:::
近藤 大介
1965年生まれ、埼玉県出身。60歳。
東京大学卒業、国際情報学修士。
講談社『現代ビジネス』編集次長。
明治大学国際日本学部講師(東アジア国際関係論)。
2009年から2012年まで、講談社北京副社長。
近著に『尖閣有事』(中央公論新社)、『進撃の「ガチ中華」』(講談社)『日本人が知らない! 中国・ロシアの秘めた野望』(ビジネス社)、『ふしぎな中国』(講談社現代新書)など。中国を始めとする東アジアの関連図書は36冊に上る。
YouTube講談社公式チャンネル「世界の時事ニュースを詳しく解説【近藤大介チャンネル】」配信中
:::
■『人民日報』に起きた「異変」
中国は、共産党の事実上の一党独裁国家であり、共産党政権の「イイタイコト」は、主に中国共産党中央委員会機関紙の『人民日報』を通して展開していく。
そのため、世界中の「中国ウォッチャー」たちは日々、目を皿のようにして、『人民日報』を熟読している。
そのため、世界中の「中国ウォッチャー」たちは日々、目を皿のようにして、『人民日報』を熟読している。
『人民日報』は、新中国建国前の1948年6月創刊。
それ以降、長年にわたってそうした習慣は、基本的に変わっていない。
変わったのは読者の方で、いまどき『人民日報』を愛読している中国人など、希少動物に等しい。
そのため、「人民の新聞」という意味の『人民日報』は、名称からして形骸化している。
もっとも、この10年ほどは習近平総書記

に関する報道が中心なので、「習近平日報」と揶揄(やゆ)されてもいるが。
そんな『人民日報』に最近、「異変」が起こっている。
今月3日付紙面の6面に、突如として故・李克強前首相に関する長文の記事が掲載されたのだ。
タイトルは、「党と人民の事業に終生奮闘――李克強同志の生誕70周年を記念する」。
全体は、前文と5項目に分かれている。まず前文は、以下の通りである。
「2025年7月3日は、李克強同志の生誕70周年である。
李克強同志は、中国共産党の優秀な党員であり、思慮深く忠誠心ある共産主義の戦士であり、傑出した無産階級の革命家・政治家であり、共産党と国家の卓越した指導者である。
李克強同志の共産主義に対する崇高な理想は、確固として揺るがず、共産党と人民に対して無限の忠誠を持ち、共産党と国家の事業の貢献に生涯精進し、多大な貢献を果たした」
このように、李克強前首相の存在とその功績を、大きく持ち上げているのだ。
■ファーウェイ創業者も1面に登場
前首相の功績を持ち上げることが、なぜ「異変」なのか? それを、「もう一つの異変」と絡めて述べたい。
先月10日付の1面に、これまで決して出ることがなかった一民営企業のトップ(ファーウェイの創業者・任正非CEO)のインタビューが掲載された。この「異変」については、先月=6月のこのコラムでお伝えした通りだ。
=
開放を加速せよ!」――ファーウェイ任正非CEOが33年前の鄧小平に代わって「南巡講話」
=
2013年3月に正式に自らの政権を発足させた習近平主席は、これまで長く明らかに、民営企業を「軽視」してきた。
逆に「重視」してきたのは国有企業で、民営企業は国有企業という大きな傘の下に入って、その下請け、サポート役をすればよいという意識だった。
こうした考え方を巡って、長く李克強首相(首相在位は2013年3月~2023年3月)と確執があった。
李首相は、「小さな政府」「国有企業の市場化と一視同仁(民営企業との平等)」「民営企業中心の経済発展」を志向していた。
「習近平総書記=共産党の息のかかった国有企業の庇護者」、「李克強首相=市場を向いている民営企業の支援者」というイメージだった。
現実は、習近平総書記が李克強首相を、完全に押さえ込んでいた。
中国の政治用語で言うところの「南高北低」である。
「南」は、北京の最高幹部たちの職住地がある「中南海」の南側に建つ共産党中央弁公庁(習近平総書記のオフィス)、「北」は北側に建つ国務院弁公庁を指す。
そのため、社会主義を標榜する中国は、相変わらず国有企業を中心に回っていた。
そして中国経済は、2013年に習近平政権が発足して以降、ずっと右肩下がりで低迷し続けた。
■「ハチの一刺し」がXで拡散
そんな中、李克強首相は退任時に、乾坤一擲のパフォーマンスを見せた。
いわば「ハチの一刺し」である。
2023年3月5日、李克強首相は、10回目にして最後となった全国人民代表大会の政府活動報告のスピーチを終えると、2期10年の首相の役割を終えた。
その翌日昼、国務院弁公庁前広場に、約800人の職員を集めて、「別れの挨拶」を行った。その時のわずか44秒の映像が、「X」で世界に拡散したのだ。
広場中央でマイクの前に立った李前首相は、周囲をぐるりと囲んだ職員たちに向かって、手振りを交えながら、熱っぽく述べた。
「人々はいつも言う。
人は行いをなし、天はそれを見ていると。
この蒼天には眼がついているのだ(周囲がどっと笑い、李前首相ももらい笑いする)。
国務院職員の皆さんたちは、何年にもわたって、苦労をしながら地道にしっかりと、特別な貢献をしてくれた。
あなたたちは褒章されてしかるべきだ。
おっ、ちょっと見たまえ。
この風だよ(周囲が再びどっと笑い、李前首相も笑う)。
早くも風が吹き始めたぞ!(三たび周囲がどっと笑い、李前首相は拍手して挨拶を終えた)」
私はこの映像を見て、李克強前首相の「習近平への怨み」はここまで深かったのかと、再認識した。
「お前(習近平主席)がこの世で蛮行を行っても、天は必ず見ていて罰を下すからな」と警告しているようなものだからだ。
■68歳で上海のプールにて急死
さらにそれから5日後の3月11日、全国人民代表大会が開かれていた人民大会堂で、李強党常務委員(党内序列2位)が、新首相に選出された。
習近平主席が、隣席の李克強前首相に握手を求め、二人は壇上で握手した。
会場を埋めた2947人の全国人民代表大会代表者たちは、大きな拍手を送った。
ところが、当の李克強前首相は、習近平主席のことを「ガン無視」したのである。
習主席と一度も目線を合わせることはなく、正面の代表者たちの方を向いたままだった。
その姿はまるで、「自分は習近平ではなく国民を見ているのだ」と主張しているかのようだった。
その李克強前首相は、退任してわずか7ヵ月あまり経った2023年10月27日、訪問先の上海のホテルのプールで、水泳中に心臓発作を起こし、急死してしまった。享年68。
この時も、「中国ウォッチャー」として見逃せないことが二つあった。
①一つは、その日のCCTV(中国中央広播電視総台)のトップニュースが、李前首相の急死ではなかったことだ。
李前首相の死去は、特に隠すこともなく、新華社通信が早々に発表していたにもかかわらずだ。
この日、習近平主席は、何事もなかったかのように、「中南海」で党中央政治局会議(トップ24が全員集合する会議)を招集。
「中華民族の共同体意識を高め、新時代の党の民族活動をハイレベルに発展させるための第9回集団学習会」を開催した。
テレビニュースはその「意義深い会議」の模様を延々と伝え、李克強前首相の死去は意図的に、「価値」を下げたのである。
➁もう一つは、11月2日に革命烈士が眠る北京西郊の八宝山で葬儀が行われた際、さすがにCCTVも、幹部全員が列席した葬儀の模様を中継した。
習近平主席は最前列で遺体にお辞儀をし、寡婦となった程虹夫人に歩み寄って、何か声をかけた。
すると程夫人が、厳しい表情で習主席とは言葉も交わさず、後ろの参列者たちの方を見たのである。
その後、続く他の参列者たちとは、普通に会話を交わしていた。
■李克強前首相を称える長文記事
こうしたことから、中国国内と世界で、「李克強暗殺説」が飛び交った。
だが私は、いまでも自然死だったと思っている。
現役の「抵抗勢力」ならまだしも、すでに引退して、一切の権力を手放した幹部を粛清する理由はないからだ。
ただ、その後「李克強前首相」に触れることは、タブーのようになった。
国務院(中央官庁)は、一字違いの名前の李強首相が引き継いでおり、こちらは習主席の「忠臣」だけに、習主席との確執もなかった。
そんな中で、今月=7月3日、降って沸いたように『人民日報』に、李克強前首相に関する長文の記事が掲載されたのだ。
タイトルは前述のように、「党と人民の事業に終生奮闘――李克強同志の生誕70周年を記念する」。
これも前述のように、前文で李前首相の「功績」を、大きく持ち上げた。
続く本文は5項目に分かれているので、順に見ていこう。
①第一は「共青団活動を推進尽力し、共産党と国家の活動の大局に服務した」。その生誕から青年時代を追っている。
以下、下記サイト参照
■「異変」が起きた二つの要因
「共産党の集団指導」などという記述は、いまの「習近平一強体制」への強烈なアンチテーゼである。
このように、全体を通して巧妙な「習近平批判」を示唆する内容になっているのだ。
そして、このような「記事」が、「習近平日報」と揶揄される『人民日報』に掲載されたことが「異変」なのである。
なぜ「異変」が起きているのか? 考えられることは2点しかない。
①一つは、何らかの理由(報じられている健康問題など)で、習近平主席の権力が低下してきていること。
もう一つは、「団派」を中心とした「反習近平的様相を呈しているグループ」が復権してきていることだ。
その背景には、長期低迷が続く中国経済に対する14億中国人の「苛立ち」がある。
先々週のこのコラムでお伝えした、習近平主席より10歳若い胡春華氏の復権も、その流れである。
今後の注目点は、7月末に予定される党中央政治局会議、そして8月上旬の「北戴河会議」である。
特に、「北戴河会議」は、存命中の長老(引退した元幹部)も勢揃いするので、習近平主席への「吊し上げの場」になることは間違いない。
習主席はこの頃、国内外の重要行事への「欠席」が目立つが、もしも「北戴河会議」も欠席したら、それはそれで「事件」である。
中国の政界から目が離せない夏になってきた――。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます