日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

山と河にて (19)

2023年10月02日 01時39分24秒 | Weblog

 珠子は、ベットの端に座らせられた瞬間、真新しい白い敷布を見て反射的に、このベットの上で自分と同様に見知らぬ女性達が感情を無視されて、彼の一方的で単純な性的欲望の対象として弄ばれているのかと直感的に思い浮かべ、嫌悪感から彼の話も耳にはいらなかった。 
 珠子は取り立てて話す気にもなれず、早く立ち去りたいと思っていると、彼の母親がコーヒーカップをのせたお盆を運んできて、彼女の顔を見るると、安堵感から和やかな表情で
  「この子は、仕事はお父さんも驚くほど上手にこなすが、人生で一番大事な結婚のことになると、好きな人がいても、恥ずかしくてプロポーズなんて言えないよ。と、弱気になり、まさか、私が代わってプロポーズする訳なんて出来ないでしょう。と、言っても取り合わないんですよ」
  「珠子さんなら、この子の性格を補ってくれると、私は、あなたを見たときから強く確信して、是非、お嫁さんに来て欲しいと願っているんですよ」
と、永井君の女性関係を全然知らぬげに話すので、珠子は永井君も一人っ子で、裕福な家庭に育てられ、母親もわが子可愛さに、彼の外見上の姿しか見ていないんだなぁ。と、心の絆の薄い家庭なのかなと瞬間的に思い、自分達の交際に先行き不安を覚えた。
 珠子は、無性にいたたまれなくなり、適当な理屈をつけて帰るべく立ち上がり、座っていたベットの皺を伸ばして綺麗に整えて、帰ることを告げると、彼は「車で送ってゆくよ」と、意外にも、あっさりと承諾して車で送ってくれたが、自宅付近で車から降り際に「今日は楽しかったよ」と言いながら擦り寄って顔を近ずけてキスを求めたが、珠子は「家の前だし、悪いけど止めてくれない」と、顔を背けて降りてしまった。

 その夜も、彼とのことが一部始終生々しく甦って想い起こされ、広い家に親子三人で住み、中小企業とはいえ数人を雇用して自動車の修理販売を営み、経済的にも恵まれ、過去の女性関係を除けば、優しい彼の態度と実家に近いこと等を考え合わせれば、彼に嫁ぐことは自分や家族にとって良縁かも知れないかな。と、思案にくれたが、どうしても最後には、彼の女性遍歴が凄く心の重荷になった。
 その様なとき、何時も心の片隅で、彼とは対照的に、普段、町内の青年部で顔を合わせて、自分に好意を寄せてくれ、仕事一筋に生きる真面目で几帳面な、八百屋の昭二君のことを思い浮かべ、一層、悩みを深くして心が迷った。
 珠子は、人に相談することもなく、結論を見出せないままに、結局は仕事の忙しさに紛れて日々を過ごしていた。

 入梅で雨続きの土曜日の夜。 彼女は気分を紛らわせるために久し振りに、ピアノの伴奏で歌えることで、何時の間にか口込みで評判になった駅前の居酒屋を訪ねると、街の商店街の役員をしている健ちゃん夫婦と、鮮魚店を営んでいる六助の店の二階に間借りしているフイリッピン出身の看護師を連れた六助達がにこやかな顔を見せてやってきた。 
 何故か常連の昭二の顔は見えず少し気落ちした。
 午後8時ころになると、店は中高年の男女でほぼ席がうずまり、ママさんも店の趣向を凝らして、照明を薄暗くし天井に吊るしたシャンデリアをつけると、店内が蒼暗くなり、新婚間もない健ちゃんの奥さんのピアノ伴奏で、華やかなカラオケバーに模様変わりした。

 海上自衛隊出身の六助と一緒に来たマリーとゆう名の看護師は、20歳前半位で背丈はそれほど高くはないが、少し黒味ががった艶のある地肌にも首筋辺りが白く、目のクットした可愛らしい、痩身で如何にも健康美そのものといった人で、人なっこく愛嬌のある笑顔を絶やさず、六助に言わせれば、たまに手伝って魚を扱う包丁さばきも上手で、時々、頼みもしないのに積極的に店を手伝ってくれ助かっているとのことだが、彼がどのようにして交際を始めたかは、二人とも笑って答えようとしなかった。
 仲間達も深く聞くこともせず、健ちゃんの想像にもとずく噂話では、六助が海外訓練と親善でフイリッピンのマニラに寄航した際に、見初めて連れてきたのではないかと言っていたが、皆もそうかも知れないと思いこんでいる。
 彼女は、日本に3年間見習い看護師として勤務しながら難関の正規看護師の免許を取得し、病院に勤めているが、英語は勿論のこと、日本語も達者で、歌うときの発音に多少英語訛りがあるが、これが、また、お客さんの評判を得て人気になっていた。
 その哀愁を帯びた歌唱力は、遠い昔、戦後間もない頃、当時有名映画女優の淡路恵子と結婚したフィリッピン人のビンボウーダナオとよくにており、店のママさんも子供の頃好んでレコードで聞いたことを覚えており、懐かしく聞き惚れていた。

 店では、カラオケのオープニングとして、中高年のお客さんのリクエストの多い、西島三重子作曲の”池上線”の歌謡曲が、店が沿線に位置するため歌われるが、時たま、六助の彼女が指名されると、彼女は店の娘である奈緒のドレスを拝借して
 ♪ 終電時刻を確かめて・・・灯ともす夜更けに商店街を通りぬけ
     待っています と つぶやいたら 突然抱いてくれたわ・・・
と思い入れを込めて情感たっぷりに歌詞の詩情を豊かに表現して歌うので、そのような時はお客さんも一緒に歌いだし、店の雰囲気が一挙に盛り上がる。

 奈緒も、お客さんの指名で、彼女が好んで歌う、都内北区出身の演歌歌手である、水森かおりの”釧路湿原”や”松島紀行”を歌って皆に喜ばれることがあるが、彼女の場合、物静かで控えめな性格から、滅多に歌うことはないが、健ちゃんの強引な指名には、店のママさんである母親のほうが折れてしまい、無理に歌わらせられることが多い。

 そんな或る日の夜。 奈緒は歌ったあと、ほどよく酔って至極機嫌の良い健ちゃんに
 「一寸、相談があるんだけれども・・」
と、遠慮気味に声をかけたところ、健ちゃんは大声で
 「なんだ、そんな元気のない顔つきで俺に相談なんて・・」 「片思いの大助のことか?」
 「あいつは、大学に行ってから、益々、お前のことをどの様に考えているのか、俺にもさっぱりわからくなったよ」
と返事をしたので、奈緒は
 「そんな大きな声で言わないでょ」
と、彼の口元に手を当て、か細い声で
  「勘違いしないでょ。わたしのことではないのっ・・!」「珠子さんと昭二さんのことなのよ」
  「お酒に酔っていて、難しい相談は無理かしら・・。 大丈夫?。きちんとお話出来る?」
と、頼りなさそうな顔をして聞き返すと、健ちゃんは声を殺して目だけは鋭く輝やかせ
  「なにッ! 珠子さんのことか・・。そう言えば、今夜は、昭ちゃんの顔が見えないなぁ~」
と呟きながら、奈緒ちゃんに手を引かれてカウンターの席に移った。

コメント
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