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槍と銃剣

近世西洋軍事と日々の戯言&宇宙とか色々

明けましておめでとうございます

2007年01月01日 14時32分09秒 | 戯言
みなさま、明けましておめでとうございます。
去年は結局、まともに更新することのできない一年になりました。
今年は少し、趣向を変えていこうと考えています。

この5年で分かったことは、できないことはできないという真実でありまして、HPも幾分か縮小するつもりです。シンプル イズ ベストが今年のテーマになると思います。
それでは。

サイト開設5周年

2006年10月07日 16時32分52秒 | 戯言
2001年10月7日にサイトを開設して、丸5年が経過した。
更新履歴を見ると最近さぼっていることがよく分かる。

考えてみると、予想外のことが色々あった。
当初の予定では、もうすっかりサイトは完成しているはずだった。
しかし、現実は厳しい。サイトの状態はひどいものだ。

そもそも間違いは、自分の能力を過信したこと。
当初の計画はあまりに馬鹿げていた。

しかし長々と続けてこられたのは、驚くべきことである。
今後も、遅々たる歩みだろうが、進んでいきたい。

当面の目標は、成年に至るまでのカールの事績をまとめて生涯の部分を進めることだ。
いつと明言できないのが悲しいが。

瓢箪から駒

2006年09月20日 00時40分09秒 | 戯言
ネットサーフィンをしていたら、こんな過去ログを発見。
歴史掲示板「一夢板風流記」過去ログ
下の方に、相良義陽さん(この方にはHP発足当時、相互リンクなどで大変お世話になりました。今も精力的に活動されていて凄いなぁ)の発言があるのだが、
ロシア・ポーランドは19世紀初頭までは北欧だったという論文の話が載っている。

思い出してみると、たしか日記の方にも、古い図書館だと、ロシア史が「北欧史」に紛れているのはそのせいだったみたいなことが書いてあったと思う。うろ覚えだが。

まぁ具体的な話しはリンクを読んでくださいって所だが、
この記事を読んで、自分のホームページの題名が間違っていないことを、今、ようやく知った。
当時の記憶によれば、連載15周年、ついに突入だよ魔導大戦。かっこいいなぁ。
久々の国家同士のMH集団戦! 燃える。隊列組んでガチンコ! 
隊列組んで? 近世欧州陸軍ぽいなぁ。メヨーヨの大帝? 
で、おぉ北欧大戦、いいじゃんそれっぽくて。みたいなノリだったからね。
(意味不明でスイマセン)
あの後、ダイ・グ陛下とカール君がオーバーラップしちゃってたなぁ。

後になって、ロシアは北欧じゃないじゃん! ポーランドも北欧じゃないじゃん! 間違ってるよ、題名! て気が付いて、まぁスウェーデンは北欧だから北欧の国が頑張った戦争なんだよって心の中で整理してたんだよねぇ。

もっとも、ず~と気になってて、何度か題名変更を考えたんだけど、変えなくてホントに良かった!

真実を言うと、ロシアやポーランドが北欧だって、オイラは昔から知っていたのだよと、今後言い張るとしよう(^^;

思い出したんだけど、ヴォルテールの「ルイ十四世の世紀」の区分も、実はロシアを北欧諸国と見なしていたりする。

「北欧諸国、即ちポーランド、スウェーデン、デンマーク。ロシア等も……」
<著 ヴォルテール、訳 丸山熊雄、ルイ十四世の世紀(一) p26 >

うん、オイラは昔から知っていたのだ!(大嘘)

色々思い出す

2006年07月23日 17時17分17秒 | 戯言
掲示板に顕家さんから質問があって、昔を思い出していたら、色々浮かんできたので、掲示板ではなく、ブログに書くことにした。

思えば、最初にカール12世の名前を知ったのは、15才ぐらいの時でした。
学研から出た戦略戦術兵器事典 ヨーロッパ近代編の巻末にあった人物短評とナルヴァの戦いの解説を読んで、吃驚したのが最初です。
それまではナポレオン一本槍だったんだけどね。
ナルヴァの戦いは、イカンですよ。あれ反則。
兵力差が尋常じゃなくて、しかも完勝。

まるで小説から抜け出たかのような大勝利にすっかり魅了されて、しかも当時は18才だったなんてことを知り、更に後ろにあった人物短評を読んだら肖像画もちょっとボヤけてて幻想的で、中々の男前(笑)
KOされないほうがおかしい感じでした。
同い年ぐらいの奴がこれほどのことを成し遂げるとは!
なんて感動してました。

で、ちょっと冷静になった後、
あぁこいつ、銀英伝に載ってた流星王じゃないかな
と思ったわけです。

流星王=カール12世だって確信した時期は、忘れましたけど、グスタヴ・アドルフが北方の獅子王だとは知ってたから、結構早い時期だったんじゃないかな。
本当にイコールになったのは、ホルプ社の伝記記事を発見したときですが。
そう言えば、この辺りの右往左往はHPの北方の流星王に書いたな。

そうそう、詳しく調べるようになったきっかけは、ポルタヴァについて知りたかったからでした。
学研にはポルタヴァで負けたってことしか書いてなくて、かなり消化不良だったんだよね。
日本語の本も幾つか読んだけど、物語北欧の歴史と山川の北欧史くらいしかないのが実情だったから、まぁ詳しいことはサッパリ分からなかった。当時はヴォルテールの伝記本の存在もしらず、世界戦争史も西洋史新話もしらなかったし、Win95が発売されたぐらいのころだったから、ネットも黎明期で、こんなお気軽じゃなかったからね。
当然、アマゾン・ジャパンなんてものもなかったし、カードもないから本家での英語本も購入不可能。高校時代の探求は完全ストップでした。

そして数年経ってネットが多少気軽な時代になって購入したのが、Atlas of Military Strategyでした。
学研の戦略戦術兵器事典のタネ本らしくて、調べたらポルタヴァの会戦図も載ってそうだったから即買いでしたね。でも内容は期待はずれで、そっからズブズブと……。

今考えると、高校時代にネットが今の状態だったり、大学に入る時代に、オスプレイ・シリーズの存在を知っていて、簡単にPoltava 1709を買っていたら、こんなにまでハマらなかったのではないかな? 等と思う。分からんけど。

ホント、人生色々です。

しかし色々思い出してくると、隔世の感があるな。まだ25才なのに。小学校時代から大学卒業までの間のITとかPC系の技術革新はヤバイくらいだ。

親父がMSXとかPC98で黒画面に白文字うって、パソ通していた頃を思い出すと、ホントなんだなんだってなもんです。
USBメモリとかさ、ホント凄いよ。昔は5インチフロッピー数枚組のソフトでガチャガチャ入れ替えたりしてたんだよ。FMタウンズにCD-ROMが業界初の標準搭載されたときなんて、感動したんだよ。
スーパーファミコンで感動していた時代がホントに遙か遠くだ。プレステに感動した時代すらそうだもんな。
今の子供はファミリーコンピュータの略称がファミコンで、でもスーファミの正式名称はスーパーファミリーコンピュータではないなんていうことが、一時期話題になったこともしらんのだろうな。ポケベルも知らんのだから当たり前か。

面白い時代を子供の時期に過ごしたって事だろうか。ファミコン最終世代が言うのも何だけど、今の子供は生まれたときから、携帯・パソコン・PS2・ブロードバンドのネットがあるもんな。それもちょっと味気ないよなぁ。
90年代はめまぐるしい時代だったということか。何たって世紀末だったし。

ネットサーフィン

2006年05月20日 18時16分58秒 | 戯言
久々でした。で、カール12世とか北方の流星王とかでサーチ。
別に目的はなかったが、誰かのブログに到達。
カール君のファンらしい。おっ同好者ってなもん。

で、へぇ~って思いました。
なんでもオーストリア製トランプ(スウェーデン王様編)
みたいのがあるらしいのだが、
なんと!
カール君がおらんらしいのだ!
かなしいですな。きっとスウェーデン製だったらいたろうに。
ストックホルムに銅像もあるしね。
まぁ酸性雨か何かで色々変色してちょっち汚いけどさ。

そう言えば、
噂だと右寄りの人たちが愛好しているらしいけど、
ホントはどうなんだろう?
4年ぐらい前に兄貴と2日間だけだけど立ち寄ったときは、
書店に普通に伝記が平積みされてて、
武田信玄とか織田信長みたいなノリなのかなと思ったのだがね。
隣にはカール10世の戦争とか言う本があったし。

トランプに10世君はいたのかな。まぁきっといないよなぁ。
基本マイナー(祖国除く)なカール3代ってことか。
確かに日本の武将を使った名将トランプ(アメリカ製)
なんてのがあったら、えらいことになりそうだ。

独り言

2006年01月02日 21時35分10秒 | 戯言
いつの間にやら年を越していた。
ので思いついたことをつらつらと。

はやぶさは元気だろうか?
はやぶさは探査機と呼ばれているけど、実際は工学実証衛星だったはず。
そこの所を誤解している人がいる。
去年の日本の宇宙開発は素晴らしかったのだが、
やっぱり一般の人には、失敗と認識されているのだろうか?
イオンエンジンの長期間運用。運用チームの素晴らしい能力。
そして小惑星イトカワで離着陸することが出来たということが、
どれほど凄いのかと言うこと。
これらはどれほど理解されてるのだろうか?

いつか理解してくれるはず、分かる人には分かる、
と言うのが、今までの日本の宇宙開発、
のみならず新技術に対する挑戦者たちの心境だったと思う。
でも、言わねば分からないことの方が世の中多い。
はやぶさは、従来以上に、凄いんだ、新技術の実証に成功したのだ、
と言うことが広報された。
やっと意識が変わってきたのだろう。

この辺、日本人の意識は全体的に変わりつつあるのだろうね。
去年は物申す人たちが世間を騒がせた一年だったし。
でも、良いことばかりでもない。
新技術の広報も、行き過ぎれば、お隣の国の論文偽造につながってしまう。
やっぱり程ほどが一番。

その辺りに気をつけながら、胸を張って誇れる技術者になりたいなぁ。

でもおみくじは吉。辛抱して待て。後々好転する。だってさ。
どうやら、修士論文やら社会人新人研修やらには
辛いことが待っているようだ。不安だ……。
友達百人とは言わないが、似たような思考回路の奴がいると良いなぁ。

でもカール12世知ってる奴はいないだろうなぁ。賭けても良い。
文系でも知ってる奴がいるのか怪しいのに、オイラの周りは絶対理系だからなぁ。
歴史好きをまず探すかねぇ。

英雄史観

2005年12月24日 15時20分46秒 | 戯言
私のHPは、英雄史観が強烈に出ている内容になっている。
英雄史観とは簡単に言えば、数人の英雄によって歴史が作られると言う話。
そのくせ、私は英雄史観を斜めに見ている。
簡単に言えば、
私はカール12世が負傷せずに指揮を執っていれば
ポルタヴァの戦いにスウェーデン軍は勝てたはずだ。
などと思っているその反面、
ああなっちまったら、どうにもならん。結局は国力の問題だ。
と思ってもいるわけである。

考えると、英雄史観には、害悪の方が多いのだろう。
確かに歴史に英雄が与える影響は小さくない。
しかし、サッカー日本代表を中田選手だけで考えるのには無理がある。
巨人ファンが、もしも原監督だったら巨人はもっと勝てたはず、なんて言うのと、
私のポルタヴァ云々はまったく同レベルの話。

しかし分かっていながら、英雄史観から離れられない。
おそらく私の英雄史観の源泉は、たくましい妄想と貧困な推理力にある。
たくましい妄想の例を挙げる。
グスタヴ2世・アドルフは戦死した。
これは事実。戦っている相手は、乱世の英雄ヴァレンシュタイン。
とくれば、たくましい妄想は、グスタヴは暗殺されたのだ。と飛躍する。
だって、目が悪かったので、敵に近付きすぎて、
乱戦に巻き込まれて死にましたじゃ、
あんまりにもつまらない。
それより、秘策を巡らしたヴァレンシュタインの狙い澄ました一撃で
アドルフが死ぬほうが、よほどおもしろい。
でも、分かっている事実から論理的に推論すれば、
暗殺などあり得ないことが明らかにされる。
この辺は、カール12世の暗殺話にも適応する。
妄想は、暗殺説を支持するが、暗殺説を支持する論文を読んだ結論としては、
まだまだ穴があり、
流れ弾の可能性は依然として多く残ると理性は判断している。

歴史学には、事実を探し当てるためにたくましい推理力が要求され、
その学問は、多くの無味乾燥な記録から、
事実を探り光を当てる作業の積み重ねなのではないかと、
私は漠然と思っている。
ぶっちゃけ歴史学を学んだことがないのでよく知らない。
でも英雄史観が、良く一般にいる、物事を一面的にしか見ない困ったちゃん
に通じる道の一つであることは分かる。
愛国教育も自虐史観も英雄史観も、みんなそこに通じる。
10chのニュースにしろ2chの言説にしろ、近年、一面的な議論が目に付く。
政治家からして英雄史観に凝り固まり、マスコミもそれに便乗している。
どっかからともなく英雄が現れ、何とか党をぶっ壊して日本を変える。
その先には明るい未来。
まったくアホな話だ。
ナポレオンは言う
「天才とはおのが世紀を照らすため燃えるべく運命づけられた流星である」
でも思うのだ。現実にそんな奴が近くにいたら
「近所迷惑だから、さっさと、しかも誰もいない場所に落ちてくれ」と。

考えると英雄史観は個人の妄想の中でこそ光を放つ。
妄想を刺激する小説が、英雄史観に満ちあふれているのもそれが理由だろう。
現実世界に直接リンクしない限りにおいて、
英雄史観は多くのメリットも持っている。
そして何より、良くできた英雄史観は、実に面白い。
だから英雄史観はやめられないし止められない。
しかし現実世界においては常にチェックとバランスが大事である。

歴史教育においても重要なのは、常にバランスを失わないこと。
そして根拠となる資料に対するチェック。
物語が入り込む余地は、ない。

英雄史観の現実世界に対する最大の問題は、英雄待望論を生むことかも知れない。
今信長、今太閤、そんな奴はこの世にはいない。
もちろん、英雄は現れるかも知れないが、
その人は唯一無二であるから英雄であり、昔の人のコピーではない。
しかも英雄がもたらす害悪について英雄史観はなにも教えてくれない。
だいたいからして、なんと戦争の英雄が多いこと。
おいらはまだまだ死にたくない。
聞いた話によると、正義の勇者のゲームを沢山やる子供の方が
犯罪に走る確率が高くなるらしい。曰く、自分の正義を信じすぎるから。
まぁホントかどうか知らないけど。
結局、現実では偽善ぐらいが丁度良い。
情けは人のためならず、自分のため也ってね。

しかし、妄想の中なら正義は大歓迎だ。正義、友情、努力!
英雄万歳だ。戦争ほど面白い題材は、スポーツと宇宙開発ぐらい。
私のHPは私の妄想の国。
不謹慎きわまりないが、重要なのはそれが妄想で、
冗談であることを忘れないこと。

まったく、とりとめもない文章だ。

三銃士

2005年12月06日 19時25分16秒 | 戯言
ダルタニャン物語全11巻を買ってしまった。
母親に見つかって、大目玉だった。
あんた、少しは買うだけじゃなくて売りなり捨てるなりしなさいってね。
まぁ1冊消えるたびに10冊は増えてるし無理はない。
最近は消えてもいない。
案の定、本棚には入らなかったし。

でもまぁ欲しかったのだ。
思えば西洋史が好きになったのは三銃士のお陰だ。
もっともHNKでやっていたアニメ三銃士なのだが。
子供心にあれは面白かった。
いや、アラミスが、私の頭にすり込まれてしまった(^^;
ネットの世界ではまだまだアニメ三銃士好きがいるので、
いろんなHPを良く覗く。覗くだけだが。
印象的だったのはどこでかで初めて知ったアラミスのスタイル。
すごいね。うん。昔の設定屋さんはきっとテキトーだったのだろう。

個人的にはアラ×アトがやっぱよい。
でもアラ×ダルも捨てがたい。
アト×ダルも面白いんだけどね。
一歩寸前ギリギリの感じを越えるとちょっと、ね。
男キャラ一押しはロシュ。いつも良い味だしているんだよなぁ。
アニメのあのバカっぽさと原作のすごみが融合してしまうと、
ナンバーワンキャラにもなれるのでは?
しかしアトは捨てがたい。ああいう大人になりたかった……
で、ダルのような部下を持ってあぁ友情。
個人的に、そう言う話は好きだな。
金髪と赤毛ののっぽとか
魔術師と革命家くずれ、あるいは養子
対等の友情だと理想は撃墜王二人組か。アト×ポルがそんな感じだな。

まぁ脳内妄想はさておき、あのアニメに触発されて以来
こっちとら西洋史万歳が加速して、日本戦国を押し流した。

本物の岩波文庫版を読んで
カルチャーショックを受けたのは小学生高学年ぐらいだったとおもう。
でも、意外と拒否反応はなく、まぁぶっちゃけおもしろかったんだよね。
ハリウッドの映画2本みたし、銃士隊に入りたい病があった。
映画で暴動に立ち向かったダルが投げられた腐ったリンゴを剣で刺すシーン
なんて格好良すぎ。

でも、3銃士のその後の話というのがずっとイマイチ分からなかった。
最後はダルが死ぬのは知ってたし、鉄仮面は小説で読んだけど、
途中が抜けていたわけだ。
で、念願の20年後が読めるわけ。
復刊したのはたしか2年ぐらい前だったけど、金がなかった。
1冊2000円は学生にはきつい。
でもま、社会人になったら読むヒマもなくなるし、
と言うことで、買ってしまった。
諭吉が二人いなくなったけど後悔は……うん。ない。
こんどはアニメのDVDをどこかで手に入れようと計画中。金は?未定……

ドラバント隊はきっと銃士隊みたいな感じなんだろうな。
地味なスウェーデン軍の中にあって全員金モールバリバリ付けている部隊だし。

バランス

2005年11月17日 20時25分48秒 | 戯言
広島の平和記念公園と資料館に行ってきた。
で次の日に呉の大和ミュージアムに行ってきた。

まぁなんというか、平和記念資料館は技術者になるなら、
見ておく必要があるだろう。
アレを見て、作っちゃいかん物がこの世にはあると言うことを認識しなければ。

しかし次の日に大和ミュージアムに行くと少し前日の展示について違和感を感じた。
こっちは、技術的な面からの大和のすごさと愛国的な賛辞にプラスして、
乗員の遺品やら遺書やらも展示して、ある程度の反戦的雰囲気を出し、
それの後に、戦後の復興と子供のための船ってどんなもの? という
体験コーナーが設置されていた。
もっとも全体的に、浅く広いつくりではあった。
明らかに蛇足である松本零士の展示コーナーをつぶして、
もっと現代の造船技術とかそこに呉の造船技術や大和の技術が
どのように応用されているのかとかを詳しく展示するとよいと
思ってしまったほどだ。
しかし、平和記念資料館にくらべてバランスの面では優っていた。

平和記念資料館の方は、すばらしく原爆の被害について深く掘り下げており、
核兵器の廃絶と平和を訴えるには問題のない展示であった。
しかし、現実の問題として、原子力がわれわれの生活を支えている
と言うことを無視しているような気がした。

電力供給を担う原子力。医療に役立つ放射線。
私自身は少し否定的だが、国策として進めている核燃料サイクル
国際協力で進められている核融合発電。
さまざまな意見があるだろうが、やはり触れるべきだろう。

あの展示ではすべての原子力に否定的にならざるを得ない気がする。
技術とは使い方次第である。
あれほどの惨事招いた技術の別の形が、
今、人々の生活を支えている。
そのことも、決して忘れてはならない事実であり、
原子力発電をめぐる意見が様々であるにしても、
今現在を伝えて、技術の表と裏、
科学が諸刃の剣であると言うことを、述べるべきだと思う。