「池上線」
古い電車のドアのそば
二人は黙って立っていた
話す言葉をさがしながら
すきま風に震えて
いくつ駅を過ぎたのか
忘れてあなたに聞いたのに
じっと私を見つめながら
ごめんねなんて言ったわ
泣いてはダメだと胸に聞かせて
白いハンカチを握りしめたの
※
池上線が走る町に
あなたは二度と来ないのね
池上線に揺られながら
今日も帰る私なの
終電時刻を確かめて
あなたは私と駅を出た
角のフルーツショップだけが
灯かりともす夜更けに
商店街を通り抜け
踏み切り渡った時だわね
待っていますとつぶやいたら
突然抱いてくれたわ
あとからあとから涙あふれて
後姿さえ見えなかったの
※
・・・・・・・・・・・・・
朝日新聞,先週の土曜版be「うたの旅人」の記事を読んで思ったこと・・・・・。
駅に残した切ない記憶・・・すきま風に揺れた黒い髪・・・
この歌は1975年(昭和50年)西島三重子が歌った歌(作曲も同じ)である。
70年代のフォークの定番でもある。
この曲の作詞者佐藤順英(55歳)は山形市出身だ。
中学を卒業してから1999年までのおよそ30年間東京で生活し、その後再び生まれ故郷の山形市に戻って暮らしている。
「池上線」の歌詞は実話だったとある。
A大学に通っていた彼女と交際していたB大学の佐藤さんは、将来国連職員を目指し、ハワイの大学に留学した。
しかしある日突然、「私だけ待っていることに疲れた」という彼女からの手紙を受け取った。
急きょ帰国し説得に努めたが、誤解もあり元には戻らなかった。
結局ハワイ大学には戻らず、親に「作詞家になる」といったら勘当された。
この歌は、はなれ離れになる直前、最後のデートで家まで送った夏の日の感傷を冬の別離の情景に移し、歌詞にしたものだ。
恋愛の顛末は、彼の将来像も大きく変え、その後佐藤さんは、音楽の道を歩いていくことになった。
27歳で結婚した彼女は、すでに2人の子供も社会に出ているという。
「普通すぎるほど普通に暮らしています・・・・」
「あの方もご結婚されていますよね?・・・・・」
と、彼女は戸惑いながらやさしい口調で話してくれた。
しかし、作詞をした佐藤さんは、「彼女が今はどこでどうしているのか、ぜんぜん知りません」と話した。
そして、佐藤さんは今でも独身を通している・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・ここまでが記事の大まかな抜粋
この記事を読んで、ユーチューブ(youtube-音楽)で「池上線」の歌を何度となく聞いた。
70年代のフォークは、やはり私たちの世代にとっては青春真っ只中、そのころはあまり深い意味を読み取れなかったが、この記事を読んで・・・・・・ナルホド・・・と、目から鱗が・・・・ しばし今の自分を振り返る・・・。
20代と50代の西島三重子の二重写しの映像、時の流れをいやおうなく感じる。
そして、この歌詞に現実味を帯びさせ、妙に痛々しく感じさせる。
私と妻、そして誰しもこの歌詞のストーリーのようであったなら・・・・・?
それぞれに、今とはまったく違った人生を歩んでいただろうと・・・・・・・・、
ふと、そう思わずにはおれなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
池上線 西島三重子
古い電車のドアのそば
二人は黙って立っていた
話す言葉をさがしながら
すきま風に震えて
いくつ駅を過ぎたのか
忘れてあなたに聞いたのに
じっと私を見つめながら
ごめんねなんて言ったわ
泣いてはダメだと胸に聞かせて
白いハンカチを握りしめたの
※
池上線が走る町に
あなたは二度と来ないのね
池上線に揺られながら
今日も帰る私なの
終電時刻を確かめて
あなたは私と駅を出た
角のフルーツショップだけが
灯かりともす夜更けに
商店街を通り抜け
踏み切り渡った時だわね
待っていますとつぶやいたら
突然抱いてくれたわ
あとからあとから涙あふれて
後姿さえ見えなかったの
※
・・・・・・・・・・・・・
朝日新聞,先週の土曜版be「うたの旅人」の記事を読んで思ったこと・・・・・。
駅に残した切ない記憶・・・すきま風に揺れた黒い髪・・・
この歌は1975年(昭和50年)西島三重子が歌った歌(作曲も同じ)である。
70年代のフォークの定番でもある。
この曲の作詞者佐藤順英(55歳)は山形市出身だ。
中学を卒業してから1999年までのおよそ30年間東京で生活し、その後再び生まれ故郷の山形市に戻って暮らしている。
「池上線」の歌詞は実話だったとある。
A大学に通っていた彼女と交際していたB大学の佐藤さんは、将来国連職員を目指し、ハワイの大学に留学した。
しかしある日突然、「私だけ待っていることに疲れた」という彼女からの手紙を受け取った。
急きょ帰国し説得に努めたが、誤解もあり元には戻らなかった。
結局ハワイ大学には戻らず、親に「作詞家になる」といったら勘当された。
この歌は、はなれ離れになる直前、最後のデートで家まで送った夏の日の感傷を冬の別離の情景に移し、歌詞にしたものだ。
恋愛の顛末は、彼の将来像も大きく変え、その後佐藤さんは、音楽の道を歩いていくことになった。
27歳で結婚した彼女は、すでに2人の子供も社会に出ているという。
「普通すぎるほど普通に暮らしています・・・・」
「あの方もご結婚されていますよね?・・・・・」
と、彼女は戸惑いながらやさしい口調で話してくれた。
しかし、作詞をした佐藤さんは、「彼女が今はどこでどうしているのか、ぜんぜん知りません」と話した。
そして、佐藤さんは今でも独身を通している・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・ここまでが記事の大まかな抜粋
この記事を読んで、ユーチューブ(youtube-音楽)で「池上線」の歌を何度となく聞いた。
70年代のフォークは、やはり私たちの世代にとっては青春真っ只中、そのころはあまり深い意味を読み取れなかったが、この記事を読んで・・・・・・ナルホド・・・と、目から鱗が・・・・ しばし今の自分を振り返る・・・。
20代と50代の西島三重子の二重写しの映像、時の流れをいやおうなく感じる。
そして、この歌詞に現実味を帯びさせ、妙に痛々しく感じさせる。
私と妻、そして誰しもこの歌詞のストーリーのようであったなら・・・・・?
それぞれに、今とはまったく違った人生を歩んでいただろうと・・・・・・・・、
ふと、そう思わずにはおれなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
池上線 西島三重子