110箇所ありまして、石川県の8カ所、京都府の7カ所のように多くの地区を持つ都道府県もあれば、
山形県、東京都、神奈川県、熊本県のように一か所も無い都道府県もあるんですよ


愛媛県ではここ内子町の八日市護国と宇和町の卯之町ですから、今回の旅でワタクシ達は愛媛県の重要伝統建造物保存地区をすべて訪ねたわけですね


通りに沿ってなまこ壁、虫籠窓、出格子、鬼瓦などを持つ立派な民家が並んでおります。
古いものは江戸時代、新しいものは昭和というように、様々な時代の建造物が並んでいるのですが、
だからといって統一感が失われているのではなく、どの建物も町並みに溶け込んでいるんですよねぇ


最近はこういう古い町並みを訪ねる人も多いので、けっこう観光客や歴史好きな人が来ているのかなぁと思ったのですが、
ワタクシ達の予想とは違って、訪れる人はさほど多くありませんでした


そう思っていると観光バスで来たのでしょうね。胸に旅行者の名前が書かれたバッジをつけた人たちがドッとやって来ました。
情報が一瞬で広まる今の時代ですから、「知る人ぞ知る」というような場所はもう存在しないのかもしれません


ではでは、興味深い八日市護国の町並みですが、さらに歩いて行くとしましょうか

使用したカメラ:FUJIFILM X-T1


ここ八王子護国は、電柱が撤去されて電線が地中に埋められているために、町並みが一層美しく見えます。
でも、先日テレビを見ていると、外国人の人に「日本らしさを感じる風景は?」という質問をしたところ
「ズラッと電柱が立ち並んだ風景」と答える人がけっこういて、電柱や電線の写真を撮っている人もいたのには驚きました



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地方に残る伝統文化-愛媛県内子町:内子座

2016年02月18日 | 愛媛
Uchiko-Za, Uchiko Town, Ehime Pref.

さてさて、愛媛県内子町にやって来たワタクシ達は、町の散策をスタートしたのでありますが、
まず散策のスタートとして興味深い場所を訪れました


この立派な建物は内子座と言いまして、今も現役で使われている演芸場なんですよ。
内子座は、木蝋や生糸などの生産で栄えた大正5年、芸術・芸能 を愛好する人々が建てた劇場なんです。
木造2階建て瓦葺き入母屋作りで、回り舞台や花道、枡席などを整えた都市型劇場で芝居などが盛んに上映されました


その後映画館などに改装、最後は老朽化のため取り壊されるところ、町並保存事業に連動し昭和58年~60年に復原され、
同年10月劇場として再出発を果たしました。芝居や映画が無い日には内部の見学が出来るんですよ


中に入ってみてその立派さにビックリしました。これだけの劇場を作ったのですから、当時の内子の商人というのは富裕だったのでしょう


農閑期に歌舞伎や文楽、後に映画や落語なども演じられたそうです。農作業が終わった時の、最大の娯楽だったのでしょうね


現在は、歌舞伎のほか、各種講演やまちづくりの会合等に活用されているそうです。予定表のような物が貼ってあったのですが、
そこに「地元中学校の弁論大会」というのがありました。こんな場所で弁論大会が出来るっていいですよねぇ


そういえば「ウッチャン・ナンチャン」というお笑いコンビを、最近はテレビで見ることが無くなった気がしていたのですが
ナンチャンの方の南原清隆さんが野村万蔵さんや野村万禄と一緒に、この内子座で狂言を演じられるんですよ。
もちろん内子座だけではなく、全国のいろんな場所で演じられるのでしょうね。
テレビに出ていなくとも、しっかりと芸を磨いているのだなぁと感心しました。というか、今のテレビでは芸を磨けないですからね


ワタクシは恥ずかしながら、今年になって初めて歌舞伎を見に行きました
その時に、この「鳴神」が演じられていたのも、偶然とはいえ何か縁があったのでしょうかねぇ


ではでは、内子の町を歩くとしましょうかね。いつものことですが、初めて訪れる場所を歩く時はワクワクします

使用したカメラ:FUJIFILM X-T1


子供の頃、実家の近くに小さな演芸場がありました。定期的に大衆演劇が演じられていたんですよ。
芝居が始まる前の週には、ちんどん屋さんが芝居の宣伝をするのも恒例でした。
今は演芸場があった場所には、小さなマンションが建っています



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