ー中国の主張「台湾問題は中国の内政」に米国は妥協したのか?ー
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(福島 香織:ジャーナリスト)
福島 香織のプロフィール
ふくしま・かおり)
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。
上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。
2009年に産経新聞を退社後フリーに。
おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。
主な著書に『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス、2020)、『習近平の敗北 紅い帝国・中国の危機』(ワニブックス、2020)、『中国絶望工場の若者たち』(PHP研究所、2013)、『潜入ルポ 中国の女』(文藝春秋、2011)などがある。
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中国の習近平国家主席と米国のバイデン大統領は11月14日、インドネシア・バリ島において、双方が国家首脳の立場になってから初めて対面で会談を行った。
習近平にとって米国首脳との対面での会談は3年5カ月ぶり。
バイデンとの対面も5年ぶりという。
そして第20回党大会で総書記の3期目連任が決まってから初めて臨む国際社会における外交デビューの舞台でもあった。
習近平は会談冒頭でバイデンと握手したとき、珍しくとびっきりの笑顔を国内外カメラに向けた。
新華社は両首脳ががっちり握手して破顔する写真を配信した。
これは一部の間で、習近平が第3期目は微笑外交に転じるのではないか、という期待を生んだのだった。
だが、新華社の報じる会談における習近平の発言、バイデンの発言を見ると、私は不安しか感じない。
習近平はこの会談で台湾問題について、これまで使わなかったような強い表現で、米国に越えてはならないレッドラインという一線を引いて示してみせた。一方、会談後にはバイデンが、「中国にはすぐには台湾に侵攻する意図がない」という見方を発信した。
これにもし根拠があるとしたら、バイデンが台湾問題に関して中国に何かしらの譲歩をした、ということではないか?
〇「新型大国関係」を改めて提言
新華社報道を参考にすると、会談における習近平の発言は以下のようなものだった。
①「目下、両国が直面している局面は、両国および両国人民の根本利益に合致しておらず、国際社会の期待にも合致していない」
➁「双方は歴史に対しても、世界に対しても、人民に対しても、責任ある態度をもち、新しい時代に両国が双方にとって正しい道を模索し、中米関係を健全で安定的な発展軌道に戻し、両国を幸せにし、世界に恩恵をもたらそう」
➂「中国政府の国内外政策は透明で公開されている。戦略意図はごまかしがなく明快で高度な連続性と安定性を維持している」「中国は平和発展、開放発展、ウィンウィン発展を堅持し、グローバル発展に参与し、推進する者であり、各国と一緒に共同発展を推進していく」
④「世界はまさに重大な歴史的転換点にある。各国はすでに未曾有の挑戦に直面し、未曾有のチャンスをつかまねばならない。我々はこうした高度な観点から、中米関係を処理せねばならない。・・・中米関係は、勝った負けたの関係でも、こっちが隆盛で、そっちが衰退するのだというゼロサムゲームでもない。中米はどちらかが勝利を得て挑戦し合うものではない」
⑤「広い地球では中米ともに発展し、共同繁栄することができる。双方は相手の外交内政の戦略意図に正しく対応し、対話を確立し、対抗せず、ウィンウィンになってゼロサムとならないことを交流の基調としていこう」
⑥「中米は相互尊重を堅持し、平和共存、ウィンウィン発展に沿った関係を正確にナビゲートし、偏らず、失速せず、衝突しないようにすべきである」
これは習近平がかねてから米国に提言してきた「新型大国関係」、つまり米中両雄が並び立って世界を分けて支配していこうという考えに基づく発言とみていいだろう。
〇米国が越えてはならないレッドライン
だが、台湾問題に関する部分は、これまでにないきつい表現で米国に対して牽制をかけてきた。
①「台湾は中国の核心利益中の核心である。
中米政治の基礎中の基礎である。
中米関係の越えてことのできないレッドラインである。
台湾問題の解決は中国人自身が行うことであり、中国内政問題である。
祖国統一を保ち領土の完全性を維持することは中国人民と中華民族の共同の願いである。
いかなる者も、台湾を中国から分裂させようと思えば、それは中華民族の大義に背くことであり、中国人民は絶対に受け入れられない!」
➁「我々は終始、台湾海峡の平和安定を望み、そのために力を入れる。しかし台独(台湾独立派)と台湾海峡の平和安定は、火と水のように相いれない」
➂「自由、民主、人権は世界共同の追求であり、中国共産党も一貫して追求してきた」
④「米国には米国式民主があり、中国には中国式民主があり、それぞれの国情に合致している。
中国の人民民主は中国の国情、歴史、文化を基礎にしており、人民の願いを体現し、我々も同様に誇りに思っている」
⑤「いわゆる民主(主義)と権威(主義)の対抗というのは、現在の世界の特徴ではないし、時代の発展の潮流にも合致していない」
⑥「米国は資本主義で、中国は社会主義だ。
双方が異なる道をゆく。
この種の違いは今だけ存在するものではなく、今後も続く」
⑦「中米にとって互いに重要なのは、この違いを受け入れ、尊重することだ。一律を強制せず、相手側の制度を改変したり、ましてや転覆させようとしたりしないことだ」
⑧「中米は歴史文化、社会制度、発展の道が異なる2つの大国であり、過去も現在も差違と対立がある。
今後もあるだろう。
しかし、それば中米関係の発展の障害にならない」
⑨「いかなる時代も世界には競争があるが、競争は相互を鑑とし、追いつ追われつ、ともに発展していくものだ。
勝ち負け、生死を決めるものではない」
⑩ 「中国は自強不息の栄光の伝統がある。
すべての弾圧、抑制は、中国人民の意志と熱情を刺激するだけである」
台湾問題を核心利益と中国が呼ぶのは2001年からだが、「核心利益中の核心」「米中政治の基本中の基本」として越えることのできないレッドラインを米国に認めさせ、言質をとろうとしたのは、私の知る限り、公の外交の場では初めてだろう。
そしてこのレッドラインは、「台湾を中国から切り離そうとすること」「『台独』(台湾独立派)を支持すること」と具体的に定義してきた。
〇バイデンが習近平に約束したこと
バイデンは台湾問題について、「台湾海峡のいかなる一方的な現状の変化にも反対し、中国が台湾に対して威嚇し、行動を迫らせるような行動をとることに反対する。こうした行動は、台湾海峡と地域の平和、安定を破壊する行為であり、グローバルな繁栄を危うくする」(ホワイトハウス側発表)と発言したという。
つまり台湾海峡の最近の不安定化は、中国が台湾に対して武力統一をチラつかせて脅していることが原因である、中国のせいだ、と非難したのだ。
これに対する習近平の主張は「『台独』と台湾海峡の平和安定は、火と水のように相いれない」であり、台湾問題の中国内政化を認めるようにバイデンに迫った。
習近平としては、台独が台湾海峡の不安定化の原因であり、中国はみだりに戦争を仕掛けようとしているのではなく、台独を排除するのが台湾海峡安定のために必要な自らの責任である、と考えている、というわけだ。
そうして新華社の報道によれば、バイデンはこう返答している。
①「米国は中国の体制を尊重し、中国の体制の改変を求めず、新冷戦も求めず、盟友国との関係強化を通じて中国に反対することも求めないし、台湾独立も支持しない。
➁『二つの中国』『一つの中国、一つの台湾』も支持しないし、中国と衝突するつもりもない」
➂「米国は中国とのデカップリングを求めるつもりもないし、中国の経済発展を阻害するつもりも、中国を包囲するつもりもない」
④「米国政府は『一つの中国』政策を掲げ、台湾問題を中国に対する牽制の道具に利用しようとしておらず、台湾海峡の平和安定を望んでいる」
バイデンは、習近平にこれだけ約束したのだから「中国はすぐに台湾進攻する意図はない」と考えたのだろうか。
新華社報道にウソがないという前提で考えると、この会談において、
習近平はレッドライン(台湾独立支持)を越えないようにバイデンに求め、レッドラインを越えない限り、現状を変更するアクションは当面とらない、とした。
そしてバイデンからレッドラインを越えないという言質を得て、中国はバイデンに、台湾問題の内政化を認めさせることに成功した、と考えた。
さらに、米国は普遍的な人権問題の視点で台湾問題に介入しないように、と中国式民主を主張し、中国の国情、歴史、文化に沿った中国式民主を中華民国・台湾にも当てはめるようなロジックを延々と説明するのだ。
〇むしろ不確実性が強まった?
だが問題は、習近平の言う「台独」と、バイデンが支持しないという「台湾独立」の定義のすり合わせができているか、ということだ。
中国の事情通の意見をまとめると、中国の考える「台独不支持」には、台湾の民進党政権を支持しない、民進党政権が率いる台湾に武器供与・国防支援をしない、ということも含まれていると思われる。
習近平の言う台独派とは、「92コンセンサス」(中台が「一つの中国」原則を確認したとする合意)を認めない民進党政権そのものだからだ。
だが、米国は民進党政権の台湾への武器供与や国防支援を止めるつもりがあるのだろうか?
米議会の超党派諮問機関「米中経済安全保障調査委員会」は11月15日、異例の3期目任期に入った習近平政権への強い懸念を示し、「台湾海峡における危険な不確実性を助長している」と警告する年次報告書を公表。
台湾有事を想定した体制整備を行うよう米政府に初めて提言している。
バイデンが習近平にどのように答えようと、議会を無視して米国政治は決められない。
では、米国が議会の方針に沿ってレッドラインを越えてくれば、習近平の立場としては米国との武力衝突も辞さず、ということにはならないか。
バイデンに約束を破られたということになるのだから、人民の手前、習近平は米国に弱腰、妥協姿勢をますます見せられなくなろう。
3時間以上も会談したのだから、おそらくはもっと突っ込んだやり取りがあっただろう。
バイデンが「習近平はすぐには台湾に攻めてくるつもりはなさそうだ」と判断したとしたら、その「すぐ」とはどれほどの時間を想定しているのかも不明だ。
2024年の台湾総統選までは大丈夫、という意味で「すぐではない」なのか。次の総統選で民進党政権が変われば、台湾有事はさらに遠のくと考えているのか。
新華社が、習近平とバイデンがいかにも旧知を温めたような笑顔写真を配信したとか、バイデンが台湾問題の内政化を認めたふうな発言をしたと報じたとか、いかにも米中対立緩和のサインが出されたように受け取られているが、
私はむしろ、バイデン政権の出方、習近平の出方により不確実性が強まり、緊張感がより張りつめられていく気がしたのだが、皆さんはどう感じただろう。
サイト:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72756?page=6