死にゆく君へ

君は生後まもなく公園に捨てられていた
父の部下の奥さんが君を拾ってきた
でもアパートだったので
そこで君は暮らせなかった

君は私の家へやって来た
父や母にはおとなしかったが
私には敵意むき出しでキャンキャン吠えたね
それは君がアパートで子供たちに虐待されていたからだ

一月ほど経つと
君は私にも慣れてきた
初め君は家の北側の路地も歩けなかった
怖くてね

しかし君はすぐに
公園まで行けるようになった
そして散歩の範囲は日ごと広がった

よくタオルで引っ張り合いをしたね
君はウーウー唸って歯を食いしばった
でも私は一度も君に負けなかった
左手一本でもね

ある日君の小屋の部品が届いた
私は説明書と睨めっこしながら
君の家を組み立てた
あの時の私の匂いはまだ残っているのかな

またある日
君をかまっていた父のズボンに
赤い斑点がついた
君は手術をうけた
もう君の子は産まれなくなった

私が大学の近くの下宿に住むようになってからは
土日しか君と会えなくなった
私が帰ってくると
君は千切れんばかりに尾を振って
横倒れになって腹を見せ
おしっこをもらした

あっそうだ
ボール遊びもよくしたね
私がボールを投げると
君は一目散に走っていき
ボールを咥えて戻ってきた
普通ならその時ご主人にボールを渡すんだよ
君は唸って決して口から離そうとしなかった
むりやり奪い取ったけどね

ある朝君は庭に倒れていた
父が君の名を叫び
慌てて病院へ連れていった
あの時はびっくりしたよ
軽い肝炎ですんだけどね

あれは一昨年だったかな
君の脚にしこりのようなものが出来ていた
癌だった
もう四回も手術をした
でも何度やっても取りきれなかった
今では君の身体中に転移している

最期にひとつだけお願いがある
一度でいいから顔をなめてくれ
私のでなくていい
君がいちばん信頼している父の顔を

君からたくさんの元気をもらったよ
ありきたりだけど
ありがとう
この私のありったけの思い

ありがとう