<習近平政権は「旧ソ連の崩壊は、1.政権内部の対立、2.経済崩壊、3.公共衛生大災害(チェルノブイリ)、そして4.軍統治の失敗が同時に起こったことによる。」と同じ轍を踏むか>
<共産党一党独裁権は、多数の小さな声の平民の味方か、または、大きな声の天子と側近優先政治か>
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2020.2.27(木)
福島 香織のプロフィール
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『中国絶望工場の若者たち』(PHP研究所、2013)、『中国「反日デモ」の深層』(扶桑社新書、2012)、『潜入ルポ 中国の女』(文藝春秋、2011)、『習近平王朝の危険な野望 ―毛沢東・鄧小平を凌駕しようとする独裁者』(さくら舎、2018)などがある。メルマガ「中国趣聞(チャイナ・ゴシップス)」はこちら。
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ところで、新型コロナウイルスが軍の「生物兵器」ではないか、という“噂”は医学誌「ランセット」(2月19日)に掲載された27人のバイオテクノロジーやウイルス学の専門家の声明で、今のところ否定されている。彼らはこの新型コロナウイルスの変異が人為的なものではなく自然変異によるものだという大量の証拠があるといい、このウイルスがバイオ兵器だという陰謀論が人類とウイルスの戦の足を引っ張るとして、強く非難した。
一方、この新型コロナウイルスがバイオ兵器かもしれないとしているのは、感染症の専門家ではなく、イリノイ大学法学部教授のフランシス・ボイル(ブッシュ政権時代、国際バイオテロ法などを起草)やダニー・ショーハム(バル・イラン大学タスパーク・サダト戦略研究センターで中国のバイオ兵器戦略を専門に研究)ら、法律学、戦略・地政学、インテリジェンス、安全保障学の専門家たちだ。ちなみに中国国内やロシア方面からは「米国の生物兵器説」も流れている。陰謀論というのは、とある事象が発生した後に生じる情報戦だと考えれば、イスラエルのインテリジェンスや親共和党系メディアが中国生物兵器説を流し、中露から米国の生物兵器説が流れてくるのは、当たり前の展開といえるかもしれない。
生物兵器かどうかは別として、実験室からヒューマンエラーで漏洩したウイルスの可能性は、いまのところ明確に否定できる根拠はない。
武漢の疾病コントロールセンターのラボと、何かと注目を集めている国家生物安全実験室の両方で、菊頭蝙蝠(きくがしらこうもり)から分離したコロナウイルスを使ったさまざまな変異の実験を行っていた。それは必ずしも遺伝子組み換えのような人為的変異だけではなく、蝙蝠(きくがしらこうもり)から鼠、鼠同士といった「自然変異が起きやすい環境」をつくって行うものもあったという。そして、この新型コロナウイルスの起源が菊頭蝙蝠(きくがしらこうもり)(生息地は雲南、浙江省などで湖北省に自生していない)であることは、中国華南理工大学生物化学工程学院教授の蕭波涛と蕭磊が初期に指摘している。
コロナウイルスの実験は、最も危険な病原体を扱えるBSL(バイオセーフティレベル)4ではなく、BSL2の基準で行われていたという説もある。
また米国の医療研究機関、スクリプス研究所の進化生物学者、クリスチャン・アンデルセンは感染者27人分の新型コロナウイルスのゲノム解析によって、この27人の感染したウイルスの同一の起源が10月1日にさかのぼることを突き止めている。
湖北省に生息していないはずの動物のウイルスから変異した感染源が10月1日以前に存在したとすると、その前に湖北省でどんな事件があったか、なかったかを見直す必要がある。すると、9月18日の武漢の天河国際空港で行われた解放軍による「新型コロナウイルス感染対策演習」の湖北日報の記事が見つかるだろう。
この演習は、10月18日から10日間、湖北省武漢で「軍事オリンピック」が開催されるにあたって、空港に開設される専用ゲートの警備、チェックを想定した訓練だ。
軍事オリンピックは109カ国9308人の軍人が一同に集まり、日ごろの訓練の精度を競技形式で競い合う。競技に必要な軍事物資、ライフルや弾薬などの武器が持ち込まれるので、空港のチェック体制は通常と異なる。このときにさまざまなトラブルが発生することを想定して、その対応を演習形式で行う。
たとえば「持ち込まれた荷物から基準値以上の放射能が確認された」「新型コロナウイルスに汚染された荷物が発見された」といったケースを設定して、軍の衛生・防疫部隊が出動し、瞬時に疫学調査、医学調査、臨時検疫区、隔離区設置、感染例確認、病院搬送、衛生処理などのマニュアルを実施する。
このとき、エボラや炭疽菌といったウイルスではなく「新型コロナウイルス」に対する防疫訓練をしていたことに、なにやら疑いをもつ人たちも少なくないわけだが、まさか本物のコロナウイルスを使って訓練したわけではあるまい。ただSARSのような「新型コロナウイルス」に関する研究が、軍内ではそれだけ重視され、解放軍にとって訓練対象にするくらい危険なウイルスだという認識だったともいえる。
起源が10月1日にさかのぼるならば、軍事オリンピック前なので、このイベントに参加した各国軍はちょっと肝を冷やしているかもしれない。
さて、解放軍内の感染問題がどれほどの深刻さなのかは不明だし、その責任は誰がどうとるのかも想像はつかない。
しかし、感染拡大防止の最前線にいて、かつ内部に感染を抱えている軍の動きは注視すべきだろう。
旧ソ連の崩壊は、1.政権内部の対立、2.経済崩壊、3.公共衛生大災害(チェルノブイリ)、そして4.軍統治の失敗が同時に起こったことによる。中国では前者の3つがすでに始まっている。解放軍が最後のトリガーとなるかどうか。