大原港を過ぎると、牛車で有名な由布島の入口を過ぎた。
渚はその先のビーチを目指していたが、時間が5時を回ったのでなんとなく引き返す事にした。
まだ民宿にチェックインしてないからだ、しばらく行くと右手に日本最南端の天然温泉の入口があった。
天然温泉の入口から入り、車を中でUターンしてもとの道にもどる、左右を確認しているとバイクが通り過ぎていった。
渚はバイクを通過させると、左側に出て元の道に戻る。
しばらく行くと小さなカーブがきた、スピードを落とすと白い車にすれ違った。西表はあまり車は走ってないので、渚でも運転は楽だ。
海沿いの道を戻ると、左側に猪(いのしし)料理と書いた旗がたっていた。
渚「猪料理とかあるんだぁ」
バイクの男はすれ違った時思った、この女なんで急に戻るんだ。
急いでバイクをUターンさせて後を追う。
白い車のサングラスの男も、すれ違った渚の車を見て急いで車を小道に入れバイクがすれ違うのを待った。
小道には小さな木が生い茂り、車は見えにくい。
バイクが過ぎると男は車をバックで出し、ふたたび後を追った。
渚は民宿母屋(ままや)に着いた駐車場はわかりにくいがなんとか駐車できた。
渚「予約していた山野です、少し遅くなりました」
女将さん「よくおいで下さいました、もうすぐ夕食ですよ」
四部屋しかないこじんまりした民宿だがまだ新しくて綺麗だ。夫婦で三年生前から始めた小さな民宿らしい。
ともかく荷物を置きにいく、部屋に入るとシャワーが浴びたくなった。
シャワーを浴びると夕食になる、民宿なので食堂で皆で食べるのだ。
今日の宿泊客は渚とスキューバに来ている三十代後半の女性がひとりと、女子大学が3人と初老の夫婦だった。
自己紹介とか何処に観光に言ったとか、初めて会っても会話がはずむ。
すぐに友達ができそうだ。
民宿から少し離れたところに、白いレンタカーが停まっていた。
中にはサングラスの男がいる、細身だが筋肉質なのがシャツの開いた部分からわかる。
しきりに周りを気にしている、男は1年前まで「終わり屋」と呼ばれた凄腕の始末屋だった。
今まで何人闇に葬ってきた事だろう。組織とトラブルになった時、どうせ追われるのだと思い一生涯遊んで暮らせる金を組織からいただいた。
その時の経理責任者も、事故に見せかけて終わりにした。
その時付き合っていた女は何も知らなかったので、本人のために姿を消していたが、1年たって女が会社を辞めて旅に出た。
組織は1年間女を泳がせていたのだろう、男が必ず接触してくると見てエージェントをつけ女を見張っている。
追手は何人きているのだろう、昼間「ベビーフェイス」と呼ばれる男を見た。
若く見えるが30くらいのはずだ、あいつだけならいいが。あと何人来ているかが問題だった。
男は女に未練とかがあるわけではないが、五年間疑わなかったお人好しの女が可哀想に思えた。
別れ際に渡したネックレスの中には十分な金額の金が入った銀行口座番号とカギの場所のメモが入っている。
ほとぼりが覚めたら、教えるつもりだった。
男にもまさか急に会社を辞めて、南の島にくるとは想像もできなかった。
男「おとなしく、普通の生活をしていれば良かったものを」
終わり屋は静かに、闇に潜んでいる。
つづく
高速艇で青い海を眺めていると、大きなリュックの青年が船の中から外の席に出てきた。
ガッチリとしたスポーツマンタイプ、渚は思い出した八重山そばの店と八重山民俗園で見た青年だ。
渚「あなたも旅行ですか」
男はキョトンとした顔をしたが、眼差しは鋭い気がする。笑顔で渚に話してきた。
青年「あっ、綺麗なお姉さんだから気にはなってたんですが幾度かスレ違いましたね、自分から声をかけるのも変かなと思ってたんです。僕は山口って言います学生です」
渚「まっ学生なのに口は上手なのね、おっきなリュックが気になって」
山口「金がないのでテントなんです、今日は西表の星の砂浜のキャンプ場に泊まります。お姉さんは1人なんですか」
渚「お姉さんって言われるのも年を感じるわ、渚って呼んでね」
山口「渚さんは西表に恋人でも待ってるんですか」
渚「そんな洒落た人いないわ、見た通り1人よ観光できているの」
山口「へぇ、とっても綺麗なんでつい」
渚「若いのにほめるの上手ね」
山口「本心ですよ本心」
渚「ほめてもご褒美ないわよ、私年下に興味ないから」
山口「きついなぁ渚さんもー」
何気ない会話が楽しい、若者には明るさがあると思った。
船が大原港に着いた、渚はレンタカー屋に迎えに来てもらっている。
何日かレンタカーを借りるのだ、知り合いになった青年もバスだと言うので送って行く事にした。
レンタカー屋で手続きをすると、大学生の青年を乗せて星の砂浜に向かった。
山口「渚さんは西表何回か来た事あるんですか」
渚「初めてよ、ただガイドブックで調べてきたから星の砂浜もわかるわ」
山口「へー凄いっすね」
渚「凄くないわよ、道は一本だから」
青年はたくましい腕を車の窓にかけている、マングローブの森が左手に見える。
渚の泊まる民宿から星の砂浜は近い、歩いても10分ほどだ。
車で送ると学生は笑顔で「ありがとございます」と頭を下げた。
車を出した時、学生の視線が気になった。
何か今まで幾度か感じた視線のような気がした。
民宿母屋(ままや)に顔を出すかと思ったが、せっかくレンタカーも借りたし。前原港の向こうまで行ってみたくなった。
近くの無人販売所が気になった、野菜などが売っているみたいだ。
車を降りて無人販売所に寄ってみた、野菜に島ラッキョに小さな冷蔵庫があった。
開けてみるとパイナップルのアイスキャンディーが100円で売っいる。
無人販売所でアイスキャンディーかぁと思ったが、木の箱に100円玉を入れるとパイナップルアイスを一本取った。
ドライブをしながらのパイナップルアイスは冷たくて美味しい、素敵な場所を見つけたみたいで嬉しかった。
大原港の前を過ぎどんどん進むと、長い橋のような堤防の道になる。右に駐車場があるので車を停めた、降りるとマングローブの森が拡がっている。
渚は大きく背伸びをすると、西表の自然を呼吸した。遠くに白い細い滝が見えた、マングローブの根っこの形が楽しい。
学生かぁ、待てよとふと思った、偶然三回も会うものかなぁ。
私が気にしてもしょうがないかぁ。
渚は車に乗ると走り出した、なにもかも忘れに来たのだが武志に似た男が頭から離れなかった。
今は西表の美しい景色に見とれていたい、渚は西表でも赤いレンタカーを選んだ車は海沿いの道を軽快に進んで行く。
渚のレンタカーから少し距離をおいて、バイクが走っていたガッチリとした体格の男だ。そのバイクから距離を取って白いレンタカーが追っている中にはサングラスをした細身の男が乗っている。
男は車のダッシュボードの中から、刃渡り20センチはあるアーミーナイフを取り出した。
つづく
渚が目覚めるとあいにくの曇り空だった、今日は朝のうちドライブをして昼から西表に渡る予定だ。
玉取崎展望台を目指す、もう少し行くと芸能人の紳助の店があって。その先にある平久保崎灯台に行くには時間がない。ナビに名前を入れて後はまかせる。
時間が無かったのでホテルのチェックアウトは早くすませ、赤いレンタカーで朝の涼しい時間を走る。
目的地までは一時間くらいだ、窓を開けて潮の香りを車に入れ曇った海を見る。
曇りなので空は青くはないが、一人で車を走らせると見たこともない景色は心が踊る。
しばらく行くと右手に、建設途中の新しい石垣空港が見えてきた、今の空港よりかなり離れるんだと思う。
そうするうちに、玉取り崎展望台の駐車場についた。
まだ早いので誰も居ない、展望台までは駐車場から10分ほどだ、渚は昨日買ったスパムおにぎりを出した、パクリとほうばる。
独りぼっちで雄大な景色を見ながら、スパムおにぎりを食べると何か心が晴れてきた。
カメラを出して曇り空の下写真を撮った。
ハイビスカスの花が風に揺れている、渚が海を見ると曇り空の切れ目から太陽の光りが降りていて美しい。
その時遠くから、サングラスをした細身の男が渚を見ていた。男はしばらくするとメタリックブルーの車に乗って走り去った。
渚はこの後高台にある喫茶店に行くつもりだ、ガイドブックを買った時に決めていた事だ。
渚は「ポエム」という小さな白い喫茶店に入った。
遠くの島々が見える、テラス席に座って紅茶を飲みながらまた武志の事を考えた。
そう言えば、小さな会社だから出張と残業仕事が多いという理由でいつも連絡は武志からだった。
たまに寂しくなってメールをすると、決まって返事は1日遅れとか2日遅れになる。
なんども喧嘩になったが、現場に入っていてと言われていつの間にか相手のペースになっていた。
ふと気がつくとレンタカーを返して、離島桟橋から西表に行く時間が近づいている。
渚はあわてて、レンタカーに乗り込んだ。
なんか道はちゃんと舗装されていて美しい、急いでホテルに帰りレンタカーを返した。
ホテルから歩いて3分で離島桟橋だ、高速艇のチケットを買うためチケットカウンターに向かう。西表には二ヶ所の港があって上原港と前原港という名前だややこしい。
よく似ているので、間違える人もいるらしい。
渚は上原港に行くそこから母屋(ままや)という民宿に泊まる予定だ。
高速艇は30分おきくらいにくるが、急いでもないので昼食を食べようと思った。
三年生前に新しくなった離島桟橋(フェリーターミナル)の建物の中に石垣では珍しい、マグロ専門店があった。
マグロ料理が安い、渚は丼を食べた美味しい。
少し晴れてきた、高速艇に乗ると前方の船内の席ではなく後方の船外の席に座った。
白い水しぶきが大音量のエンジン音とともに、勢いよくあがって体に水がかかりそうになる。
凄いスピードで高速艇が進んでいく、遠くに島々が見える。
青い海がとても近く見えて、ながれる景色と一体になった気がした。
つづく
店に入ってきたのは、三十代後半の胸板の厚い日焼けした男だった。
男はお腹がでた中年の男の横に座ると、タバコを出し火をつけた。
常連なのだろう、ママが水割りのセットと泡盛のボトルを男の前に出し一杯だけ入れた。
渚はピザを食べながらママと話していた。
ママ「一人旅なの、なんかかっこいいわね、私なんかとても無理だわ」
一人できたので会話が楽しい。
後からきた男が渚に話しかける。
男「旅の人、女の一人旅なの」
渚「ええそうです、常連なんですか」
男「毎日きてるさぁー、ここが俺の飯食うところだから」
渚「地元の人ですか」
男「もとは神戸だけど、こっちにきて長いからね」
渚「どんな仕事されてるんですか」
男「海人(うみんちゅ)みたいに見えるけど、工務店で働いてる、大工さぁー」
渚「おうち建てるんですか、だから筋肉質なんだぁ」
男「えっそうかな皆こんなものさぁー、どれくらい島に居るの」
渚「それが帰りのチケットは買ってないんです」
男「へーのんびりした休暇なんだ」
渚「そんなところです」
男は笑うとはにかんだ表情でなんか可愛い、毎日食事に来てるならたぶん独身だろう。
男「ぼくは大崎って言うさぁー」
渚「私なぎさっていいます」
渚はこんな男もいいかなぁと思った、なんとなく裏表がないようだ。
思えば5年付き合っていた武志が設計事務所務めと言っていたが、会社の場所さへ知らなかった。失踪した時会社に電話しても会社でも捜しているとの事だっただけだ。
なぜだか思えば知らない事が多い、両親とマンションは知っていたから安心していたが、今となっては何もかも怪しくなってくる。
大崎「どうしたのー、考え事してるの」
渚「いえ別に」
大崎「長くいるんだったら、今度カヤックでも乗せるさぁー」
ママ「大崎ちゃん、手が早いわよ」
大崎「そんなんじゃないさぁー」
はにかんだ笑い声が、渚にはとても何かほほえましい。
渚「また時間ある時お願いします」
渚がカウンターから少し入口近くの窓を見ると、誰かが見ている気がした。
とっさに、ドアに向かい外に出たが誰も居なかった。
中に戻ると、また気のせいかしらんと思った。
ママ「どうしたのー」
渚「いえ知り合いが通ったかと思って」
大崎「一人旅じゃなかったの」
渚「少し酔ったかも、おあいそして下さい」
大崎「えっもう帰るさぁー、夜はこれからだよ」
ママ「きっと疲れたのよ、1500円になります」
ママは笑顔で答えてくれた
渚「ご馳走さまでした、また来ますね」
渚は店をでると目を見張った、キャバクラやパブやラウンジなどすごい飲み屋さんだらけだった。
渚「うぁー繁華街だわ、昼間と雰囲気がちがう」
ホテルに戻ると、今日は気になる事が多かったのか誰かが見ているのか考えてムシャクシャしていた。
失踪した武志が見ていたのかなぁ、なんでそんな事はありえない偶然で石垣にいるかしらん。
それに1年も何もないし、私を好きなら何か言って去ってもおかしくはない。
結局コーヒーを買いにホテルの下にあるコンビに行った、コーヒーを買うついでに渚には珍しかったスパムおにぎりを買った。
厚切りのスパム(豚肉の塩漬け缶詰)がでっかいおにぎりに乗っている、いつかテレビ見た事があったので、つい買ってしまったのだ。
渚は考える事はたくさんあったが、旅の疲れからいつの間にか寝てしまった。
部屋に寝息だけが溶け込んでいった。
つづく
渚がアクセルを踏むと、射し込んでくる太陽の光がまぶしい、まるでジャングル見たいなマングローブの森の横を海沿いに車で進んでる。
パンフレットでカビラ湾が綺麗だと書いてあった、車を走らせるとどうもさっき見た青いメタリックの車が気になった。
武志が失踪した日の数日前に、武志の勤めていた会社の専務が交通事故でなくなった。
小さな会社なのでとても良くしてもらったと言っていた、専務はお酒に酔って赤信号なのに広い道路を横断してトラックに跳ねられたらしい。
武志には関係あるとも思えなかったし、今失踪した男が石垣島にいるはずもない。
しばらく行くと黒真珠の養殖と書いた駐車場に入った。別に駐車場代がいるわけでもなく、黒真珠のお土産センターがあった。
パンフレットには日本の景色の中でも十本の指に入るとか書いてあったように思う、目の前にするとちょうど海の深さ加減がブルーと水色を際立たせていて美しい。
渚はしばらく青い海の中に沈むように、ずっと見ていた。靴を脱いで海の中も少し歩いてみた、それにしてもグラスボートが多い。
7時になったがまだ明るい、そろそろホテルに戻るかしらんと思った。
赤いマーチで走っていると、マックスバリューがあった。買い忘れた小物をかいにスーパーに入った。その時誰かに見られている気がした、振り返ると誰も居なかった。気のせいだろうと駐車場に戻る。
ホテルに戻ると8時前だ、軽くシャワーを浴びたかったが化粧がめんどうだったのですぐに外に出た。
独りの夕食かぁ、しばらく歩くとショットバーなのか居酒屋なのか小さな店が渚をひきつけたので入ることにする。
店の名が「ヤマピカリ」だった、渚は店に入るとカウターに座り店の中を眺める。
カウターの中には30半ばに見える綺麗な切れ長の目をした細身の女が微笑んでいた。
女「いらっしゃいお1人ですか」
渚「そうです、グラスでビールと何か食べるものありますか」
女「お酒のアテですか、食事ってこと」
渚「食事ができたら嬉しいです」
女「じゃピザかグラタンかなぁー、アグー豚の蒸し焼きとかもありますけど」
すると横にいた中年の男が口を開いた。
男「ここのピザ美味しいよ、ママの自慢だから」
渚は中年の男を見たが、きの良さそうな丸いお腹が目立つ普通の男だった。
渚「じゃママさんのピザをいただきます」
ママ「そう、じゃちょっと待っててねそれまで自家製のパパイヤの漬物でも食べていて」
渚はビールをのんだ、昼間は武志に似た男が気になってあまり水分もとってなかった。
その分ビールがとても美味しい、パパイヤの漬物もキムチ味で美味しかった。
店には南国風の音楽が静かに流れている、店はこじんまりしているカウンター席は5つと4人掛けのテーブルが2つある。客はカウターの中年の男とテーブル席にはカップルが一組だけ呑んでいる。
ママがピザを作っているので暇になったか、中年の男が話しかけてきた。
中年「観光できたの」
渚「そうです、1人旅がしたくてきました」
中年「1人なのさみしいねー」
渚「そうでもないですよ、こんな風に現地の人とお話しできるし」
中年「まっ先週まで大雨だったから、お姉さん良かったさぁー」
渚「昼間のタクシーでもそう言われました、明日朝から観光するならどこがいいですか」
中年「カビラ湾はいったのー」
渚「行きました、八重山民族園も」
中年「そう、じゃあー平山崎取灯台か玉取崎展望台かなぁ景色好きだったらだけど、パイナップル農園もいいかなぁ」
ママがピザを運んできた、カランコロンとドアの音がして男が入ってきた。
つづく