:::::
安藤なつ(メイプル超合金)1981年1月31日生まれ 東京都出身。2012年に相方カズレーザーと「メイプル超合金」を結成。ツッコミ担当。15年M-1グランプリ決勝進出後、バラエティーを中心に女優としても活躍中。介護職に携わっていた年数はボランティアも含めると約20年。ヘルパー2級(介護職員初任者研修)の資格を持つ。厚生労働省の補助事業『GO!GO!KAI-GOプロジェクト』の副団長。
:::::
:::::
松浦晋也ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト 宇宙作家クラブ会員。1962年東京都出身。慶応義塾大学理工学部機械工学科卒、同大学院政策・メディア研究科修了。日経BP社記者として、1988年~92年に宇宙開発の取材に従事。その他メカニカル・エンジニアリング、パソコン、通信・放送分野などの取材経験を経た後、独立。宇宙開発、コンピューター・通信、交通論などの分野で取材・執筆活動を行っている。
:::::
松浦 晋也(以下、松浦):デビューする前から、ずっと介護の現場で働いておられたんですよね。
安藤 なつ(以下、安藤):そうですね。伯父の家が小規模のデイサービス(利用者の自宅へ送迎を行い、日帰り型の介護サービスを提供する施設)を始めまして、一軒家を改装してやっているうちに規模が大きくなって、宿泊からグループホーム、みとりまでやるようになって。
松浦:だんだんビジネスを広げていった伯父さんがいらした。
安藤:そうなんです。私は伯父の家に遊びに行く感覚で、中学生のときから毎週土曜日に泊まりがけでボランティアをしていたんですね、3年間。
高校からはアルバイトができるので、お給金をちょっとずつもらいながらやっていました。
松浦:どんなお仕事を?
安藤:おむつ交換やトイレ、入浴、食事の介助、口腔(こうくう)ケア、レク(レクリエーション)、ご飯の支度、一通りなんでもですね。
〇お笑いと介護が同時進行
松浦:そちらで働きながら、お笑いのほうも始めていたんですか。
安藤:そうですね。漫才とかお笑いは16歳から始めたので同時進行というか、高校に行ってお笑いをやって、介護やって、みたいな、
松浦:お笑いと介護、ちょっと異色な組み合わせですよね?
安藤:そうかもしれませんけど、自分としては別に……。
こう言ったら不謹慎にも聞こえるかもしれないんですけど、どちらも好きでやった、というか、楽しんでやっていたので。
松浦:好きでやっていた。
お笑いも、介護もですか。
安藤:介護は大変とか、そういうイメージが付く前にその世界に行ってしまったこともあるかもしれませんが、今でも好きな仕事です。
あ、もちろん大変ですよ。
大変なときもあります。
けれど、介護は自分にとっては好きな職業ではありますね。
松浦:ずっと伯父さんの施設で働かれたのですか。
安藤:自分が19歳か20歳ぐらいのときにいったん伯父の施設から離れまして、ヘルパー2級の免許を取って、別の事業所で働き始めました。
それまでは障がい者の方がメインだったんですけど、そこからは深夜の巡回介護を。
在宅介護の利用者さんのおむつ交換と安否確認をするという。一晩で15軒ぐらい回っていました。
松浦:一晩で15軒。
安藤:はい、一晩で。期間は3年ぐらいかな。
夜間の安否確認やおむつ交換とかのケアって、やっぱりご家族の睡眠時間を削るじゃないですか。
それで、ヘルパーが入って睡眠時間を確保できるようにする、そういう仕事でした。
松浦:前作で書いたのですが、私も2年半、自宅で母の介護をしていたんです。夜間にそういうサービスを使ったことはなかったです。
ですのでちょっと立ち入った話を聞いていいですか。
それって例えば、その家のご家族から鍵を預かって入っていってという、ちょっとサンタクロースみたいなことをするわけですか。
安藤:そうです、そうです。
プレゼントの代わりにおむつを交換して差し上げる。
松浦:へえ! 改めて考えると、それってすごい話ですよね。
安藤:そうですよね、今思うと、というか、当時も思っていましたけど、もう信用問題じゃないですか、鍵を預かって夜中に知らない、赤の他人がおむつ交換に入ってくるのって。
めちゃくちゃハードルが高いと思うんですよ、他人に鍵を預けるというのって。
でもそこを信頼して任せてくれるというのはすごくうれしかったです。
松浦:僕自身は自分で体験したことしか知らないし書けないので、現場で介護の仕事を経験された安藤さんの本には「ああ、こういう仕組みを自宅介護を始めたときに知っていれば」と思わされることが多かったです。
8年前に出してほしかったですね(笑)。
安藤:すみません(笑)、でも自分もこの本では聞き役で、ずっと仕事をしていても知らないことはいっぱいあります。
今も勉強中で、現場にはいたけれど知識的なものはやっぱり欠けているところが多いので、いろいろ研修を受けている最中なんですよ。
松浦:今もやっておられるんですか。
安藤:今も、はい。勉強中です。
松浦:すごい。
安藤:いやいや。
〇家族で介護するのが大変なわけ
松浦:僕の経験からすると、介護のスタッフの方には、本当に大変なお仕事をお願いしてすみません、って頭を下げるしかなくて……。
安藤:松浦さんのご本には「これは仕事なのでどうぞ気にしないでください」というスタッフの言葉に救われた、と何度もお書きになっていますね。
松浦:そうですね。
基本的に皆さん、そういう対応をしてくださいますが、安藤さんはどうでしょう。
言い方が難しいですが、あれはご本心なんでしょうか。
安藤:もちろんいろいろな状況があるので、決めつけることはできませんけれど、でもやっぱり、ご家族だけで見るってすごく大変じゃないですか。
距離感が近すぎて。
松浦:いや、もうそうですね。きついですね。
安藤:そうですよね。
だからいい意味での「赤の他人」が入ることによって、利用者さんもご家族も、お互いに時間とか、気持ちの余裕ができたらなという意味で私たちはいると思っています。
ですので、別に何をされてもどんなことが起こっても、楽しくやっているから、自分は大丈夫ですね。
もちろんショッキングなこともありますし、大変なこともありますし、それで辞められる方もいると思うんですけど、でもそういう人ばっかりではないですし。
他の仕事だってそういう面はありますよね。ちょっと大きく言えば、すべての仕事は一緒だと思います。
松浦:なるほど、そういうことかもしれませんね。家族側に気持ちの余裕を作ってもらえるのは本当にありがたい。
安藤:分かります。
〇切羽詰まると暴力が出てくる
松浦:母の介護の1冊目で、自力で介護していた時期を振り返って恐ろしいなと思うのは、切羽詰まると最後は暴力が出てくるんですね。
安藤:ああ……。
松浦:母の認知症が進んで過食や妄想が出てきて、こちらも気持ちの余裕がなくなり「どうして母はこんなことができないんだ」と思うようになってしまって、「殴ったらどれだけすかっとするだろう」という気持ちが出てくる、という。
それを柔らかく受け止めて解消していかなくちゃいけないのですが、家族だと「どうして?」という気持ちが先に立つのか、なかなかできないんですよ。
安藤:自分の親がどうしてこんなことに、という感情は切り離せないですよね。
松浦:認知症になる前の元気なときを知っていますからね。
安藤:そうですね。衰えていく身近な家族を見るというのは、結構、覚悟というか、何でしょう。
気持ちの整理がつかないこと、ですもんね。
松浦:そうですね。まさにその通りです。
整理がつかないんですよね。
これが同じ人だとは思えないんだけれども……でも、同じ人なんですよね。
安藤:あのときはあれができていたのに、何で今、できないんだというのが怒りに変わっちゃうから、そこで他人が入れれば、そこはないじゃないですか。前を知らないから。
松浦:元気な頃を知らなくて、「今、ここに助けなければいけない人がいる」だけだから。
そうか。
〇プロに頼むのは「薄情」か
安藤:はい。だからプロの、専門家に介護を頼むというのは、別に甘えでも何でもないと思っています。
例えば今、私の母は元気なんですけど、もし母が認知症になったら絶対テンパると思うんですよ、自分でも。
松浦:うーん。
安藤:すごいテンパると思うし、たぶん感情的になるだろうし、何するか分からないなというのは想像がつくので、そうなったらプロに頼もうと思っています。
Y:ご自身が介護のプロでも、これは認知症という病気のなせる業なんだというのが分かっていても、やっぱりパニクりますか。
安藤:身内となったら、たぶん切り離して考えるのは大変だと思います。
でも「やっぱり家族の面倒は家族が見なきゃいけない」みたいな風潮があるじゃないですか。
別にそんな風潮、いらないのになと思いますけど。
松浦:そうなんですよね。なぜそうなるのかといえば、体験してない人には分からないからです。
まだ介護をしたことがない人は、普通に「家族が面倒を見るものだ」と思っている。
当たり前だと思っているし、それができないと「何て薄情な家族なんだ」と感じたりしてしまう。
安藤:薄情じゃないんですけどね。
松浦:自分がやってみて初めてはっきり分かりました。
薄情とか、そういう問題じゃないんだよ、って。
安藤:まして自分が働いていたら、ですよね。もちろん、ご家族で面倒を見られる方は見ていただいて全然いいし、でも、見られない場合だってある。
そちらのほうが普通かもしれない、ということで、薄情とは切り離してほしいです。
松浦:むしろ家族が面倒を見ることができないのが普通だという。
安藤:そうですね。もしかしたらご家族間の関係性も影響するかもしれないですね、ご家族の。めちゃくちゃ仲がいいか、めちゃくちゃ仲が悪くて、他人として距離を取れるとか。
いろいろなご家庭があるし。たぶん切り離して見られない人が大半だろうということでいいと思うんですけどね。
松浦:まったくその通りですよ。
安藤:そうですね。
実際に介護状態になった親に直面しないと分からないというか、まず、介護って考えるのを後回しにしがちじゃないですか。
その場になるまで動けないというか、想像がつかない。
松浦:というか、そもそも事前にそんな不愉快な事態は想像したくない。
安藤:そう、したくないですよね。
想像したくない。
本当はライフワークとして介護も入れてもらいたいんですけど。
松浦:ライフワークですか。
安藤:結婚から出産とかの流れの一つとして介護を。
出産はすごくおめでたい感じで楽しみにもできるでしょうし、見守っていけるけど、介護は、死に向かっていくという過程じゃないですか。
それをたぶん見たくないんでしょうね、皆さん。だから手を付けたくないんでしょうね。
松浦:死ぬことは避けられないから、「死」というのは何となくみんなイメージしている。
でもその前段階の延々と衰えていくプロセスは見たくない。
そして、長い衰弱のプロセスがあるかどうかはその人次第で、ない人もいる。俺の親は、俺は、そうならないと思いたい。
安藤:そうですね。死ぬまでの過程を想像したくないですよね。
松浦:ですよね。
〇笑いと涙でシミュレーション
安藤:赤ちゃんが立ったという成長は見たいけど、お父さんが立てなくなったという、死に向かっていく間って、どう気持ちを保っていたらいいのかという覚悟も必要だし、可能性を排除したいですよね、自分の親がそうなったら嫌だなとか、そうなんですよね。分かります。
自分は親の介護はまだしたことがないんですが、松浦さん、本でも書かれていますけれど、長いじゃないですか。
松浦:そうなんですよね。
この7月で8年が経過しました。
前の本ではグループホームに入れたところで終わっているんです。
だから変な話ですが、ラストは明るいんです。
「終わった」と思って書いているわけです。
けど、全然終わってなかったんですよ。
安藤:そうじゃなかったわけですね。
松浦:様々なケースがあると思いますが、うちは全然、「預けたらそれで終わり」じゃなかったです。
最初は落ち着いていましたが、そのうちに「脳梗塞を起こしたので緊急搬送します」と、入院・退院の繰り返しが始まって……。
安藤:何度も入退院を繰り返して。
松浦:行ったり来たりして。
そのあたりのお話もあまり読んだことがなかったので、n=1(サンプル例1)ですが、詳しく実体験を書いてみました。
皆さんのシミュレーターになればいいなと。
安藤:ホームの入居はおそらく多くの方がたどる道ですし、とても参考になりますね。
大変なお話なんですが冷静に書かれているので読みやすいです。
笑いどころが意外に多いのも個人的にはありがたい(笑)。
松浦:介護とお笑い、両方のプロの方にそう言っていただけるとうれしいです(笑)。