泳ぎ終わり渚は車に荷物を積んで遠くの島を見ていた、学生を待っているのだ。
山口「あれはバラス島ですよ、珊瑚の固まりだから白いんです」
渚「そうなんだ、荷物それだけ」
山口「はい積み終わりました」
学生は携帯を見ていた、バイクに乗ったフォックスと呼ばれている男から連絡がない。
尾行や潜入が専門の男だ、今追跡中なのか「終わり屋」が表れたか。
今の時間までにメールが入るはずだった。
渚「どうかしたの、気になる人からメールでも」
山口「そんなんじゃないです、いつものバイト先の店長から連絡があるはずで」
渚「そう、じゃ帰るわよ」
車は海沿いの道を走っていく、途中に立て看板にマンゴージュースと書いてある。
今日は天気がいい。
渚「どうしたの、あなたおしゃべりじゃなかった」
山口「えっ、マンゴージュース飲みたくて」
山口は考えていた、まさかとは思うがフォックスが消されたか。
気にはなったが、今はする事がない。
その時メールがきたフォックスからだ「怪しい車がいたが、尾行したが観光客だった」
どうやら消されてはいなかったようだ、緊張がやわらぐ。
山口「渚さんはパスタは好きですか、魚をメインにイタリアンでいこうかと」
渚「イタリアンって、素敵ねじゃ私ワインでも買うわ」
途中上原港の近くのスーパーに寄った、2人で店に入ったがワインはパックに入ったワインくらいしか無かった。
山口「この泡盛にしませんか、せっかくの西表だし」
渚「そうね、ビールと泡盛にするわ」
学生はミミガージャーキーとシィクヮーサー醤油も買った。
車は民宿を越えて、星の砂浜まで行き学生を降ろすと3分くらいで民宿に戻った。
渚はシャワーを浴びると水色のシャツに着替えた。
まだ早いかしらん、学生から電話がない。
渚は民宿の食堂にある冷蔵庫を開けるとオリオンビールを1つ出した。冷蔵庫に部屋の名前が書いた紙が貼ってあるので、オリオンビール1と書いた。
女将「どこで夕食を食べるんです」
渚「星の砂浜のキャンプ場なんです」
女将「へーお友達ができたんだ」
渚「はい」
ビールのフタを開けると、いっきに半分くらい呑んだ。
喉が渇いていたので旨い。
カンビールを持って表にでた、8時前だがまだ明るい。
その時携帯が鳴った。
山口「もうすぐできますから、道の真ん中を歩いてきて下さい。」
渚「道の真ん中ってどういう意味」
山口「草むらにはハブがいるかもしれないので、なるべく車道をきて下さい」
渚「えっわかった」
渚は懐中電灯を持っていたがまだ明るい、星の砂浜に向かった。
10分くらいの道のりだ、上原集落には居酒屋やレストランが数件づつある。
西表でも一番の数だ、少し歩くと外灯はなくなる。
パイナップル畑が見える、昼間車で通った感覚ではもうすぐのはずだ。風の音がする、少し暗くなってきた。
しばらく歩くと星の砂浜に着いた。
山口が立っていた。
山口「こっちですよ、キャンプ場です」
テントの横に、小さなテーブルがあったテーブルには明かり用のランタンが置いてある。
海の帰りに買ったビールと泡盛が置いてあった。
山口「じゃ座って下さい、まずはビールで乾杯しましょう」
渚「なんに乾杯するの」
山口「素敵な出会いに、じゃなくてそんな意味じゃなく友達としてですよ」
乾杯が終わると魚のカルパッチョが出てきた、昼間の魚だろう。
渚「美味しい幸せだわ」
山口「ほめるのはこれからですよ」
山口は刺身も出した、シィクヮーサー醤油で食べる。
渚「シィクヮーサー醤油って香りがいいわ、最高だわ」
山口「渚さんて美味しそうに食べますね、見ていて愉しくなります」
山口と名乗る学生は思っていた。
笑顔の奥に見せる眼光は隙がない、関西にいる時から女はマークしてきた。
何かアイツが居るのを感じる、殺し屋の勘だ。
鍛え上げた肉体に自信が伺える、だが終わり屋は知能犯だ色んな手を使うから気は抜けない。
でもあいつが女に固執するだろうか、冷たい氷の心をもった奴だ。
それにしても人を疑う事を知らない女だ、お人好しなんだろう自分にも隙ができてしまいそうだ。
デザートのパイナップを食べ終わった渚は、ハンモックに揺られていた。
海風が心地いい。
山口「僕ちょっと、魚を密漁してきます」
渚「捕れたらいいわね」
山口「まかしといて下さい、運動神経はいい方なんで」
学生はバシャバシャと海に入って行った。
渚はハンモックでつい寝てしまった、夢の中に武志がくれたヨットのペンダントが出てきた。
ふと起きると胸の間のペンダントを触った。
あれからずっと着けている、だから忘れられないのかもしれない。
ハンモックから降りると大きく背伸びをした。
クーラーボックスからお茶を出して飲んだ、水分が直ぐに無くなる気がする。
リーフの向こうに学生が見えた、バシャバシャと潜っている。
青い海と海岸には自分達しか見えなかった。
本当は渚は離島で1人になってボーとしたかったが、なぜだか行きずりの学生といる。何かの運命だろうか、蝉の声が聞こえていて夏を感じる、会社も辞めたししばらく石垣にでも住んでみようかと思った。
ただ海の向こうに見える青い空と海の景色は自分がしばらく居る所に思えた。
渚ももう一度ウェットスーツを着ると海に泳ぎ出した。
遠くのジャングルの中からサングラスの男が見ていた。
ナイフでりんごをカットして、少しづつ食べている。
明るい内はじっとしているつもりだ、どうやら女に危害を加える気はないらしい。
たぶん自分が側に居るのも半信半疑なんだろう、今まで姿を見られた事はないはずだ。
サングラスの男も、そんなに女に未練がましいわけでもないが。
どうもお人好しな所が心に引っ掛かった。
仕事柄心がすさんでいく、女と居るとその時だけ人間に戻った気がした。
今は女に何もないが、組織もそんなに黙っているとは思えなかった。
そのうち女に脅しもかけてくるかもしれない、男はサイレンサー付きのライフルを構えていた。
学生は魚を三匹突いてきた、割りと大きいカラフルな魚だった。
手際よく内臓とウロコを取った、折り畳みのクーラーボックスを出すと氷を移し魚を入れた。
その時渚が帰ってきた、ニコニコしている。
山口「何かいいことありましたか」
渚「クマノミ見つけたのニモよニモとても小さかったの、写真に撮れてるかしらん」
山口「へー良かったですね、めったに見られませんよ」
渚「お魚どうだったの」
山口はクーラーの中を見せた。
渚「大漁だぁー、おっきい魚今晩のご飯になるの」
山口「そうです一緒にどうですか、料理には自信あるんです」
渚「でも民宿のご飯あるしなぁ」
山口「僕のためですお願いします、1人で食べるより綺麗なお姉さんと食べたいんで」
渚「どうしようかなぁ、しょうがない付き合うわ。民宿にご飯なしにしてもらう」
山口「やったぁー、感激ですよコックとして腕をふるいます」
渚は急いで民宿に電話をした、民宿の女将さんは快く承諾してくれた。
渚「どこでご馳走してくれるの」
山口「この海岸でもいいですが、星の砂浜のキャンプ場で民宿からも近いですからシャワーの後で」
渚「へー今日は星が見えるかしらん」
渚はウェットスーツを抱えると、車に歩き出した。
シュノーケルを着けて、海の中を見ると西表の美しさがすぐに伝わってくる。
太陽の光が珊瑚礁にきらめき、赤や青いさかなが泳ぐ珊瑚の合間の深い部分には落ちていきそうな影が見える。
波の音と自分の息の音が聴こえていて何も他は聞こえない。
学生は筋肉を見せびらかす様に渚の少し前を泳いで行く。
珊瑚の間に潜って行ったかと思うと、おおきなシャコ貝を持っていた。
山口「やった食糧ゲットっす」
渚「食べれるの」
学生は貝を置きに岸辺に泳いでいく、おおきな貝を持って楽に泳いで行く凄い腕力だ。
渚は少しだけ潜ってみた、珊瑚が綺麗だ少しさわってみる固いなぁと思う。
直ぐに戻ってきた学生が何か渚に渡した、魚肉ソーセージだった。
海の中でちぎれと言っているようだ。
渚の近くに魚が寄ってくる、西表の魚はあまり人間を恐れてないように思う。
太陽の光が反射した海の中では自分が人魚にでもなった気がする。
遠くに小さなサメが見える、学生は手を広げ小さいといっている。
渚が少し疲れたと学生に言うと、学生が珊瑚ではない岩場まで引っ張ってくれた。
山口「珊瑚の上に立つと、珊瑚が崩れます。珊瑚はその後何十年しても元に戻らない時もあるので、岩場に立って下さい」
フィンを着けているので、立ちにくいがなんとか立てた。
渚「密漁するくせに、自然にはうるさいのね」
山口「綺麗な海では当たり前の事ですよ、もう少し泳いだら僕は昼食作りに戻ります」
渚「そうお腹が減ったから美味しいのをお願い」
2人はしばらく珊瑚礁を泳ぐ、遠くを高速艇が走っていく。
学生が海岸に戻っても、しばらく泳いでいる。今だけの時間は大切に思う、この美しい海を頭の中に移してしまいたい。
小さな魚がいっぱい泳いで行く、渚は水中カメラで何枚も写真を撮った。
少し離れたところをシマシマのヘビが泳いでいる海蛇だ。
渚はバタバタとフィンを動かすと、浜辺で焼そばを作っている学生を目指して泳いで行った。
海からようやく上がると、ウェットを脱いだ下に水着を着ている。
西表の海は潮の臭いがしない、雑菌が少ないからだ。
砂浜の珊瑚の残骸がザクザクと音をたてる、ヤドカリが走っていく。
山口「あれ、早かったですね」
渚「海蛇がいたの恐くて」
山口「そうですか、賢明ですよまだ時間かかるんでハンモックにでも」
いつの間にか木の間にハンモックが掛かっていた、渚は泳ぎ疲れたのでハンモックに横になった。
青い空が見える、雲がゆっくりと流れていく。
波の音と学生が焼く、焼そばの音がした。
急にお腹が減った気がした。
自然に生えているパパイヤの木が見えた。
山口「渚さん、昼食ができましたよ」
ハンモックは乗る時より降りる時がむずかしい。
あわてて尻餅をついた。
山口「気をつけて下さいね、砂浜だからいいけど漂着したビンとかありますから」
そう言えばゴミが多い気がした。外国から流れてきた物とかガラスの玉や海水浴場で見るオレンジのブイが見えた。
学生はそのブイを拾ってきてイスにしている。渚の分もある、美味しそうな焼そばとサラダがあった。
渚「サラダまであるなんて器用ね」
山口「器用じゃないと、キャンプはできないですよ」
渚「美味しい、青い海と美味しい食事百点だわ」
山口「焼そばでそんなに喜ぶ人は珍しいですよ」
学生が冷えたお茶をくれた、いつまでもここに居たい気がする。少しの間だったが武志の事が頭から消えかけていた。
渚は車で学生と西表の最南丹の海岸を探していたが少し迷ってしまった。
助手席の学生が小さな表札を見つけた。
山口「この先行き止まりと書いてあります、きっとこの細い道の先ですよ」
細い草が生い茂った道をいくと、数台の車が停めれる場所があった。パパイヤの木が風に揺れている。
車を降りると荷物をもって、砂が深い波の静かな海岸に出た。
青い海と空が一面に続く、遠くに島が見えるが誰も居ない海岸が目の前に広がっていて波が美しい。
渚がまちこがれていた風景だ、早く泳ぎたい。
学生はてきぱきと荷物を運ぶと、たき火をしている。
渚「暑いのにたき火なの」
山口「食事には早いですけど、蚊が多いので蚊取りの代りですよいつもキャンプなんで習慣です」
渚「へーそうなんだ、私向こうで着替えてくるから覗きはダメよ」
山口「残念だけど嫌われるのも嫌なんで、僕も着替えますから見ないで下さい。」
渚「見わけないわよ、じゃ行ってくるわね」
渚は岩陰に消えて行った。
車を停めた方から、手を振っている男がいる。
バイクの男だった。
山口は軽く手を上げると、両腕を広げた。
もっと広く見張れと言う意味だった。
バイクの男はまた手を上げると、バイクの方にいった。
バイクの男「まあ見当たらないが、少し離れた場所に移動するか」
この島にきて独り言が増えた。
バイクのエンジン音が響いたかと思うと音は遠くになって行った。
少し離れた場所で、サングラスの男は考えていた。
今のところ組織の人間は2人だが、始末するのは簡単に思えた。
しかし始末してしまうと、自分の存在がバレてしまう。
どんなに巧妙な事故に見せても組織の事だから、発覚まで1日はかからないだろう。
まだ見物している時かもしれない、サングラスの男はジャングルのような森に消えてしまった。
バイクに乗った男は小高い丘の電波塔まできていた、大きな双眼鏡を出した「だいぶ暑くなってきたな」
男は木陰に入って、渚の方を見ているが道路しか見えない。
近くにいる人間を見張っているのだ。
渚は薄いピンクのウェットスーツ姿になった。
学生は海パンにフィンだけだが、鋼のような筋肉にはいくつかのキズがついている。
渚「キズだらけね、どうしたの」
山口「アメフトしてるんで、ケガばかりなんですよ」
渚「あぶないスポーツね、あっおっきなナイフ」
学生は足に巨大なナイフを着けていた。
山口「あまり言いたくないですが、この辺はイタチザメがいるので万が一ですよ」
渚「えっサメにナイフで、映画みたいだわ」
山口「魚も捕りたいので、水中銃も持ってます」
渚「えっ魚捕っていいの」
山口「密漁になりますけど、食べる分だけだし取り締まる人はいません」
渚「まっほどほどにしてね」
2人は静かに輝く海に入り、珊瑚のリーフの方に泳ぎ出した。
どこまでも透き通った海が続き、ここへきて良かったと渚は思った。
朝は目覚めが良かった、疲れていたのか熟睡できた。
食堂に行くと民宿の朝御飯の用意ができていた。
渚「おはようございます」民宿の人に挨拶をすると、テーブルに座る。温かい味噌汁が出てくる、もずくの天ぷらとか島らしい朝御飯だ。
朝の涼しさの中1人食事をとる、昨日の夜とは違った感じがする。
まだ他の客は皆寝ているらしい。
先ずは誰より早く朝の西表を散策してみたかった。
西表に来る前に民宿に頼んでシュノーケルやウエットスーツとフィンをレンタルしておいた。
渚はシュノーケリングの道具を一式車に積むと空を見上げた、夏の日射しが眩しい。蝉の声は大きく聞こえる、車のエンジンをかけて今日の予定を考えた。昨日の食事の時に、シュノーケリングのできるリーフを聞いていたのだ。
気がつくと渚の車の前に、フェリーで一緒だった筋肉質な学生の姿があった。リュックは背負っていない。
満面の笑顔で「おはようございます」と言っている。
車の窓を開けて顔を出す。
渚「こんな朝早く何してるの」
山口「いえ僕朝は早いんです、西表も歩いて見ると違って見えるかと思って、お姉さんじゃなかった渚さんは何処に行くんです」
渚「車で西表の散策よ、シュノーケリングもしたいの」
山口「僕も一緒じゃダメですか、昼御飯くらいつくりますよ」
渚は考えたが、話し相手がいるほうがいいと思ったので一緒に行動する事にした。
学生を車に乗せると、星の砂浜に戻り学生のキャンプ道具を積むと目的地の西表の南端に向かった。
渚の民宿がある上原集落からすぐの所にスーパーがある、スーパーといってもコンビニより小さい。
学生が寄って欲しいというので駐車場に停める。
学生は氷を買うと、携帯クーラーに入れた。そばや豚肉も買っている。
渚「何を作るつもりなの」
山口「昼御飯に焼きそばを作るかと、キャベツも買いますが無人販売所にも寄ってもらえますか」
渚「コンロとかはキャンプ生活だから持ってるんだ」
山口「はい料理くらいしかできないので」
そこから小学校の前を過ぎて上原港の近くのスーパー前の無人販売所に寄って、小さなキャベツを買った。
車は海沿いの道をどんどん進んで行く。マングローブがたくさん見える。
山口「渚さんはOLなんですよね、西表の目的は観光ですか」
渚「ほんとを言うと会社は辞めて来たの、目的はないのよ」
山口「渚さんみたいに奇麗なら彼氏とかいるんでしょ」
渚「いないわよ、1年前までいたけど別れたの」
山口「へーこんな可愛い人と別れるなんて、もったいない事する男ですね」
渚「まあね、そんな事もあるのその話しはもうしないでね」
山口「わかりました、僕もシュノーケルは持ってきたんですよ」
渚の車を昨日とは違う黒いバイクが追っている、その後を距離をおいて細身の男が乗った白い車が走っていた。
白い車の中でかつて終わり屋と呼ばれた男がつぶやいた。
「やはり1人じゃなかったか、まっ1人づつかたずけるだけかな」
何も知らない渚は、青い海に広がる珊瑚礁が楽しみだった。
つづく