はにかみ草

。。考えたこととか感じたことをいろいろ書きます。。

台湾の歴史に関する書籍

2009-04-19 16:28:34 | 公開
私が台湾に関心をもったのは、漢語(中国語)を勉強してからでした。
そもそも中国語を勉強しようと思ったのは、私の恩師がすすめてくださったからです。西洋中心主義に対する恩師の批判を聞いて、大学で授業を履修するときにそのことを少し思い出して、中国語を選択しました。

my恩師は中国語、朝鮮語、フランス語などができるらしく、見習いたいです。

1回生のころは、語学の授業が週に5時間あったのと、漢語はリズムと発音が好きで、結構すらすら覚えられました。でもリスニングは短い音が多いということもあって、途中で挫折しそうになりましたが、歌をひたすら歌っていると、少しずつ聞き取れるようになってきました。

授業では、語学の先生がやたら大陸中心主義で、台湾を軽視していました。
いわく「台湾の発音は変だから、リスニングの練習をするなら台湾のドラマはやめておいたほうがいい。大陸のドラマを見なさい」などです。

1回生のころは、その言葉をきいて「やっぱり大陸の発音のほうがいいのかな」と不安になっていましたが、でも何となくいやでそれに逆らって、台湾のドラマをひたすら見て聞き取りの練習をしました。いまでは巻き舌音の少ない南方の言葉のほうが聞き取りやすく、北方の人の言葉はなかなか聞き取れません。

大阪の日本橋に『上海新天地』という店があって、そこにはたくさん中国や台湾や香港などのCDやVCDが売っています。そこで王心凌(わんしんりん)という歌手のCDを買って練習していましたが、最初その歌手は中国人だと思っていたのです。でもあとで台湾の歌手だということが分かって驚いて、そこからさらに台湾への関心がひろがりました。


3回生の半ばに、台湾の留学生の友人と出会ったときは、台湾人の友達とやっと出会えた喜びで本当にうれしかったです。

台湾についていろいろ教えてもらっているときに、最初はまだ自分のなかにも大陸中心主義みたいなものがあり、「この野菜は中国では何というのですか」とか、「正統」だと言われる中国のことを意識してしまっていました。今ではそれはおかしかったとも思うし、「正統」といわれるものを求めてしまう自分の心性は批判しないといけないと思います。そんなことを聞いてしまって、友達にも失礼なことをしたと反省しています。

友達はお父さんが、「戦後」大陸から台湾に渡った外省人(ワイションレン)で、お母さんが台湾の「四大族群(スーダ-ズーチン)」(四大エスニックグループ)である客家人(クーチァレン)です。なので、ご自身のことを「中国人」とも「台湾人」ともおっしゃいます。


2回生のころは、台湾と日本の歴史に関する本を何冊か読みました。
原住民族の立法委員であるチワス・アリさんの活動にもかなり関心があるので、もっと本を読みたいと思います。



最近は、田村志津枝(たむらしづえ)『悲情城市の人びと 台湾と日本のうた』(晶文社、92年)を電車のなかで読みました。
この本も台湾の友達がゆずってくれて、すごくうれしいです。

アマゾンの紹介文を引用します。

1989年ヴェネチア映画祭グランプリに輝いた台湾ニューシネマの傑作『悲情都市』。終戦によって50年にわたる日本支配から解放された台湾の人々が、祖国のあたらしい支配者に弾圧される悲劇を描くこの映画のなかで、処刑される青年たちが日本の戦前の流行歌『幌馬車の唄』をうたう。40年におよぶ戒厳令がとかれたいま、人々は重い口を開きはじめた。日本占領下の日々、「二・二八事件」の真実―。歴史の波間にゆれ動いた台湾の深い悲しみを追う力作書下しノンフィクション。


引用おわり

「悲情城市」は、「ベイチンチョンシー」と読み(発音は大体です)、「悲しみの町」という意味です。この題名の映画があるのですが、ずっと観たいと思いつつ、レンタルもなくてまだ観ていません。映画は2・28事件をテーマにしています。

2・28事件は、「戦後に台湾に接収にきた中華民国の国民党政府に対する台湾人の大規模な反乱ー鎮圧事件」(森宣雄『台湾/日本 連鎖するコロニアリズム』)です。チェジュドの4・3事件が思い出されますが、台湾でも大量虐殺があり、戒厳令下ではなかなか口に出すことができなかったそうです。本では2・28事件にかんする人びとの証言や、植民地支配で日本語や神社参拝が強制されたことなどが書かれています。

日本は台湾に対する植民地支配責任を負っていること、その再生産(「日本の植民地支配は台湾の近代化に貢献した」、「台湾は親日的だ」などという言説が何度も繰り返されていること)を断ち切らなければならないことなどを、つねに意識したいと思います。


この本で一番ぐさっときた、ある台湾人の言葉を引用します。


私も、台湾の悲しみについて、よく考えますよ。台湾の悲情の根源は、日本の植民地であったことだと思います。台湾人と日本人とのあいだには、個別的には友情も親しみもあったでしょう。だが、植民地における支配民族と被支配民族との関係は、そうした美しい関係をもこわしていく。実際、日本人が台湾人をどれくらい理解していますか。理解できないのはなぜですか。やはり、支配者の立場にあぐらをかいていたからではありませんか。(174頁)」


台湾の友達が、大学内で日本人に悪口を言われるとき「これだから中国人は・・」という言い方をされるそうです。友達は「日本人は島国根性で優越感をもっている」と悲しそうに言っていました。聞いていて本当に腹が立つし、悲しいです。

台湾なのに「中国人」と勝手に名指されることもおかしいし、日本人の中国人、朝鮮人、アジア人に対する偏見は そのつどおかしいと批判していきたいと思います。蔑視や偏見も、植民地支配が根源にあるのでしょう。



昨日から、森 宣雄(もりよしお)『台湾/日本―連鎖するコロニアリズム』インパクト出版会 (2001)を読んでいます。

台湾独立運動の歴史や、戦後左派の日本の知識人が台湾人の訴えを無視してきたことについての批判だけにとどまらず、台湾内部の植民地主義的言説の再生産も徹底的に批判すると序にありました(10頁)。

台湾の友達も「後藤新平は台湾の近代化に貢献した」と言っていてびっくりしたけど、それも言説の再生産になると思います。でも問題は、「第二次大戦後の植民地解放後、ただに旧帝国内にとどまらず旧植民地の側の解放運動においても植民地主義が再生産され、両者が連動するという事態は、この旧帝国の運動における植民地主義の否認ー継続を不可欠の環として起こっている」ことでしょう。(38頁)


この本で原住民族のことがどれだけ書かれているか、それも気にかけて読みたいところです。台湾関連の本では原住民族がほとんど言及されてない本も多いので。金静美さんは日本の台湾植民地化と原住民の抵抗の闘いについてかなり書いていました。(『故郷の世界史 解放のインターナショナリズムへ』(現代企画室))

アマゾンの『台湾/日本』の紹介文から転載します。

歴史をパロディ化=戯画化する小林よしのり『台湾論』、それを支える金美齢・李登輝らの「日本精神」論、そして台湾を黙殺する戦後左翼と「進歩的知識人」…日本/台湾100年の悲劇の折り重なりに奥深く分け入り、いま連鎖するコロニアリズム=植民地主義を解体にみちびく現代史叙述の解放の実践。


第1章 戦後左翼の宿痾と憎悪
第2章 『台湾青年』グループの独立運動
第3章 「日本精神」をめぐる流用と歴史の声
第4章 「日本精神」と「良き時代」の道具化
第5章 台湾をめぐる日本植民地主義の現在
終章 日台植民地主義の連鎖
結語 植民地主義連鎖の解体の実践