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どちらを選ぶかは自分次第

故意であろうが無かろうが、車はたやすく凶器になる

2012年04月13日 | 車社会を考える
京都・祇園の車突入事故 運転中に発作か 死者計8人(朝日新聞) - goo ニュース

第一報を聞いたとき、運転手が30前後の男性だったこともあって、とっさに、2008年の秋葉原の無差別殺傷事件を思い出したのだけれど。
てんかんの発作による暴走運転だったことがわかった。
亡くなられた方とご遺族の皆様にはお悔やみを申し上げます。
ただ、故意による暴走でなかったことがわかり、言い方は不適切かもしれないけれど、少しだけほっとした思いがした。
人の心の闇と時代の閉塞感が凝縮されたような秋葉原の事件は、思いだすだけで、哀しくつらい気持ちになってくるから・・

しかし、結果としての不幸に変わりはなく、そこに悪意があろうが無かろうが、車は、たやすく凶器になりえるということがまた、実証されてしまった。
つまり車とは、力のない女性でも、年配者でも、故意であろうが無かろうが、自分以外の人を巻き込んで、一瞬にして大勢の人を殺傷してしまうことができる機械であるということ。
実は、車に乗るということは自分だけの問題じゃないのだけれど、ほとんどの人は自分だけの問題にして、あまりにも依存し、慣れ過ぎて、無自覚でいるということ。

昨年も、運転手のてんかんの発作で6人もの小学生が事故に巻き込まれて亡くなるという不幸があった。
こういうことが起こるたび、てんかん患者への差別が起こるのではないかという意見もわかるけれど、私はむしろ、車への疑問が何も起こらない方が、不思議でならない。

 「てんかん患者が悪いのではなく、てんかん患者が車を運転することが悪い。」
 「飲酒が悪いのではなくて、飲酒して運転することが悪い。」

それらは、とりもなおさず、「車」の存在自体が、凶器になりえるのだということの裏返しであり、車がまだまだ機械として不完全なものであるという証しにもなる。

最近は「ぶつからない車」という車が登場した。この機能を、どの車にも必ず装備してほしいと本気で思う。
そして、運転する人たちにいいたいのは、車を運転すること自体、どれだけの重い責任があるものか、どうか自覚を持って運転してほしいということ。

80歳を過ぎてもなお、運転している方は、特に気をつけていただきたい。「自分に限って大丈夫」という根拠もない過信が、原発安全神話と同じ落とし穴。
自転車では、ふらついて危険だから、車を運転しているのだという人もいたけれど、それって自分の安全は考えても、他人を危険にさらしているのを忘れている。

公共交通が廃止されてしまったという地域は別として、公共交通が完備した市街地であるならば、本当に必要な時は、タクシーもあるし、荷物の輸送には宅配便がある。
それで、不便だろうか?荷物を担いで二本の足で歩いて旅した江戸時代に比べれば、十分十分、十分便利でしょ。


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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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モーニングショー  (村石太レディ)
2012-04-13 17:28:59
恐ろしい 事件 事故ですね。
事件 事故 研究会(名前検討中
気のせいだろうか?民営化 消費税 国会の問題とかかわるような時 事件 事故がおきる 気がします?(失礼)
返信する
村石太レディさんへ (金木犀)
2012-04-13 21:45:34
はじめまして。コメントありがとうございます。

仮称?「事件 事故 研究会」
どこかひっかかることがあるなら、納得できるまで研究してみるのも面白いかも。
ただ、あくまで趣味なら、危険と隣り合わせの研究は避けた方が無難でしょうか。
返信する

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