はにかみ草

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『大日本帝国のクレオール 植民地期台湾の日本語文学』

2009-08-01 13:51:09 | 公開
電車のなかで、少しずつ フェイ・阮(ユアン)・クリーマンさんの『大日本帝国のクレオール 植民地期台湾の日本語文学』(慶応義塾大学出版会、2007年)を読んでいます。半分ちょっと読みましたが、少し紹介しようと思います。

読売新聞書評「黙殺されてきた作品群」
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20080115bk05.htm

「異文化混交文学 台湾での評価」
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20071228bk03.htm


本書では、「植民地時代の台湾にて日本語で書かれたテクストは、日本の文学史では一言も言及されていない」ということと、国民党から民進党への政権交代が実現しても文学史は中国中心で、そのために忘却に追いやられてきた日本語文学をよみがえらせることが目的とされています。

植民地時代のテクストから「抵抗」という要素を抽出しようとしたり、支配者と被支配者の二項対立で語られる傾向が多い文学作品のなかから、「明白な白と黒の間に存在する、割り切れない矛盾や曖昧さに満ちた灰色の部分に焦点をあてる試み」ともかかれています。


日本語世代の『台湾万葉集』や、台湾におもむいた日本の作家の作品群の分析や、林芙美子(はやしふみこ)の『浮雲』の分析では、女性の植民地体験と戦争責任が問われています。

『浮雲』の分析では、女性の主人公であるゆき子が、内地(日本)では下級事務員として働いて、男性から性的関係も強要されるという日々を送るのですが、植民地のインドシナに赴任してからは、ベトナム人の女中をやとい、日本よりも充実した生活を享受していたという記述がありました。植民地で暮らす機会があった日本人の女性だからこそ享受できた特権だと思います。

第1章の「「南方」の系譜」、第2章の「「土人」の懐柔」」では、
日本が南方を「未踏の地、天然の美、そして「土人」」というまなざしで見て、領土を拡張し、「未開人」=「蕃人(ファンレン)」である台湾原住民族を教化し同化するという植民地主義的使命の表象に焦点があてられています。
アイヌや沖縄のことももちろん言及されています。

日本人が台湾原住民族に対して向けたまなざしは、「怠惰、不服従、不道徳、迷信を信じる、乱交、人食い」であり、「人食い」という言葉を見て、本橋哲也(もとはしてつや)氏の『ポストコロニアリズム』で書かれていた「カリバニズム」の概念を思い出しました。

西洋はアフリカを植民地にするとき、日本と同じように現地人を「人食い」とみなし懐柔しますが、アフリカ人を大量に虐殺する西洋のほうが「人食い」ではないのかという批判など。(すごい単純化してますが・・)


南方への関心から書かれた島田啓三の『冒険ダン吉』では、「無学で未開」の「土人」を登場させることにより、日本の文化的優越性が再肯定される日本版オリエンタリズムの性格が浮き彫りにされています。

1940年代では、台湾人の青年が死を目前にして、「君が代」を立派にうたいとおすという物語も教科書に掲載されたそうで、支配の後期には、「内地」のエキゾティックな空想を満たすことよりも、植民地全土から天皇への忠誠を勝ち取ることが目的でした。(42ページ)


原住民族が支配に対して抵抗しても、日本人植民者の目から見れば、「教化努力をありがたがらない」とか、抵抗するのは原住民の野性性と暴発と見なされ、日本人が彼・彼女らを強制労働で搾取したということはかえりみられなかったとあります。

原住民族で日本軍「慰安婦」にされた女性もおられて、証言を聞いたことがありますが、いままでほとんど聞かれてこなかった原住民族自身の声を聞かなければならないと思います。

今は台湾でチワスアリさんという原住民族の女性が国会で活躍していますが(今年の夏は反靖国のいっかんで、日本にも来られるそうです。)、原住民族の運動も多様なものがあるだろうし、台湾に行ったら是非彼女たちに会って活動に参加したいです。

2009 平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動-東アジアからヤスクニを見る




第6章の「言語政策と文化的アイデンティティ」もおもしろかったですが、長くなるのでまたの機会に・・。
帝国的言説とは異なる文化的アイデンティティを主張した、郷土文学派が台湾語で書くことを主張しようとすると、大陸中国とのつながりにとって障害になるという反論があったり、台湾語と日本語どちらを選ぶかという葛藤があったり・・。

台湾は言語的にものすごく複雑だとあらためて思いました。
それはオランダ、中国清朝、日本、国民党などの支配があったからのことですが…。

しかし国民党の支配がはじまり、日本語と台湾語が禁止されてからは、かつて強制された日本語で書くことが標準中国語文化に対する抵抗の表現でもあったとあり、その視点はいままでかんがえたことがなかったので、おどろきでもありました。


なお、著者は小林よしのりのように、台湾で遭遇した植民地的郷愁を内省することなく受容しようとする勢力に対しては、「植民地的郷愁という幻想で根底にある現実」を覆い隠すことを許してはならない。この言語的暴力の犠牲者たちは、植民地化の傷を負っているのだ」と、すごく批判的です。

(「日本がなつかしい」という言葉をきいて、「台湾はやっぱり親日的だ」などと勘違いする日本人とか↑)


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