テレグラム創設「ロシアのザッカーバーグ」逮捕にロシア猛反発、一方でプーチンの情報管制がより強固になる予感…
2024.8.29(木)木村 正人
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【木村正人(きむら まさと)】
在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。
憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。
産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。
2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争 「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
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■パリ郊外の空港で“電撃逮捕”されたドゥロフ容疑者
[ロンドン発]
ロシアの暗号化メッセージングサービス「テレグラム」
創設者で最高経営責任者(CEO)のロシア系フランス人、パヴェル・ドゥロフ容疑者(39)が8月24日午後8時ごろ、仏パリ郊外にあるル・ブルジェ空港でフランスの法執行機関に“電撃逮捕”された。
テレグラムは31カ国で一時的または恒久的な禁止に直面している。
テレグラムは翌25日の声明で欧州連合(EU)の法律を順守しているとして「プラットフォームやその所有者が、そのプラットフォームの悪用に責任があると主張するのは馬鹿げている」と反論している。
ドゥロフ容疑者の即時釈放と表現の自由を求めてネット空間は大炎上している。
仏民間テレビ局TF1(8月24日)によると、ドゥロフ容疑者はアゼルバイジャンからボディーガードと女性を伴って自家用ジェット機で到着し、空港の滑走路に降りたところを取り押さえられた。
フランス国家犯罪捜査局による予備捜査のための令状が執行された。
テレグラムを利用するテロ組織・麻薬密売・小児性愛犯罪・詐欺の捜査に協力しなかったとして、共犯容疑をかけられた。
フランスでペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)扱いになったドゥロフ容疑者は旧ソ連諸国、アラブ首長国連邦(UAE)、南米を転々としていた。
自らが運営するプラットフォームのテレグラムで数え切れない犯罪が行われているのを黙認した罪に問われたかたちだ。
億万長者のドゥロフ容疑者は逃亡の恐れがあるため、起訴後も勾留される見通しだ。
仏民間テレビ局TF1は逮捕の狙いについて以下の見方を示している。
■プーチンはアゼルバイジャンでの面会を拒否
①まず、テレグラムのような暗号化メッセージングサービスを悪用する犯罪者や地下組織に「逮捕する」という強いシグナルを送り、犯罪を抑止する一罰百戒の狙い。
➁第二に、テロ対策でテレグラムに協力させるため欧州諸国が足並みをそろえて圧力をかける足がかりにする狙いがある。
在仏ロシア大使館は8月25日、テレグラムに「彼の権利を保護するため、われわれは直ちにフランス当局に逮捕の理由を説明し、領事面会を認めるよう求めた。
今日現在もフランス側はこの問題に関する協力を避けている。
ドゥロフ氏の弁護士と連絡を取り合っている」と投稿した。
テレグラムチャンネル「Baza」によると、ウラジーミル・プーチン露大統領は8月19日にバクーに到着し、2日間アゼルバイジャンに滞在していた。
訪問の数日前、露大統領府のスタッフからドゥロフ容疑者と会うよう提案されたが、拒否した。
面会の狙いも断った理由も分からない。
ソーシャルネットワークや暗号通貨をつくって150億ドルを超える富を築き「ロシアのザッカーバーグ」と呼ばれたドゥロフ容疑者とは一体、何者か。「12カ国で精子を提供し、100人以上の子供の父親になったことを自慢していた」と英紙ガーディアン(8月26日)は紹介している。
■本社屋上から高額紙幣の紙飛行機を飛ばす
サンクトペテルブルク出身で、20代でSNSの「VK」を立ち上げ、旧ソ連諸国全体でフェイスブックを上回るソーシャルネットワークを築き上げた。
クレムリンとの対立や所有権争いの後、VKを売却しテレグラムを設立。
インタビューにはほとんど応じず、その実像は謎に包まれる 。
テレグラムのシンボルは紙ヒコーキ。
デュロフ容疑者は
「プライバシーは究極的にはテロのような悪いことが起こることへの恐怖よりも重要」
「真に自由であるためには、自由のためにすべてを危険にさらす覚悟が必要」とその信念を披瀝している。
12年、ドゥロフ容疑者はサンクトペテルブルクのVK本社屋上から5000ルーブル紙幣(約8000円)で作った紙ヒコーキ約20機を飛ばした。
「自他ともに認めるリバタリアンで、インターネット上の機密保持とメッセージの暗号化を支持してきた」(ガーディアン紙)
反プーチン抗議デモではデモ行進を組織するプラットフォーム上のグループの閉鎖を拒否したことでリベラルな反プーチン勢力の象徴になった。
ロシア保安庁(FSB)に反プーチン勢力の個人情報を渡すことを拒否、VKの株式を売却して14年にロシアを去った。
次に弟と開発したのがテレグラムだ。
検閲を拒否し、利用者の秘密を守るテレグラムは世界中の民主化運動のプラットフォームとなった。
ロシア当局は18年、データ共有を求めたが、拒否されたため、閉鎖しようとした。
しかし技術的に困難を極め、有権者の反発に遭って断念した。
■プーチンとの関係は微妙
ドゥロフ容疑者はドバイに定住し、21年にフランス国籍を取得。
プーチンとの関係は微妙で、しばしばクレムリンの棘のように見られている。巨大プラットフォームの力とドゥロフ容疑者の知名度から独裁者プーチンもドゥロフ容疑者を慎重に扱ってきた。
テレグラムを徹底的に取り締まれば有権者の反発が強まり、権威主義に対する抵抗の世界的シンボルとしてドゥロフ容疑者にさらなるパワーを与えてしまう。
両者の緊張関係にもかかわらず、その間には暗黙の了解や宥和が存在しているように見える。
ウクライナ戦争でテレグラムはロシアの超国家主義的な軍事ブロガーにとって、プーチンとその側近たちの無能ぶりを批判できる比較的自由な言論プラットフォームになってきた。
仏当局の逮捕によりロシア国内でテレグラムが使えなくなると軍事ブロガーは自由に発信できなくなる。
14年のウクライナ東部のドンバス紛争で親露派分離主義武装勢力を指揮した悪名高きロシア民族主義者イゴーリ・ギルキン被告は22年11月、乗客乗員298人全員が死亡したマレーシア航空MH17撃墜事件についてオランダの裁判所で無期懲役を言い渡された。
■テレグラムの運用が滞ればロシア軍のた前線での作戦に影響を与える」
ウクライナ侵攻作戦が消極的だと自身のテレグラムチャンネルでプーチンや露国防省を公然と批判し「プーチンの指導力は戦争に勝つのに十分な強さも決断力もない」「国防省は無能で作戦を誤った」とこき下ろし続けたため、昨年7月逮捕され、今年になって刑期4年が言い渡された。
クレムリンはテレグラム上の超国家主義的愛国者の情報空間を支配するため、忠実な軍事ブロガーのグループを作り上げつつある。
ロシアの軍事ブロガーやその他のグループがテレグラムからプーチンの側近が支配するVKにアカウントを移せば、情報管制はさらに強化される。
米シンクタンク「戦争研究所」(ISW)によると、
ロシアの軍事ブロガーは今回の逮捕について「ウクライナ戦争でロシア軍兵士がいかにテレグラムを含むアドホックな通信に依存しているかに注目し、
ロシア軍司令部に適切な公式通信システムを確立するよう求めた」と指摘している。
「ロシア国内でテレグラムが引き続き運用できるのかどうかが突然、不明確になった。
テレグラムの運用が滞れば、ロシア軍の前線での作戦に影響を与える可能性が高い。
完全にブロックされれば、短期的にはロシア軍の作戦を低下させることになる」(ISW)という。
プーチンがテレグラムを閉鎖に追い込まなかった最大の理由はここにありそうだ。
ドゥロフ容疑者の逮捕がウクライナ戦争にどんな影響を与えるのかは予測不能だ。