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かんべえ(吉崎 達彦)Kanbee
双日総合研究所チーフエコノミスト
吉崎達彦/1960年富山県生まれ。
双日総合研究所チーフエコノミスト。
かんべえの名前で親しまれるエコノミストで、米国などを中心とする国際問題研究家でもある。
一橋大学卒業後、日商岩井入社。
米国ブルッキングス研究所客員研究員や、経済同友会代表幹事秘書・調査役などを経て2004年から現職。
日銀第28代総裁の速水優氏の懐刀だったことは知る人ぞ知る事実。
エコノミストとして活躍するかたわら、テレビ、ラジオのコメンテーターとしてわかりやすい解説には定評がある。
また同氏のブログ「溜池通信」は連載500回を超え、米国や国際政治ウォッチャー、株式ストラテジストなども注目する人気サイト。
著書に『溜池通信 いかにもこれが経済』(日本経済新聞出版社)、『アメリカの論理』(新潮新書)など多数。
競馬での馬券戦略は、大枚をはたかず、本命から中穴を狙うのが基本。的中率はなかなかのもの。
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4月30日、アメリカのトランプ政権

が始まってからちょうど100日目を迎える。
「まだ100日しかたっていないのか?」と唖然とするくらい、この間にいろんなことが起きたものだ。
中でも頭が痛いのがトランプ関税である。
日米交渉が始まったとはいえ、
果たして日本側の主張を通すことができるのか。
あるいは途方もない代償を求められるのではないか。
日本側担当者である赤沢亮正経済再生担当相

を見ていると、正直、不安になってくる。
■トランプ相互関税の「根拠」に続々と異議唱える州政府
そんな中で4月16日、カリフォルニア州が関税措置の差し止めを求めて提訴した。
州政府による「相互関税」への訴えはこれが初めて。ギャビン・ニューサム知事は、同州の重要輸出品目であるアーモンド農園で記者会見を開き、「4000万人(カリフォルニア州の人口)のアメリカ人を代表して主張する」と宣言した。
ちなみにその後、同様の訴えはニューヨーク州やイリノイ州からも提起され、本稿執筆時点では12州に増えている。
この訴えの非常に興味深い点は、
トランプ政権が「IEEPA」(The International Emergency Economic Powers Act=国際緊急経済権限法。
「アイーパ」と呼ばれる)を根拠に、相互関税を発動した点に異議を唱えていることだ。
逆に言えば、自動車関税などの商品別関税についてはスルー、ということになる。
「いよいよ迷走する『トランプ関税』」(4月12日配信)
でもご紹介した通り 、トランプ関税は三層構造のややこしい形になっている。
まさしく増築を繰り返して迷路のようになった「田舎の温泉旅館」の如しである。
例えば、②商品別関税と③相互関税は重ならない。
日本が輸出する鉄鋼の関税は25%であり、相互関税は無関係である。
ところがなぜか中国

に対しては、
①フェンタニル関税の20%に
③相互関税125%を足して、合計145%!
という途方もない税率になっている。
いやもう、わけがわからない。
■IEEPAを拠に「相互関税」をかけられるのか
カリフォルニア州が問題にしているのは、IEEPAに関する解釈である。
同法は「アメリカに対する脅威に関し、大統領が緊急事態を宣言した場合、それに対処する権限を大統領に与える」というものだ。
しかし同州の訴状によれば、この法律には関税に関する権限は書かれていない。
しかも「異例で並外れた脅威」に対処するための法律であるという。
この点は、筆者も以前から気になっていた。
①のように、フェンタニルという薬物の流入によって年間数万人の死者が出ている、という理由で他国に関税を課すのはまだ理解できる。
しかるに
③の相互関税は、「アメリカの貿易赤字が拡大して危機的な状況になっているから、すべての国に対して関税をかける」というものだ。
そんな理屈が通るんだろうか?
あらためて司法の場に持ち出された場合、いったいどういうことになるのだろう。
IEEPAと関税の妥当性について、徒然なるままにネット上で検索してみたら、アメリカ議会調査局の資料の中に「IEEPAと関税:歴史的背景と主要課題」(2025年4月7日)という文書を発見した 。
■今回の枠組みは「ニクソンショック時」とそっくり
実はこのIEEPAには、前身となるTWEA(Trading With the Enemy Act of 1917=敵国交易法)という法律があり、1971年8月15日にリチャード・ニクソン大統領が「ドル金交換一時停止」、いわゆる「ニクソンショック」を発動した際に使われたことがあるという。
おおおお、そうか、そうだったのか。
われ発見せり。
今回のトランプ大統領による相互関税は、半世紀前の「ニクソンショック」にそっくりなのだ。
まだ筆者は小学校5年生だったが、日本中が動揺していたことを覚えている。また後年になって、先輩世代の商社マンたちからそのときのショックがいかに深かったかを、何度も聞かされたものである。
そうなのだ。
アメリカは昔から「外国を驚かす国」であった。
サプライズは、何もトランプさんの専売特許ではないのである。
1971年夏、ベトナム戦争に疲れたアメリカでは貿易赤字が拡大し、国内の金保有量が激減しつつあった。
そこでニクソン大統領は8月15日、日本の終戦記念日に合わせるかのように、一連の施策を宣言した。
①ドルを金本位制から切り離し、
②すべての輸入に10%の課徴金を導入し、
③価格統制を実施した。
それまでは為替レートは1ドル=360円の固定相場制だったが、
それが変動相場制に移行することになる。
このときに導入された輸入課徴金(実質的な関税)は、「特定の国を標的とするものではない」と説明された。
しかるに当時、破竹の勢いで成長していた日本と西ドイツに、通貨の切り上げを迫る意図があることは誰の目にも明らかだった。
そこで使われたのがIEEPAの前身の法律TWEAであり、このときも「関税は交渉のツール」であったのだ。
しかるに「ニクソンショック」は、竜頭蛇尾の結果に終わる。
4カ月後の12月18日、ワシントンのスミソニアン博物館に集まったG10の交渉により、「スミソニアン協定」が締結される。
為替レートは1ドル=308円となり、ニクソン大統領は追加関税を取り下げる。ただしアメリカ経済は、その後もインフレに苦しむことになる。
為替レートもなし崩し的に変動制に移行し、
今日に至るもそのままである。
さて、このときにIEEPAが使われた前例があるということは、相互関税のうち「すべての国に対する10%の関税」は、司法の場でも正当化されそうだ。
それでは各国別の「上乗せ関税」の部分はどうか。
ここは意見が割れるところではないだろうか。
いずれにせよ、相互関税に対する今後の司法判断は要注目と言えよう。
ゆえに日米交渉もゆるゆると、いや、「のらりくらりと」進めるくらいがちょうどいいのかもしれない。
■興味深い2人の「共和党大統領」の「歴史的相似形」
それにしても、ニクソン大統領とトランプ大統領の歴史的相似形は興味深い。半世紀の時を超えた2人の共和党大統領は、
①アメリカ経済に悲観的で、
②貿易収支の改善を目指し、
③ドルの切り下げを志向して、
④関税を発動した。
さらにニクソン大統領は、FRBに対して金融を緩和しろと、
時のアーサー・バーンズ議長に圧力をかけたという。
ここまでくると「歴史は繰り返す」、いや「韻を踏む」と言うべきか。
ニクソン大統領は「南部戦略」、トランプ大統領は「ラストベルト」と、共和党の新たな支持層を掘り起こしたという共通点もある。
またニクソン大統領が「中国電撃訪問」によってソ連との冷戦を有利に進めようとしたのに対し、
トランプ大統領はロシアに接近することで中国を孤立化する「逆キッシンジャー戦略」を狙っているとの観測も絶えない。
「ニクソンショック」と「トランプ相互関税」の歴史的アナロジーが成立するとすれば、相互関税が短命に終わることも十分に考えられよう。
また、ニクソンショックが固定相場制にとどめを刺したことを考えれば、
歴史の大きな転換点になると捉えることもできそうだ。
■トランプとニクソンの共通点は強烈な「エゴイズム」
ところでニクソン大統領と言えば、アメリカ政治研究の偉大な先達、松尾文夫さんについて触れておきたい。
松尾さんは共同通信元ワシントン支局長を務めたジャーナリストで、
松尾さんは共同通信元ワシントン支局長を務めたジャーナリストで、
『アメリカと中国』
『銃を持つ民主主義』
『オバマ大統領がヒロシマに献花する日』
などの著作を残している。
若くして「もうひとつのニクソンショック」こと、ニクソン訪中の予言を的中させたことでも知られている。
2019年2月に出張中のアメリカで逝去されたが、
生前よく「トランプとニクソンは重なるんだよ」と語っていたものだ。
ニクソンが訪中計画を公表し、世界を驚かせたのは1971年7月のこと。
この年の『中央公論』5月号で、
当時まだ37歳だった松尾さんは「ニクソンのアメリカと中国~そのしたたかなアプローチ」という論文を寄稿している。
リードには「米中関係は今や動き出した。
日本が見落としているこの米国の思惑とその限界を綿密に追う」とある。
松尾さんはアメリカの対中「頭越し外交」を正確に見通していたのである。
あらためて松尾論文を読み返してみると、最後の部分にある「『米国の利益第一』のエゴイズムで押し通すニクソン・ドクトリン」という一節が目に留まった。
この「ニクソン」を「トランプ」に置き換えれば、そのまま今でも通用するだろう。
ニクソンとトランプの共通点は強烈な「エゴイズム」にあり、ということだ。
あらためて思うのだが、アメリカ大統領によるサプライズは今に始まったことではない。
驚くのは、こちらの修行が足りないからであろう。
ただし人間は忘れる生き物である。だからサプライズは繰り返され、ここでも「歴史は韻を踏む」ということになる
(本編はここで終了です。この後は競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。
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※ 次回の筆者は小幡績・慶応義塾大学大学院教授で、掲載は5月3日(土)の予定です(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
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