フィラデルフィア市長のマイケル・ナッターは5年前、ソーダ(炭酸飲料)税の導入を提案したが、炭酸飲料業界から反対の動きが噴出した。

 ソーダ税はニューヨーク州でもサンフランシスコでも提案された。しかし、いずれも業界が猛反発し、カリフォルニア州の超リベラルなバークリー市以外では、まだどこも法案は採択されていない。

 このソーダ税導入問題では、炭酸飲料メーカー側が勝利を収めたようだが、もっと大きな構図を見ると、ソーダ業界は戦いに敗北しつつある。ナッター市長のような肥満防止運動を展開してきた人たちが求めてきた課税策はうまくいかなかったものの、炭酸飲料が健康に良くない製品であることを広く人々に知らしめる効果はあった。

 ログイン前の続き米国では、炭酸飲料の消費が1960年代から90年代にかけてうなぎ登りに増えたが、ここ20年余りの間に売り上げは25%以上も落ち込んでいる。アメリカ文化の大黒柱だった炭酸飲料を、飲まないアメリカ人が増えているのだ。ある推計によると、米国ではボトルウォーター(容器入り飲料水)が今後2年以内に飲み物消費量のトップに立つとみられている。

 炭酸飲料の消費の落ち込みで、平均的なアメリカの子どもたちの日々のカロリー摂取量が減ってきている。ある大規模な政府調査によると、アメリカの子どもたちが飲む砂糖添加飲料は2004年から12年までの間に1日当たり79キロカロリー減少した。これは総摂取カロリーの4%減に相当する。カロリー摂取量の減少は、就学年齢期の子どもたちの肥満率が低下していることを意味する。

 米国全体を見渡すと、この変化が最も顕著にみられるのがフィラデルフィア市だ。全米を対象にしたグループの調査によれば、07年から13年におけるティーンエージャー(13~19歳)の炭酸飲料の1日当たり消費量は全米平均で20%減少したのに対し、フィラデルフィアでは24%も減っている。この9月、同市の公衆衛生局は子どもの肥満率がここ7年間低下し続けていると発表した。

 この低下は、たまたまそうなったのではない。同市ではソーダ税の導入はできなかったが、その是非をめぐる論争と一連の関係施策が炭酸飲料の消費にブレーキをかけた。たとえば、学校周辺での砂糖添加飲料の販売をやめ、自動販売機の設置を規制したのだ。

 一方の炭酸飲料業界は、こうした変化に歯止めをかけようと奮闘してきた。だが、消費者の日常的な飲み物に対する考え方が変化し、それが今後のビジネスの性質に重大な影響を与えることをはっきりと認識するようになった。

 この夏、業界の幹部たちはニューヨークに集まって会合を持った。業界誌「ビバレージ・ダイジェスト(Beverage Digest)」が主催する恒例の会合だが、今回は炭酸飲料の3大メーカーであるコカ・コーラ、ペプシコ、ドクターペッパー・スナップルグループ各社の経営幹部による基調講演が目玉だった。ソーダストリームなどの後発メーカーからも幹部が出席した。

 この種のイベントは通常、各社が実績を自慢する場になったりするのだが、今回は浮かれたムードはなかった。マーケットの変化をしっかりと把握しているからである。

 主力製品の売り上げが落ちているメーカー各社は、消費者の新しい好みに合う製品開発を急いできた。アイスティー、スポーツドリンク、果物などの風味をつけたフレーバーウォーターなどだ。そうした製品の売り上げは全体からすればまだ小さいが、その伸び率には勢いが出ている。コカ・コーラ社の場合は、製品の数が04年時点で約400種だったのを今年までに倍近くの700種に増やしてきた。

 消費者の炭酸飲料離れが進んでいる背景の一部には、声高なソーダ飲料排除キャンペーンの展開がある。学校のカフェテリアや自販機からは従来の炭酸飲料が消えた。多くの職場や政府関係のオフィスでも同様に販売自粛の措置がとられるようになっている。

 公衆衛生を説く人たちにとって、炭酸飲料は「新しいたばこ」なのだ。つまり、それは規制するべき毒性の製品であり、税を課し、悪いモノという烙印(らくいん)を押すべき対象である。しかし、炭酸飲料が体重を増やし肥満を招く要因になることがはっきりしているとしても、他の不健康な食品以上に良くないのかどうかは実証されていない。それにもかかわらず、人々の炭酸飲料に対する態度は変化しているのだ。

 「炭酸飲料が無くなることはないだろうが、これまでのように子どもたちが年がら年中ソーダを飲むのを許されていた時代はゆっくり過ぎ去りつつある」。ニューヨーク大学の栄養学教授マリオン・ネッスルは、そう指摘する。

 大手の炭酸飲料メーカーは昨今の反ソーダ飲料感情の高まりに頭を抱えている。ダイエットソーダでさえ著しく売り上げが落ちているのだ。

 先のビバレージ・ダイジェスト誌主催の会合では、このダイエットソーダ問題が中心テーマの一つだった。ニューヨークに本部がある世界的な総合金融サービス会社J・P・モルガンのアナリスト、ジョン・フォーシェは状況を「危機的だ」と表現している。従来、健康志向の消費者たちがダイエットソーダを好んできたのだが、彼らは人工的なモノにはことごとく疑いの目を向けるようになった。人工甘味料が危険だという証拠は乏しいにもかかわらず、安全性への懸念が高まっている。

 「以前はダイエットソーダへと向かった関心が、今度は『そのほか』へとシフトしている」とノースカロライナ大学の栄養学教授バリー・ポプキンはいい、最近では人々の嗜好(しこう)がウォーター(飲料水)に移ってきていると指摘する。ボトルウォーターが急伸張しており、業界のコンサルタントの一人、ゲーリー・ヘンフィルによると、2017年までに炭酸飲料の売り上げを抜いて、米国の飲料トップになるとみられているのだ。

 炭酸飲料の3大メーカーもボトルウォーター部門に進出してはいるが、最近の傾向をそう喜んでいるわけではない。というのは、ボトルウォーターの場合、消費者のブランドへの執着心がコークやペプシと比べて薄いからだ。それに、薄利多売系のグローサリーストアではボトルウォーターが何本も詰まったパックで売られており、3大炭酸飲料メーカーのボトルウォーター製品は価格の点で競争力が劣る。

 従来の炭酸飲料各社の経営幹部はいずれも、いまや低カロリーで自然系の飲料が主力製品になっていることを熱心にアピールする。たとえば、ペプシ社の場合は、炭酸飲料の売り上げはもはや全体の25%にすぎないと言っている。

 しかし、業界としては、炭酸飲料の消費減を促すような行政には何であれ反対していくという。「業界の存続にかかわる問題であるからだ」と食品業界の実力者だったハンク・カルデロはいう。

 さらにもう一つ、業界にとって、存続を脅かすという意味ではソーダ税の導入よりも深刻な問題がある。昔から言われていることだが、飲み物の嗜好というのは若いころに何を好んでいたかで決まってくる。

 「近ごろの子どもたちは、さまざまな飲み物に囲まれて育つ。そのうえ、親は『うちの子にはジュースかボトルウォーターを飲んでほしいと思う』と言っているのだ」とヘンフィルはいう。「ソーダ飲料を飲まずに育った子が、35歳になってソーダ飲料を飲みだす可能性は低い」