はにかみ草

。。考えたこととか感じたことをいろいろ書きます。。

「罪」や「責任」について

2007-02-26 22:28:21 | 公開
今、徐京植さんの「半難民の位置から 戦後責任論争と在日朝鮮人」(影書房)を読んでいます。

以前、高橋哲哉氏の「歴史/修正主義」(岩波書店)と、柄谷行人氏の「倫理21」(平凡社ライブラリー)を読んだのですが、その2冊の内容と繋がるところが非常に多く、

今までの自分の「責任」についての考え方を再考しています。(特に戦争・戦後責任についての考え方です。)

この3冊を読まなければ、私は様々な「責任」について、
ひたすら「道徳的に」考えていたかもしれません。
(たとえば、「自分は「日本人」だから…」(「日本人」を政治的な意味で捉えようとしていたのにも関らず、いつの間にか実体化させて考えていたかもしれないのです。)など)

柄谷は
原因を認識することと責任を追及することを区別すべきである」、

「「責任」を言われると、事実そのものを否認する人たちがおり、一方、「責任」を言う人たちは、ただ一面的に道徳的で、「原因」を問おうとしない」

「ある出来事に関して、その原因を知ることは認識の問題であり、その責任を問うことは実践(倫理)の問題です。」
(引用は全てp55より)
と述べています。


この議論は、徐氏の「罪」と「責任」の問題にも結びつくと思います。
(うーん…でもややこしいですね。。)
(p70で)
ハンナ・アーレントの引用があり、
「「罪」は個人に帰属されるべきものであって、集団に帰属されるべきものではない。「集団の責任」にはふたつの条件がある。すなわち、自分が行っていないことに対して責任があるとみなされることであり、自分の自発的行動によっては解消できないしかたである集団(集合体)に成員として属していること、である。

と説明しています。

具体的に言うと、
戦後生まれの日本人たちには日本国の植民地支配と侵略戦争についての「罪」はないが、それらについて「日本人」として「集団の責任」は免れないということなのである」(p71)ということです。

今まで私は、「原因」と「責任」、「罪」と「責任」をごっちゃに考えていたような気がします。

これらに関係する問題を更に分かりやすく説明していたのが高橋さんです。
(やっぱり尊敬!)
歴史/修正主義」でこう述べています。(p4から)


日本版「歴史修正主義」の言説で、「特に近現代史において、日本人は子々孫々まで謝罪し続けることを運命づけられた罪人の如くにあつかわれています」と主張するというものがあり、

これはあたかも罪が、国民や民族単位で遺伝し続けているとでもいうかのように、国民や民族を強固な同一性、連続性を持つものと考えている」と高橋氏は指摘します。
(氏はこれを「本質主義的」(あるいは「実体論的」国民観、民族観)といっています。)

しかし戦争責任を認めようとする側(家永三郎の著作を引用しています)にもこの罠にはまっているのではないか?と議論が続きます。
家永の「戦争責任」という本でも「罪」と「責任」の概念が曖昧に述べられていたり、
「日本人」の規定の仕方も「血統主義的」「本質主義的」であったり…。

高橋氏は
「戦後処理を実際に行うのは戦後日本政府であるが、政府はこれを国民の法的・政治的代表者として行うのであり、政府がこれを実行するかいなかは、最終的に日本国家の政治的主権者である日本国民の責任に帰着する」と指摘し、「日本人」を「法的・政治的」に定義づけています。(「戦後責任論」でもそう説明していました。)

ということを考えつつ、思い出しつつ読んでいました。
徐さんの本を読んでいて、自分が国家に拘束されているということにあらためて
気づきました。(特に65ページ(長くなるので引用しません。))

私が、在日の方や、中国の留学生や、多層的なアイデンティティを持つ人と接するときに、自分が「日本人」であると強く意識してしまうのは、自分が国家に強く拘束されている(その代わりに特権を享受している)からなのか…と思ったのですが、これについてはまだ考えが尽きません…。

ということで、また「半難民の位置から」の続きを読みます!

昨日のコリア国際学園のシンポジウムはあまりにも内容が濃すぎて、頭がパンクしそうでした!!お話を聞いた人と、シンポジウムの内容について話あう機会が欲しいです。とても自分だけでは考え切れません。。(でもすごく良かったです。)
また詳しい報告はしたいと思っています。
姜さんの講演の報告もまだですが、ちょっと細見和之の「言葉と記憶」(岩波書店)を読んでからじっくり考えたいと思います。。

講演では「記憶の格差」などのお話が印象的だったので…

それと、金時鐘さんの対談集「なぜ書きつづけてきたかなぜ沈黙してきたか―済州島四・三事件の記憶と文学 」も読もうと思います!(プレッシャー笑)

どうでもいいですが、接骨院で腰を治療した後シップを貼ってもらって、めっちゃシップくさいです。。