槍と銃剣

近世西洋軍事と日々の戯言&宇宙とか色々

シャトルと宇宙ステーション「誤りだった」

2005年09月30日 18時47分53秒 | 宇宙
シャトルと宇宙ステーション「誤りだった」

いや~言っちゃった。
NASAのトップであるグリフィン長官の発言。
これ、数日前に発言された。
んで、今日には前から噂されてたステーションの縮小案の発表。
発言の少し前には、月計画のラフプランの発表。
新型の有人ロケットの開発は現在進行中。
まぁ計算されてた行動の一環なのだろう。

でも、まあ誤りを認めるのも勇気。
ここは拍手! でしょう。
確かにシャトルは金食い虫で、実用性もない。
ステーションもミッション設定があまりにアホすぎてお話にならない。
あれは宇宙に浮かぶ箱物公共事業、しかも維持費が莫大、どこぞの第三セクター。
当然と言えば当然の結果。
あとNASAはシャトルを過信しすぎていたね。
現状では、ロケットにカプセル型有人機を乗せるのが一番理想って事。
人は人だけ。荷物は荷物だけ。バラバラに運んだ方が良い、と言うことだろう。
実はコストパフォーマンスもシャトルより良い。
シャトルってのは上がるのも降りるのも降りてからも大変な代物だったのは、結構有名だったしね。
往還機の時代はいまだ到来せず。
複合材タンクが実用的になれば、また状況は変わるだろうけど。

問題は新型をどれくらいの速度で開発するか。
ラフプランを見る限り、ロケットの方は、シャトルに使ってたエンジンとブースタ、外部燃料タンクなんかを流用するみたいだから、新技術はさほどいらないだろう(っていうか無い?)。
きちんと計画を立てれば、それなりの速さで開発できるだろう(システム設計って奴ですな)。
問題はカプセル型有人機の方。
アメリカは長いこと、この技術を使っていないから、意外と落とし穴が待っていそう。
この間もパラシュートが開かなくて、サンプルリターンに失敗した(少しは回収できたらしいけど)ことがあったし、ロストテクノロジー化が懸念されます。
あと、昔は帰還地点を海にしていたけど今度は陸。ソ連タイプは、アメリカも初めてでは?
まぁきっと、火星着陸を念頭に置いての変更なのだろうが、この辺りが上手くいくのかどうなのか?
興味深い。

しかし、日本はどうすんでしょ?
新型H2BでHTV打ち上げてステーションに固執するのか?
それともそこから先、独自有人計画を進めるのか?
あるいは無人に特化して、アメリカの月計画を支援するのか?
液酸液水の1段目を放棄して新たなロケットを作るのか?
潔く撤退して、航空機みたいに、オールジャパンで個々の主要部分の技術提供&製造に回るか?
他にも色々考えられますな。

現在の航空機産業を見ると、独自機体の開発から撤退してもコア技術を握って、存在感を示すことは十分に可能である。
何にも変えずにこのままダラダラ惰性で進むことが最悪なのは間違いない。
発射場をクリスマス島に作るってのは面白い案だったけど、あれはどうなるんだろ?

カール12世好き

2005年09月27日 19時04分51秒 | 戯言
カール君好きって、日本にどれくらいいるのだろうか?
ミリタリー系には人気ありそうだけど、基本はマイナーだよなぁ
取り上げてる書籍も少ないし……
リアル世界でオイラの周りにはもちろんいない。
ネットの中でチラホラ見かけるくらい。
HPで知り合った同志も両手で足りるなぁ(^^;
時々、ググるとあっこんなところに同志が!
て思うときがあるけど、やっぱ少ない。
どうしてかなぁ?
ナポレオンと同じくらい面白い人物だと思うのだけど……

行軍速度

2005年09月26日 14時49分13秒 | 大北方戦争+軍事史
この時代の(近世欧州17世紀中葉~18世紀前半)平均的な1日行程は5マイル(8km)以下であった。
などと書くと、マジですかと思うかもしれない。
ちなみに1日行程とは、24時間以内の行軍行程のこと。

現在では、ごく普通の状況のもとでは、徒歩による1日の標準行程は25ないしは30kmである。
つまり、一番最初の言葉が正しければ、
近世欧州陸軍は現代の1/3~1/4の速度でしか動けないことになってしまう。
しかし事実である。例を挙げよう。

例えばオイゲン公子は、1706年6月から9月にかけてイタリア戦線において、大規模な行軍を実施した。彼は最終的に225マイルを約60日間で行進することに成功したが、その平均1日行程は3.75マイル(6km)でしかなかったのである。

また、1704年にバイエルン救援に向かったフランスのタラール元帥も200マイルを36日で踏破する行進を行っている。これは、当時としては意欲的な行軍だった。彼はその行軍により、数的優勢を持ってマールバラ公とオイゲン公子の軍の後方連絡線を脅かすことに成功した(もっともブレンハイムの敗北ですべてを失ったが)。しかし彼のこの行軍は、軍を大きく疲弊させた。計算するとこの時の彼の平均1日行程は5.6マイルであり、現代の感覚からすれば大した速度ではないにもかかわらず、歩兵は疲れ果て、馬の多くは病気にかかったと記録されている。

一方、マールバラ公は、1704年の5月から6月の間に、オランダからドナウ河にむけての見事な行軍を行い、戦史上まれにみる見事な行軍と称されている。彼は250マイルを約5週間で行軍した。タラールとは違い、マールバラの軍は、行軍が終わった後も良好な状態を保っていたとされている。

上の事例は、長距離行軍の中でも「見事」と称されたものであり、強行軍として分類される。しかしそれですら、平均1日行程は5マイル少しであり、当時において「電撃的偉業」と称されたマールバラの行軍ですら、その値は、7~8マイル(11.5km)でしかなかった。(有坂氏の著作では1日平均12マイルと載っているが、これはkmの誤りではないだろうか?)

これらの事例から考えて平均的な1日行程が5マイル(8km)以下であったことはほぼ間違いないだろう。
そして1日に10マイル(17km)進むということは、強行軍であってすらもまれだったのである。

なお私が大好きなカール12世は、1705年から1706年にかけて、冬のグロノド近辺で平均の1日行程10~11マイル(16~18km)、総移動距離180~190マイルの行軍を行って、ロシア軍の後方連絡線を脅かし、撤退に追い込んでいる。タラール元帥とほぼ同じ距離を、倍の速度で移動して、しかも戦わずして敵に拠点を放棄させている。まぁ会戦を生起させないことを目的とする機動戦の典型的例だろう。

更に言えば、マールバラ公の行軍はライン河の支援と、良好な気候と豊かな土地に立脚して行われたのに対し、カール12世の行軍は、真冬の痩せこけた土地で行われ、しかも河川を利用した物資輸送の支援も欠いていた。 とは言い過ぎか……。

寡兵よく大軍を破る

2005年09月25日 15時00分08秒 | 戯言
寡兵よく大軍を破る
わたしは、こいつが大好きです。
あわや敗北ってところからの一発逆転。
下手な絵描きとか金髪とか魔術師とかに怒られそうですが、ロマンです。
カール十二世好きになったのもこれのせい。
十八才の少年が三方を取り囲まれながら、各個撃破に打って出て、敵の首都を急襲。
とって返して三倍以上の敵を一蹴。
続けざまに、奇襲強行渡河でやっぱり大軍を少数で撃破。
いや~ほんと。男惚れします。
でも、ま、こんなこと言うと、じゃあフリードリヒでもナポレオンでも良いじゃないかと言われそうですが、やっぱ違います。
彼らは侵略者な感じじゃないですか。やっぱ先に手を出しちゃいかんです。
寡兵=弱者=攻められるってな等式ですね。
じゃあポルタヴァの敗戦は? てなわけですが。
勝てる戦を馬鹿な部下の所為で落とすってのもロマン。
でも、もしカールみたいなロマンに生きる奴が側にいたら嫌だな。
やっぱり現実世界は、勝てる戦しかしない人がいい。
パウエルとかシュワルツコフとか。無理しない人が良い。
もちろんおいらはテレビ観戦だけど(^^; 
だっておいら極右派左翼的一般市民か中道左傾向右派ですから。
自衛隊○国防軍×自衛軍△
あるいは比例区民主小選挙区自民かな。別に逆でも良いけどさ。
でも今回は全部民主。いやだってどっちが勝つかあんまりにも見え見えで……。
まぁ何にせよ現実はバランス。空想はロマンです。
これも一種の判官贔屓ってやつかもしれませんが。

近世の機動戦

2005年09月21日 16時10分47秒 | 大北方戦争+軍事史
17世紀中葉から18世紀初頭、高価な野戦軍が不必要な戦いによって消耗するのを避けるために取られた戦争の形態を機動戦と言うらしい。機動戦と書くと、何やら素早いイメージが湧くが、当時の実態はそれを裏切る物であったようだ。彼らの機動は、概してとても遅かったからである。彼らはノロノロと動きながら、敵の後方連絡線を互いに脅かし、戦わずして敵を後退させれば、それが通例、勝利とされた。会戦は、時折、敵よりもほんの少し素早く動け、そして上手く立ち回ることが出来る達人があらわれると生起した。
この時代の平均1日行程は5マイル(8km)以下であった。