海沿いの道を赤いマーチが走っていく、途中左側の海岸に目をやるとゴツゴツとした海岸が続く。
岩場のような海岸には人がたくさんいた、急ぐ事もないので道の端に車を停めると外に出た。
海の香りが濃い、堤防の切れ目から階段で浜に降りた。黒くゴツゴツした浜だ、とても海水浴などする海岸ではない。石だらけで歩きにくい、でも空は晴れてどこまでも青い。
渚(なぎさ)はロングのストレートの髪を風にゆらしながら、ゆっくりと沖に向かった。
中年の男がバケツと熊手の小さいようなもので、ごろごろとした石の下を掘っている。
周りも家族連れや、人が多い。
渚「何を採られてるんですか」
男「あー潮干狩りさぁー、内地のひとー」
渚「観光なんです、わーたくさんのアサリですか」
男「少しするとたくさん取れるよ」
渚「砂浜じゃないんですね」
男「あんたもするさぁー」
渚「いいです、今日はホテルなんで貝は料理できないしありがとうございます」
渚は足下に気をつけながら、車の方に歩いた。海が自分といつもいる気がしてなんか独りもいいかなと思う。
渚が車に乗ってエンジンをかけた時一台の車がすれ違った。渚は何気なく運転手を見た、顔を見て心臓が止まるかと思った失踪した昔の恋人にとても似ていた。
「武志がまさか」ひとりでに呟いた。
他人の空似だと思った、自分が会いたいと思うからだわと自分にいい聞かせると少し落ち着いた。
すれ違ったメタリックブルーの車が妙に記憶に残ったが昔の思い出を捨てにきたのだからと車を走らせる。
カビラ湾に行く途中に、八重山民俗園という場所があった。右手にある入口から入ってみる、道は細かったが案外駐車場は広い。
五百円の入場券を買うとパンフレットをもらい入った。
少し歩くとリスザル園と手書きの看板が見えた。入るとあちこちにリスザルが放し飼いになっているが、ちかずくと逃げるばかりだ。
係員の男の人が話しかけてきた。
係員「エサをあげると体に登ってきますよ」
渚はリスザルにエサをやって見たかった。
渚「エサやりができるの、エサはどこで買うんですか」
係員「これにお金を入れて下さい」
係員が指さしたのは、よくゲームセンターなどにあるガチャポンの機械だった。どうやら200円入れて回すらしい、渚がお金を入れてカプセルを出すといきなりリスザルが登ってきた。
係員「カプセルから少しづた出してあげて下さい、カプセルをいきなり全部空けると取って逃げますから」
渚の体に六匹くらいのリスザルが登ってきて、持ったカプセルからエサを取ると逃げていく。
渚「キャー待ってあげるから、もう待ってたら」
頭の上にもリスザルは登っているが重くはない、カプセルを空けて少しづつエサをやるのはむずかしい。あっという間にエサは取られてしまった。
渚「スミマセン、もう一回エサやりたいので写真撮ってもらえません」
係員「いいですよ、カプセルの口は少し開けて少しづつやって下さいね」
キャーキャー言ってるところを写真に撮ってもらった、いい思い出になる。
黒い大きな水牛を見ていると、大きなリュックを背負った大学生風の若者が歩いて行った。
そのがっしりした体型を見て思いだした、八重山そばの店に入ってきた青年だ。
パッと見二十歳くらいの若者だパンフレットを見ながら、古い民家を再現した方に歩いて行った。
渚はマングローブ林を歩くと、カビラ湾を目指した。
つづく
渚(なぎさ)がタクシーを降りると、前に南国風のホテルが建っている。
ロビーにウェルカムドリンクのシィクヮーサードリンクや、げんぴん茶の飲み放題が目に入った。
渚は喉が渇いていたので、少し飲んでみた、冷たいのど越しに生き返る。
渚「美味しい、喉乾いてたから。」誰に言うわけでもなく呟いた。
カウターでチェックインした、部屋は七階で窓から行き交う高速艇が見える。
白い波しぶきが青い海にはえる、しばらく見ていると時を忘れる。
独りなので時間の制約がない、誰も知った人もいない今日は独りを味わいたかった。
しばらくしたら散歩に行きたくなった、ホテルから5分くらい歩くと離島桟橋近くの観光センターと言うところに行こうと思った。
ここに来る前に観光ガイドを買っていたので時間をどう使うか考えていた、それに少しお腹が減った。
渚は白にブルーのラインのワンピースに、ホテルの売店で買ったひさしの大きな麦わら帽をかぶり、低いサンダルにサングラスと観光スタイルに変身した。
背が高いので涼しげに見える、今はまだ5月だが初夏の気温の中歩いていると黒真珠の店が見えた。
渚「黒真珠かぁ、高いのかなぁ」
しばらく歩くと石垣730交差点についた。信号待ちをしていると、若いカップルが近づいてきた。
ひとの良さそうな青年が口を開く。
青年「すみません、写真撮っていただけませんか」
渚「いいですよ、これがシャッターボタンね」
若い女の子は恥ずかしそうに、青年と腕を組んだ。
青年「ありがとございます、お姉さんもカメラあるんだったら撮りますよ」
渚「いいえいいです、彼女が待ってますよ」
青年は頭を下げると、彼女と歩いていった。カップルの後ろ姿を見て私にもあんな時間もあったなぁと思う。
商店街の入口付近にきたらお腹が減ってきた。
右に小さな八重山そばの店があった、思いきって入ってみるとオバアが1人でしている小さな店だった。
壁中に名刺やハガキが貼ってあって、二回目きたとか美味しかったとかの書き込みだらけだった。
渚はしばらく考えて。
渚「軟骨そば下さい」と適当にオーダーしてみた。
しばらくするとオバアが軟骨そばを持ってきた。
オバア「あなた内地の人ね、好きだったら島唐辛子いれてねっ美味しいから」
渚は唐辛子を泡盛に漬け込んだ島唐辛子を少し入れてみた、辛いと言うよりスッパイ感じがするがアクセントにはなる。
八重山そばを食べていると、大学生風の若者が入ってきた。ガッシリとした体型だ、何かスポーツマンなのだろう。
渚「ごちそうさま、美味しかった又来ますね」
渚は本当にまた来るつもりだった、なにかほのぼのとしたオバアが可愛いかった。
商店街に入るとお土産屋さんが立ち並ぶ、普通みることもない色とりどりのフルーツが並んでいる。
観光センターの下は市場だが、早く終るので明日きて見ようと思った。
お土産をしばらく見たが、次はどこに行くかしばらく考えた。
そうだホテルに戻ってレンタカーを借りようと決めた。
渚は足早にホテルに戻るとレンタカーを借りにロビーに降りた。
ホテルのフロントの横でレンタカーが借りれる、書類にサインしたら車を待つ。
係員「ガソリンは満タンにして戻さなくていいですよ、ガソリン代は料金に含まれています」
渚は持ってきた音楽をセットすると、赤いマーチで走りだした。南の島なのでレゲェが流れる。
まずは石垣で一番綺麗と言われているカビラ湾を目指した。
しばらく走ると、さっきのカップルがバス停でバスを待っていた。
乗せてあげるかとも思ったが、独りを味わいに来ているのとカップルには邪魔だと思い直した。
つづく
渚(なぎさ)は思った、少し飛行機は揺れたが沖縄の那覇で乗り変えて石垣島についたとき、太陽の香りに全身が包まれ暑いと思った南の島に来たんだと思った。
石垣空港の壁におーりとおーり(ウェルカム)と書いてある。今からタクシーで離島桟橋に向かう、予約してあるホテルにチェックインするのだ。
いろんな事があった1人旅だ、この南の島に嫌な事はすべて捨てにきた。
飛行機を降りるとじかに滑走路を歩き、バスにのって空港前で降り小さな出口からでた。空港の壁におーりとーり(ウェルカム)と書いてある。
渚は石垣空港前のタクシー乗り場に向かった。
空港を出るとハイビスカスが目に入り、いよいよ強い陽射しの中に南の島を感じた。光りを遮るために手のひらをかざす、初夏の香りを感じる。
離島桟橋は大きなフェリー乗り場で、そこから八重山諸島の島に渡る海の駅だ。石垣に一泊してから西表島にいく予定にしている。
タクシー乗り場で順番待ちをしている時、ふと男の事を思い出した。
五年間付き合って一緒になるつもりだった。
男は独立を目指し小さな設計事務所で働いていた。それなりに堅実だったし真面目な男だった。2人は誰から見ても、似合いのカップルに見えた。ある日男が渚に言った「もう会えなくなるかもしれない」渚は何かの冗談だと思って笑った。
男も「冗談だよ、これプレゼント君の好きそうな色だったから」と笑顔で小さな箱を渡してきた。
リボンがかかった細長い箱だった、開けてみるとネックレスだった。
渚「へー私の好きな色ね、ヨット型のペンダントトップか」ヨットには小さなダイヤがついている。
男「子供ぽかったかなぁ、でも似合うと思うよ」
それが最後になった、電話もメールも通じないし。男のマンションにも誰もいない、男の親も会社の人間さえ探していて。渚も他に女ができたのかとも思ったが、結局男の両親から捜索願いもでたが見つからず。とうとう失踪扱いになった。
ちょうど両親に会わせる時期と重なっていて、ずっと哀しみにくれていた。
渚の親は早くあきらめるように何度も言い聞かせたが、今でも忘れられない思いがいっぱいある。それから1年がたった、渚も今年で28になる。
割りきれない思いを忘れたくなって、先週会社に辞表を出した。
何もあてがあるわけではないが、急に離島に行きたくなった。ともかく青く綺麗な海を見てみたい、誰もいない砂浜に立ってみたいと思った。いつの間にかタクシーの順番がきた。
荷物を乗せると、離島桟橋まで行ってくれるように頼んだ。
島のタクシーの運転手は気さくに声をかけてくる。
運転手「お客さん大阪からさー」
渚「そうです綺麗なとこですね。」
運転手「美人が1人で旅行とはもったいないさぁー」
渚「それお世辞ですか、ありがとうございます、離島桟橋までどれくらいですか」
運転手「すぐつくよっ、先週は雨ばっかりだったから運がいいよ」
運がいいかぁ、少しでもそんな言葉が聞けて嬉しかった。今までなんか運がいいことあったかと思う。
タクシーは離島桟橋の近くのホテルに着いた。