自然と神様に感謝
天と地の間に生きる私たち人間は、大自然のなかで育まれて生きています。
何ものかによって生かされています。
その何ものかは、言葉で説明することができない大いなる存在であり、
それを私たちは、「神」と呼んできました。
私たちを生かす万物の存在は”愛”の存在と云えるでしょう。
自然の中に、八百万の神が存在するとして太古から敬ってきました。
『自然』とは、神が、生命を慈しみ育む目的で、『自』らを『然(あらわ)』したものとも
理解できます。
日本人の祖先たちは、ただ、自分たちを生かす存在を神と崇め、
素直に感謝を捧げていたのです。
天地自然の「神」の働きは、人間だけに都合のよい愛情を期待しても
ムダになります。人間も家畜も生きとし生けるものすべてに平等です。
いつの頃からか人間は、その神に物心両面からの願いをしてきました。
お蔭信仰というエゴの願いをしてきました。
つまり、神を使役してきたのです。
たとえば、神社にお参りすることはいいのですが、お賽銭箱に
コインを投げつけて祈っている人のなんと多い事でしょう。
神様にお金を投げつけ、これで願いを叶えろ、という行為をしているのです。
こういう心掛けでは、神様も何もしてあげることができないでしょう。
そもそも、神様には、感謝だけを捧げるだけで良いのです。
いろいろあっても、「今、生かして頂いていることに感謝します。」という、
謙虚な気持ちで感謝を捧げることが大切なのです。
その心を取り戻し、日々の中で、仕事、子育て、料理、洗濯、
すべてに感謝しつつ生きていくことが、神様に愛されることになるようです。
絶対に、神様を自分の都合よく使うのは止めましょう。
生かされていることに感謝しましょう。
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