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四畳半の猫庭だより

一坪菜園で野草・ハーブ・野菜を育てながら おサイフとカラダにやさしい小さな暮らしをいとなんでいます

牛にひかれて善光寺参りの伝説の寺 ②長野県の旅

2024年12月18日 | 出歩き・ 里山歩き・ハイキング
長野県の旅①の続きです

2日目は、長野県小諸市にあります
正式名称 天台宗布引山釈尊寺へ


ここには、
牛に化身し、強欲な婆さまを長野善光寺に連れていったという布引観音様が安置されています

山登り気分を味わえる参道コースでお参りしました
今の季節、ところどころ凍結しているので慎重に


木々の間から、
観音堂のある拝殿が見えてきました
清水寺みたいね


本堂

日向ぼっこかな 寒くなってきましたね

せり出た岩のトンネルをくぐり観音堂へ

人懐っこく、ずっと後をついて来る猫ちゃん


なかに布引観音像が安置されています

天井画

拝殿から本堂のながめ


本堂で御朱印をいただき帰りました

最後③温泉編と
今年一年の温泉総まとめもあります

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戦没画学生慰霊美術館 無言館 ①長野県の旅

2024年12月16日 | 出歩き・ 里山歩き・ハイキング

一度だけでいい
あなたに
見せたい絵がある(HPより)

長野県上田市にあります
戦没画学生慰霊美術館「無言館」へ
行ってきました

樹木希林さんの本で知り、
いつか訪れてみたいと思っていました


画家になることを一心に夢み、生きて帰って絵を描きたいと叫びながら死んでいった画学生たち(案内書より一部抜粋)


十字架型の館内には、
画学生たちがのこした作品と、ご家族から託された遺品が展示されてあります

一つ一つの紹介書きに引き込まれ
凝縮された 熱量ほとばしる作品に言葉を失います

記憶のパレット
5百余名の画学生の名が刻まれている碑

第二展示室 傷ついた画布のドーム
入った瞬間 目に飛び込んでくる
デッサン画におおわれたドーム型天井


90本の絵筆がはめ込まれている
絵筆の椅子(ベンチ)

感動とか、そういう表現はできません
私のつたない言葉では感想も書けませんが
重い気持ちがいつまでも残ります

この美術館の存在に
心から感謝申し上げたい その一言に尽きます


※館主は窪島誠一郎氏
親交のあった樹木希林さんとの縁で、2024年6月から内田也哉子さんも共同館主になりました

②長野県小諸市 布引山へ続きます

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紅葉トレッキング ①福島県 南会津

2024年11月10日 | 出歩き・ 里山歩き・ハイキング
’24 11/9〜10と南会津 下郷町へ
温泉と紅葉狩りに行ってきました

ちょうど紅葉が美しい
観音沼森林公園の周遊コースを、1時間半ほど歩きました


標高900m お天気にも恵まれ


沼のほとりは赤、オレンジ、黄色に染まっています


嶽観音堂


展望台方面へ登ってみます

色あざやか

初冠雪?樹霜?うっすら白い那須方面の山

新潟方面

アップして 飯豊山かな?

充分秋を堪能しました

まだ11時 この後、塔の岪(ヘツリ)へ
外国の方が多いです 吊り橋が揺れる〜


へつりとは(会津地方で)険しい断崖という意味だそう


②湯野上温泉へつづきます

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東山魁夷の世界 御射鹿池 ①長野県の旅

2024年08月05日 | 出歩き・ 里山歩き・ハイキング

五十代のいっとき
仕事や遠距離介護に持病の悪化が重なり、心身ともに疲れ果てている時に勧められたのが、東山魁夷画伯の絵でした

大きな画集は高価で手が届かず、
詩入りの小さな画集を買いました

一枚の絵をずっと見ていると、
絵の方から寄り添ってくれ、私の心に幾度も小さな明かりを灯してくれました。

【緑響く】 有名な作品ですね
その絵のモチーフとなったのが、
長野県の御射鹿池(ミシャガイケ)です

ずっと訪れたかった場所へ
長野県奥蓼科へ行ってきました


初めて見るその池は、静寂と緑に包まれ
想像以上に、絵の世界そのものでした


八ヶ岳の湧水を貯めておく農業用ため池とのこと


絵の中の白い馬かと見まがう場所に
ちょうど白い花が咲いていました

訪れた皆さんが静かに感動していましたね



お宿編②と苔の森編③へ続きます


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渋沢栄一のふるさと 埼玉県(旧)血洗島村の由来

2024年07月03日 | 出歩き・ 里山歩き・ハイキング

いよいよ今日から新紙幣の発行ですね
手元に届くのが楽しみです

新壱万円札は渋沢栄一
三年前、大河ドラマ「青天を衝け」を見ていた頃
渋沢栄一翁の故郷 埼玉県深谷市を訪ねました
渋沢栄一翁のアンドロイド(少し動きます)

500もの企業の設立600もの社会公共事業の支援に、ご尽力されました 私が知っている小さな福祉施設も、渋沢栄一氏が起こされたと聞いています

【渋沢栄一スピリット】
個人や一企業の儲けのみを求めるのではなく、
公共の利益を追求することで、皆が幸せになり、ひいては国が豊かになる。

生誕の地は (現)埼玉県深谷市血洗島(チアライジマ)
生家 中の家(ナカンチ)


東京で暮らすようになっても、度々帰省していたそうです
氏は生前、血洗島村の由来を幾度となくたずねられたと話しています
たしかに気になりますね
血洗島の由来…調べてみました

⚫︎赤城の山霊が他の山霊と戦って片腕をひしがれ、その傷口をこの地で洗ったという伝説から

⚫︎ この地はもともとアイヌ語で「ケシ、ケセン、ケッセン」という音の言葉で呼ばれていて(岸、末端という意味)その音をあらわす当て字として「血洗」を使ったのではという説や

⚫︎(近くに利根川が流れており)度重なる利根川の氾濫により地が荒れた、地を洗うように流れたという自然災害からの説、こちらがより一般的なようです


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