日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(26)

2024年06月09日 10時52分21秒 | Weblog

 晩秋の夕暮れは早い。 小高い丘陵に位置する森に囲まれ棚田が緩やかに傾斜する農村の午後5時ころには陽が沈みうす暗くなる。 静まりかえった村中の杉や椿等の木立に囲まれた家々に明かりが灯ると、夕闇の中で人々がいきずいていることを確かめさせてくれる。 
 刈り取られた稲田をかすめる風も肌寒く感じ、近いうちに遥かな飯豊山脈にも冠雪を見ることであろう。 庭の落ち葉が秋の終わり告げる季節である。

 健太郎は、そんな10月末の金曜日の夕食後。 窓越に月を掠める淡い雲に見とれて紫煙を楽しんでいたところに、節子さんも家事を終えてお茶を運んできて脇に座り、ひとしきり今日の病院でのできごとを話したあと、きっと理恵子のいれ知恵とは思うが
 「ね~ あなた。 さっき理恵ちゃんが急に思いつめた様に、明日、皆で山の温泉に行かない? 明日はお休みでしょう。 いいじゃない。」
と言い出だしたので、彼は「急に また なんで明日なの?」と怪訝な表情で尋ねると、節子は
 「紅葉も今が盛りで綺麗だろうし、それに日頃のストレス解消よ!」
と返事をしたあと、続けて
 「織田君も、普段親切に勉強を教えてくれるので、そのお礼も兼ねて誘ってもいいでしょう。 きっと楽しい旅行になるわ」
 「明日の天気もよさそうだし、理恵ちゃんの考えていることもそれとなく判るので、多感な娘心も満たしてやりたいと思い、いいことね。と、勝手に約束してしまつたが、貴方も賛成してくださるでしょう」
と、少し遠慮気味に話したところ、健太郎も彼女の話を理解して快く承知をしたが、温泉地は自分に任せてくれるように答えた。

 二人は予め準備を整えていたらしく、翌朝、織田君が見えると愛犬のポチをも連れて健太郎の運転で県境の枝折峠にむかった。
 途中、助手席の理恵ちゃんが
 「お父さん どっちに行くの。温泉地の方と方向が違うみたいだわ」
と聞いたので、健太郎は「時間が充分にあるので織田君とアケビや山葡萄を採って行こうと思うんだ」と、昨晩考えた日程を答えて峠の麓に車を止めた。 
 収穫されてわずかに残る柿畑の連なる道を進んで杉並木の坂道に差し掛かるや、若い二人はポチを先頭に健太郎達より先に明るい笑い声をにぎやかに振りまきながら進んでいったが、健太郎と節子は落ち葉を踏み分けながら、昨年の秋に、この峠を歩んで頂上で結婚することを約束しあったことや、その後、秋子さんを見送り理恵子を養女に迎えたことなど、結婚前には予想もしなかった数々の出来事を語りあいながら、ゆっくりと彼等のあとに続いた。

 頂上につくや、彼等は要領よくビニールを敷き休憩場所をつくり、理恵ちゃんが茶目っ気たっぷりに織田君に 「此処は、お父さん達の出会いの記念すべき場所よ」と説明しながら
 「わたしたちも、そんな場所になるかしら」「織田君 どう思う」
とニヤット笑いながらジュース缶の蓋をとって渡したが、織田君は何時も理恵ちゃんに皮肉混じりにやりこめられているので、またか、と薄笑いを浮かべて飲み終わるや雑木林の方に一目散に駆け出して行き、その後を理恵ちゃんとポチが慌てて追いかけていった。
 節子さんは、健太郎も少し遅れて彼等のあとを追いかけて行くと、石碑の前に作った場所で過ぎ去りし懐かしき思い出を回想して留守番をしていた。
 織田君はさすがに体育系の青年らしく動作が機敏で森の中をポチともぐりこんでいったが、理恵ちゃんは藪が嫌いで芝生のところで風景写真を撮ったり押し花にする紅葉の落ち葉を拾っていたが、時折、ポチが藪から出てきて理恵ちゃんの様子を伺ったあと、また、ガサゴサと藪をかき分ける音のする織田君の方に駆けて行き、ポチにとつては我が世の春と思わんばかりに駈けずり回っていた。
 ほどなくして織田君が藪から戻ってきて、籠に入れたアケビや葡萄を理恵ちゃんの前に差し出すと、理恵ちゃんは「こんなもの、たべられるの?」と怪訝な顔をして言うので、健太郎が「春のウドと並び秋の山菜の王者だよ。帰ったらアケビは天麩羅に葡萄はワインにしてあげるから、覚えておくんだよ」と教えたが、傍から織田君が
 「そんなことを知らない様では、将来、嫁さんにはなれないな~」「山郷に暮らす人達は皆知っていることだよ」
と、理恵ちゃんの鼻先に葡萄を当ててからかっていた。
 理恵ちゃんは「そんなこと無いわ」と悔しそうな顔をして反論していた。 
 実際、山で育つた子供達は皆が知っていることだが、山遊びに慣れない理恵ちゃんには無理もないことで、好感を寄せる織田君に言はれただけに、その一言が思わぬショックとなり健太郎の目には可愛そうに思えた。

 夕方、飯豊山麓の温泉に着くと、秋の行楽客や登山客で満員であったが、馴染み客の健太郎に女将さんが、十二畳の広間を空けますので。と、部屋を用意してくれたので、夜は中央を屏風で仕切りして貰うようにお願いして、部屋に案内してもらったが、理恵ちゃんは心配そな顔をして、節子さんになにやら小声で聞いている様であったが、節子さんの説明で安心していた。
 食堂は全員が集合する部屋で、卓上に並べられた料理の前に座るや、織田君が
 「やぁ~ 珍しい岩魚の刺身に焼き魚か。 それにアケビの天麩羅もあるわ」「鍋は茸に山鳥だよ!」
と真から楽しそうに話し
 「理恵ちゃん こんな料理は東京の銀座の料亭でも、おそらくお目にかかれないだろうな」
と感嘆したあと、隣り席に座った理恵ちゃんに
 「岩魚とゆう魚は山の高いところに棲息していて、縄張りが強く、虫を食べているんだよ」
 「今では、幻の魚と言われ、夏、水がかれると沼地を鰭を使い歩くらしいんだ」
 「街場で見かける岩魚は養殖らしいが、ここのは天然ものだよ」
と説明していた。 
 理恵ちゃんは、怪訝そうな顔つきで聞いていたが、健太郎達が美味しそうに食しているのを見届けてから安心したのか、漸く箸をとり「本当だ!織田君よく知っているのね。美味しいわ」と、織田君の知識に敬意を表したのか、自分の刺身を半分織田君の皿に分けてやっていた。 その仕草がはにかむ様にういういしく微笑ましく見えた。

 

 

 

 
 

 

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蒼い影(25)

2024年06月09日 10時51分33秒 | Weblog

 久しぶりに、懐かしい顔が揃って、賑やかに踊りくるつた盆踊りが過ぎると、峠の細道のススキが、透き通る様な澄んだ青空の下に白い穂波を揃え、柿が黄色みを帯び始める頃になる。 山に囲まれた小さな街も人々が少なくなり、静けさを取り戻す。
 理恵子も、2学期の勉強に追われ、先輩の織田君も野球の部活を後輩に譲り、来春の大学受験の準備にいそしむ毎日が繰り返される。

 そんな秋日和の土曜の午後。 勤務先の病院が休日で家にいた節子と健太郎の二人が、笑顔交じりに楽しげに庭の草花の手入れをしていたところに、織田君が自転車から降りてきて、にこやかに「おじさん こんにちわ~」と明るい声で挨拶すると、それを聞きつけた理恵子が自室の窓から顔を覗かせて「いまごろ、なによ~」と声をかけたので、彼は
 「やぁ~。そこまでお袋に頼まれ配達に来たから、ついでに寄ってみたんだ。寄せてもらってもかまわないかい?」
と答えると、理恵子は不機嫌そうに
 「かまわないけどサ~、配達の帰りなんて・・。なぜ、そんなウソをつくの?」
 「本当は、わたしに会いたくてまっすぐ来たんでしょう?・・」
と今度は薄笑いを浮かべて嬉しそうに言うと、織田君は
 「お前、もっと社交的になれよ・・。本当はね、ふっと、期末試験前のお前さんが、不得手な数学の勉強で苦しんでるだろうなぁ~。と思って助けてやろうと思いわざわざやってきたんだ」
と答えながら、縁側に腰をおろして靴を脱ごうとすると、理恵子が「さぁ~ どうぞ」と言わないうちに「 入れてもらうよ」と言って、入り慣れている理恵子の部屋にはいってしまった。
 二人のそんなやり取りを笑いながら聞いていた節子さんが
 「理恵子も君の来るのを待っていたのかもしれないわ。遠慮なさらずに、ビシビシ教えてネ」
と声をかけた。

 理恵子の部屋は、勉強机と本箱それに風景画の額や菊の花瓶などで飾られているが、机の上には辞書やノートと教科書、それに挟みや爪きり、かじりかけのリンゴにチョコレート、ペンなどがこぼれ落ちそうに載っていた。
 織田君は雑然としている机を見るや呆れたように
 「何時来ても、ニキビ臭い部屋だなぁ~」
と言うや、理恵子は大急ぎで机の上をかたずけながら
 「仕方ないじゃないの」「発育盛りで、体から出る分泌物が盛んなんですもの・・」
 「けれども、嫌なにおいをさせる毛虫も、今に素晴らしいチョウになるんだから・・」
 「織田君の部屋だって、きっと男になりたての青臭い匂いで充満してるんでしょう」
と負けずにブツブツ反論していた。

 ひとしきり勉強を終えた二人が、庭に面した洋間に移り、長椅子に理恵子が織田君の左隣に並んで腰を下ろし、節子さんが用意してくれたお菓子を食べながら紅茶を飲み、裏庭の小さい滝から流れ落ちる池を無言で眺めていたとき、理恵子が
  「ねぇ~ 織田君。今日は大切な相談があるんだけれど、聞いてくれる?」
と、織田君の左手の上に右手を乗せて、黒く輝く瞳で目を見つめたので、彼は少し緊張して急にその場の空気が冷え込んだ様な雰囲気になり「また 急に なんだい。 驚かすなよ!」と半ば座りなおして答えると、理恵子は
  「ありきたりの返事にならない様に、英語のリーダーを訳すように上品な調子で言いますからネ」
と言ったあと
  「ミスター織田君! アナタハ ワタシヲ スキデスカ?」
  「ソレトモ アナタハ 葉子サンニ ココロヲヒカレテ イルノデハナイデスカ?」
と、日本語に慣れない外国人の様に妙な発音と言葉使いで聴きながら、いきなり、右腕を織田君の首に絡め、少し陽に焼けた均整の取れた長い右足の脛を、スカートから惜しげもなく投げ出す様に、織田君の左足の脛に寄せて顔を近ずけて来たので、織田君も驚きながら質問にまともに答えられずに
  「うぅ~ん いきなり難しいことを聞いてくるなぁ~」
と、もじもじしていると、理恵子は自分の質問を楽しむかの様に、更に続けて追い討ちをかける様に、今度は、両腕を織田君の首に絡めて、耳もとで囁くように  
  「ワタシガ スキナラ ソノ理由ヲ 述べナサイ」
と、ますます難解なことを聞いてくるので、織田君も
  「それは、ほかの人よりも好きだけれど・・。ただし、時々、同級生の前で平気で僕にものを言いつけることを除けばなぁ~」
と、苦し紛れながらも、親近感をこめて、ある程度真実に近い答えをすると、理恵子は
  「ほかの人よりとか、条件付きなんかでは、つまんないわ~。もっと はっきり男らしく答えてよ~」
と、心臓に手を入れてくる様にせまってきたので、彼は今迄にない理恵子の甘えたしぐさより、理恵子の生足に気をとられ、足をさすりたい衝動に駆られ、いや、もっと、スカートから覗く両膝の間に手を入れてしまいそうな、男の本能にかられたが、グッと理性で気分を押さえつけて
  「今日は どうしたとゆうんだ」
と、両腕を振り解くようにして体を少し離して
  「お前 今日は少し変だぞ! 高一にしては、少しませているわ!」
と顔をしかめて言うと、理恵子は
 「アテンション・プリーズ(気をつけなさい)」
 「ワタシタチノ 会話ハ オーソドックス(正統的)ナ外交用語デナサルベキデス」
と、真面目くさって返事をしているところに、ドアをノックする音がして節子さんが部屋の扉を開けて顔を覗かせ、二人のたじろいだ様な後ろ姿を見てとり、一瞬戸惑ったが入り口に立ち止まり、笑顔で何事も気ずかなかった様に「もう そろそろ時間よ」と声をかけたので、理恵子は跳ね除けるように急に彼から離れ「今日は 楽しかったわ」と、いかにも満足そうに笑顔でいいながら、彼に「また 色々と教えてね」と言って、母親の節子さんの目を眩ます様に椅子から立ち上がった。  

  

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