goo blog サービス終了のお知らせ 

極楽往生日記

 葬式無用、戒名不用。

エルガーとブリテンとブライアンとチェンチ家の人々の肖像

2008-02-14 | 英国音楽随想
英国音楽随想(08/02/14)
(第21回)






えー。ほぼ2年ぶりの随想ですが、せっかく久々に書くので
本日は刺激的な内容など。

たぶん日本語のネット上では初の話題なのではないかと。
(検索したけど見つからんかった)



っつーか誰も話題にしないよねこんな話はははorz



はい。今回はハーヴァーガル・ブライアンという キワモノ 英国作曲家の
「チェンチ家の人々」からのファンファーレのお話です。


金管アンサンブルをやっている人なら誰しも、
フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブルの名は聞いたことが
あると思いますが、数多い名盤の中に、ファンファーレ集という
アルバムがあります。


その中に、今回の

「チェンチ家の人々」からのファンファーレ

が入っているわけですね。


作曲者は前述のハーヴァーガル・ブライアンでして、
この人はギネス持ちの作曲家としても有名です。
ゴシック持ってないけど(-_-;)


で、このファンファーレは、ジョリヴぇやコープランド、トマジなどの
ファンファーレと一緒に収録され、6度和音(たぶん)の



さわやかー



な響きを醸し出しています。



影うすいですけど(-_-lll)




まぁ、そういうわけで、金管アンサンブルのCDを集めている
人間なら、普通に持っていて普通に聞き流す作品なのですが、
訳あってバルビ翁とフェリアーの関係を調べているとふと

こんなもの。

に出くわしました。

そーいやブリテンのルクレティアの凌辱って持ってないなぁ。
買おうとは思ってますが優先順位低いんですよね...

んでその中の

ゴルトシュミットの「ベアトリーチェ・チェンチ」に次ぐかもよ

がなんとなく引っかかったんですよね。
で、調べてみると、こんな話らしいと。
(この作品はブリテンフェスティバルの公募ために書かれたようですね)


 
チェンチ家事件の超略あらすじ(wikipediaより)

ベアトリーチェは貴族のフランチェスコ・チェンチの娘として生まれた。
父フランチェスコは妻と息子を虐待し、ベアトリーチェとは近親姦の関係にあった。
(注:ここで出てくる妻とは後妻のこと。実母である先妻は既に死亡。)

ある時父フランチェスコが別の罪で投獄されたが、
その時ベアトリーチェは頻繁に受ける虐待を当局に訴えた。

父フランチェスコは娘が自分を告発したことに気付き、
ベアトリーチェと妻ルクレツィアをローマから追い出し田舎の城に住まわせた。
ベアトリーチェ、ルクレツィア、そして2人の兄弟は、父親を亡き者にするしか
ないと決心し、父親を金槌で殴り殺しバルコニーから突き落とした。

ベアトリーチェは事故だと主張したが、誰も事故とは思わなかった。

不審に思った警察は事件の真相を調査し始め、ベアトリーチェたちは
逮捕され死刑を宣告された。

一般のローマの人々が殺人の動機を知って裁判所の決定に抗議したため
処刑は短期間延期されることになったが、ローマ教皇クレメンス8世は全く
慈悲を示さず、ベアトリーチェたちは処刑された。

ベアトリーチェの遺体はサン・ピエトロ・イン・モントリオ教会に埋葬された。



ははぁ。えらく残酷な....


というわけで詳しい内容はリンク先を読んで頂くとして、どうもあの
さわやかなブライアンのファンファーレは、とても悲しく残酷な
物語を内包したものだったみたいです。


ところでこのブライアンのチェンチ家の人々ですが、
パーシー・ビッシー・シェリー戯曲?を下敷きにして
いるようです。

シェリーと言えば とぅーとぅーとぅましぇり(ry エルガーの
交響曲第2番の冒頭に掲げられた喜びの精霊の詩の作者として
(ごく一部では)有名ですね。


ベアトリーチェ・チェンチの肖像を眺めながら、
英国芸術界の切片をなんだか垣間見てしまったような気分に
なってしまったのでした。






追伸:
レーニ作の肖像画がフェルメールの某有名作に似ていると
思ったのはどうも私だけではないようです。



そしてベアトリーチェ・チェンチの義理のお母さんもルクレティア。



ついでにもう一言。チェンチ家の人々-ブライアンで検索するともう
このページが一位になってるさー速いねゴッゴル。





エルガーの交響曲第2番(第2回)

2006-01-16 | 英国音楽随想

英国音楽随想(06/01/16)
(第20回)





エルガーの交響曲第2番は前にも(第1回)取り上げましたが、
この曲にはまだたくさん触れたい場所が残っています。


前回は終楽章のラスト「天使の告別」の場面を取り上げたのですが、
実はこのシーンが出てくる前に、大きなポイントがあります。

金管楽器が「みbそーふぁれ/どーしbー」(/は小節線)
と吹くところですね。(in C なお上掲右写真はin Bb)

たぶん、ここがこの交響曲全体を見て最大の山場です。ただし、
精神的な山場ではなく音量的なものですけれど。もちろん精神的な
山場は前述の「天使の告別」の場面ですね。

エルガーはこの音量的な山場を不自然なくらい「さらっと」書いて
います。本当ならこの音型が出る小節の冒頭にティンパニの一撃が
あってもおかしくないのですが、実際にはこの音型が収束する瞬間に
ティンパニのロールが書かれています。そしてこの山場が過ぎると、
旋律は弦に移り、曲は誰にも気付かれることなく激情を冷まして
行きます。
(なお交響曲第1番はさんざん盛り上がった後、結尾直前にとどめの
 ティンパニの一撃が書かれていますね。これを柔らかいバチで
「どよん」とか叩かれるとティンパニ奏者をしばきたくなります。)


実は私がこの曲を好きになる前、この終楽章はとても物足りなく
感じていました。交響曲第1番であれだけスカッとさせてくれた
のに、なぜこの曲にはそれがないのかと。

前の記事で触れたように、バルビローリの旧録を聴いて悟った後、
銀座のヤマハ?でオイレンブルクのスコアを購入しました。
そしてアナリーゼを行った後、上記の部分こそが曲中の(音量の)
山場であると結論をとりあえず出して、なぜこの部分を指揮者は
強調しないんだろうとしばらく思っていました。

んが。

実際にそれをやった指揮者がおりましてん
(誰だったかは失念。リタルダンドかけてました。
でもそれを聴いたとき、

「あれ?」

感動しなかったんですよね。
なんというか、くどいというか。

それで、再度考えるハメになりました。
この曲はどういう曲なのかと。


人生って、「今こそ栄華の時」という瞬間は、その真っ只中に
いるときはわからないですよね。これでもかこれでもかという
くらい幸せが訪れて、「これをなくしたくない」なんてあまり
思いません。それが続いていくものだと思いがちです。

そして、気がついたときには、もうそれは遠い過去になっている。
覚悟していなければ、過ぎ去ったことを受け止めることもできない。


だからこの音型は、最大音量であっても何事もなく
通り過ぎなければならないんじゃないでしょうか。
決して、今こそ至福の時、と思わせずに。

ちょうど人生がそうやって過ぎ去っていくように。

私は、この部分をむさぼるように聴きます。
一音たりとも聞き逃すまいと。






セレナード

2005-12-29 | 英国音楽随想


英国音楽随想(05/12/29)
(第19回)


早いもので今年ももう暮れです。
今年は仕事の上でも演奏活動の上でも多忙でしたので、
こちらのブログもしばらくお休みみたいな格好になって
しまいました。

まぁ、日頃の日記は極楽往生日記の方へ書いてあるので、
ネット落ちしてたわけではないのですが。

今年最後に、せめて一つくらい英国音楽について書いて
おこうと思いまして、久しぶりに棚を漁りました。
どうも時間が最近とれないので、どうしても聴くのは
小品が多くなるのですが、よく聴きたくなるのがこの
ブリッジの作品集です。

前半はそこそこサイズの組曲が収められているので、
小品集というわけではないんですけど、どれも肩の
凝らない、魅力的な小品ばかりです。

そしてこのCDをなぜ小品集ぽく感じるかというと、
このアルバムの中でよく聴くのが、後半の4つの小品
だからです(笑

その中でも特に、最後に収められている「セレナード」は
少しチャイコフスキーの花のワルツのような優雅さを湛え
ながら、でもあの英国音楽特有の切なさみたいなものを
備えていて、疲れているときなどにほっと一息つけます。

このアルバムは某好奇堂のご主人の著作を読んで買った
のですが(ていうかうちの英国音楽CDはそんなのばかり
ですが)、中でも買ってよかったなと思えるCDです。

ブリッジはそんなに追っかけている作曲家というわけでは
ないのですけれど、ディーリアスの小品などと同じように
気がつけば聴きたいと思わされている小品がいくつかあって
どうにも困りますね(困ってないけど)。


さぁ、今年もあと2日。
みなさん今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いしますm(_ _)m



天路歴程

2005-04-11 | 英国音楽随想

 


英国音楽随想(05/04/11)
(第18回)


日曜日に、中古CDフェア?に行ってきました。
某ホールにて3日間開催されてたのですが、日曜日は中日だったので、
もうめぼしいものはないかなぁと思いながら行ったんですが。


ありました。


RVWの「天路歴程」です。


BBCクラッシックで昔出ていたヤツで、(確か)もう廃盤になってたん
ですよね。仮面劇の「ヨブ」とカップリングのヤツです。

オケは当然BBCで、指揮はヨブがハンドリーで天路歴程がグローヴズです。
天路歴程は、交響曲第5番の姉妹作品(?)ですし、かなーり気になってました。

リヒャルトのヒデオの生涯や、エルガーのミュージック・メーカーズでは
ないですが、曲中に作曲者の自作がなんとなくエコーするのでも有名ですね。
(わたしはあんまりわかりませんでしたが。チューバコンチェルトっぽいところは
 あったような気がするようなしないような...)


感想です。


うむ。買ってよかったのじゃ。

冒頭から深いサウンドで、RVWを聴いてる~ってキブンになりますね。
途中金管が絶叫調ですけど(そのくせまた微妙にそろってたり)、イキオイがあって
退屈するよりいいです。RVWはそつなくまとめるとつまらんですし。
(だからバルビの振ったRVWの8番が好きなんですよね。)

...そういえばここでRVWをとりあげるのって初めてのような気が...(-_-lll)


P.S.そのほかに、ブラスバンドのCDが一枚あったので買いました。
  グレグソンのチューバコンチェルトや、ラングフォードのコルネットソロ作品が
  入ってるCDです。(写真左下)

  それから上の方に写ってるのは、ミュンシュの箱モノです。
  ミュンシュ好きなので、「うわ、ほすぃ~!」て思ったら、欲しい曲は軒並み
  バラで持ってました...
  (オネゲルの1番、2番、5番、ルーセルの3番、4番等) 





風邪のジャクリーヌ

2005-02-26 | 英国音楽随想


英国音楽随想(05/02/26)
(第17回)


「かぜ」って打って変換したらこれが出たのでほっときます(笑


強いって、どういうことなんでしょうね。

ジャクリーヌ・デュ・プレお嬢さんが弾いた、エルガーの
チェロ・コンチェルトは、英国音楽好きには非常に身近な一枚な
わけですけれど、


人の強さについて考えていたら、キーファを思い出しました。


ってこれだけ書いても事情を知らない人はさっぱりだと思うので、

英国のチェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレ女史は、英国では
「聖女」と言われたりするくらい国民的英雄です。現在も活躍中の
指揮者であるダニエル・バレンボイム氏を夫として活躍していましたが、
多発性硬化症という難病に若くして罹り、長い闘病生活の末亡くなりました。


で、デュ・プレお嬢さんのお姉さんはフルート吹きで、旦那は作曲家の
ジェラルド・フィンジの息子さんであるクリストファー・フィンジさん
(愛称:キーファ)だったわけなんですが、デュ・プレ嬢は精神的な不安
から、ねえちゃんの旦那であるキーファに、性的関係を求めてしまいます。
(で、しかもねえちゃんはそれを許してしまう。)


精神的に不安定になると、誰もがどこか頼る場所を求めます。
(あたりまえです。
デュ・プレ嬢には、それがキーファだったんでしょうね。
殴ろうが、喚こうが、暴れようが、
そのまま受けとめてくれるような場所が欲しかったんでしょう。


でも、意外にないんですよね。そういう場所。
けっこうみんなジブンのことで手いっぱいですし。
(今までそういう場所が足りてた時代もないとは思いますが


たとえ一瞬でも心に安定があれば、その先が全然違うんですけどね。




ウォルトンのリチャード3世

2005-01-12 | 英国音楽随想



英国音楽随想(05/01/12)

(第16回)最近これを聴きながらよく仕事をしてます。


写っているCDは、ウォルトンのオーケストラ作品をブラスバンド
(=金管バンド)に編曲して演奏しているものです。

なんでこれをよく聴いているかというと、


ただフラッシュメモリの
空きにちょうど入る。



からだったりするんですが(冷汗;

それにしてもやっぱりウォルトンの映画音楽シリーズはかっこいいです。
ヘンリー5世とか、リチャード3世とか、ハムレットとか。

そういえば、リチャード3世の序曲に泣かせる旋律が出てきますが、
ウォルトンの行進曲系の曲は、トリオの旋律の和声進行がよく似ていて
結構笑えるんですよね。(でもやっぱり泣かせる


ウォルトン節とか言われたりします。


☆ウォルトン節の例
・バトル オブ ブリテンの序奏、マーチとジークフリートミュージック
・戴冠式行進曲「宝玉と王の杖」←有名ですね。(私の中では
・英語諸国民の歴史のための行進曲

これ、どれ聴いても印象同じです。はい。(笑






エルガーの歌曲

2004-09-02 | 英国音楽随想


英国音楽随想(04/09/02)

(第15回) 実は、エルガーの歌曲集の楽譜を持っています。
ここらあたりは確かにマニアだと言われても仕方がない気もします。

 時々思うんですよね。RVW(=レイフ・ヴォーンウィリアムス)の「旅の歌」
の楽譜を眺めながら、「この楽譜って日本に何冊あるんだろう...」って。(笑

 別に希少価値にほくそ笑んでいるわけではなくて(このほくそ笑み、って言葉も
たいがいヘンな日本語ですけども。だってほくそが笑ってるんですよ?)、むしろ
流通していないことへの悔しさというか。日本国内の店頭で見かけることはほとんど
ないですし、まぁ恐らく置いておいてもまず売れない(悲)。

 でもCDでは、まだこの「旅の歌」は恵まれているでしょうね。少なくともうちには
2枚ありますし、なにしろブリン・ターフェルの国内盤が出てゐる。
(廃盤だったりして)

 このターフェルの英国歌曲集と、ボストリッジの英国歌曲集は、国内盤が出ましたので
大変助かりました。主要な英国歌曲の歌詞を訳さなくてすみましたから、もっとマイナー
な作品に目を向けることができます。って暇はないのでいつになるやら。フィンジ曲/
ハーディ詞の「大地と大気と雨」とか、訳したいなぁとは思っているのですが。


 で、前フリが大変長くなりましたが、エルガーの歌曲です(笑

 実は、エルガーの歌曲だけで埋められたCDを見たことがありません。
実際に作曲された曲数からして、おそらく何枚組かの全集くらい出ていると思うのですが。
全集でなくとも良さそうな曲だけを選んで1枚のCDに収めてもよいですし。そもそも、
あの旋律の美しいエルガーですよ?歌曲なんてめちゃめちゃ良さそうじゃないですか!

 まぁ、そういう事情で、ロンドンに行ったときにCDは見あたらなかったので、替わりに
楽譜を(確かブージー&ホークス本店で)買ってきたわけです。

 帰国して、楽譜を開いて、演奏。

 
 ん?


 やけにあっさりさっぱりしてるような...

 うーん。CD出ないかも...(微笑


 なんてことを言っていたらバチがあたりそうです。どなたかよいCDをご教示頂ける事を
切に切望します(=腹が腹痛、頭が頭痛)。

 いえほんとに(笑




ボールト翁の「序奏とアレグロ」

2004-08-21 | 英国音楽随想


英国音楽随想(04/08/21)


(第14回) エルガーを聴くとき、私はバルビ翁の演奏を聴くことが多いです。

 それは、やはりあのバルビ翁の全身全霊をかけた弦の響きを聴きたいからなのですが、そういう事情で、エルガーの「序奏とアレグロ」はいつもバルビ翁の演奏で聴いていました。

 そして先日、またいつものように「序奏とアレグロ」を聴こうと思ってCD棚に行くと、ふとボールト翁がBBC交響楽団を振ったCD:「イギリス管弦楽傑作集」が目にとまりました。9月4日アルバートホールでのライヴですから、当然プロムスでの録音ですね。このCDは買ったときに一度聴いて、いいなとは思ったんですが当時の居宅が大きい音を出せない家だったもので、それ以来聴いていませんでした。

 久しぶりに違う演奏を聞こうと思って、プレーヤにかけましたが、

    あれ?

 この曲こんなに美しい曲でしたっけ???

 バルビ翁の太くつき進んで行くような演奏とはまた違って、はかなげできらきらして、それでいてしっかりした音運び。そして大団円後、最後に一音だけピチカートで「ぽんっ」と弾く音も、いつも「なんでこんな間抜けな終わり方にしたんやろ?」と思っていましたが、ボールト翁の演奏は、まるで夢から覚めるときの合図のように、「ぽんっ」と潔く弾き、一瞬の静寂のあと観客からの盛大な拍手が。

 ボールトってこんなに凄い指揮者でしたっけ???(阿呆

 エルガーの交響曲はいつもバルビ翁の演奏で聴いていますが、今度改めてボールト翁の演奏を聴いてみようと思います。

 やるなぁ。ボールトおじちゃん(笑




エルガーの「ピアノ五重奏曲 イ短調」

2004-08-21 | 英国音楽随想



英国音楽随想(04/08/21)

(第13回)夏になってもあいかわらず忙しく、すっかり月記に...

 ばぁちゃんが死んで、もう3年になります。

 3年前のちょうどこんな暑い夏の最中(さなか)でした。

 私が大学進学のため実家を離れ、大学4年間の間音楽活動に明け暮れてさっぱり実家に帰らなかったため、ばぁちゃんにはいつもほとんどあえずじまいでした。
 大学4回生の頃、お盆に実家に帰省(1日だけ)して、諸々の事情のため松山へとんぼ返りをすると、いつものように実家から送られてくる食料(!)の詰まったダンボール箱の中から、一通の手紙が出てきました。


 ばぁちゃんからでした。


 「○○○○○にあえなかつた、$#%#@&%$&・・・からだに・・・云々」
 ...いや、ばぁちゃん、読めんて(泣笑

 そして大学を卒業すると、松山に就職した私は、仕事が忙しいこともあり、相変わらず実家にはほとんど帰れない日々が続きました。

 その頃、ばぁちゃんのぼけが始まりました。

 実家に帰ってばぁちゃんに「ただいま」とあいさつすると、「どちらさまですか?」と返される始末。当然この時点で家族の中で忘れられているのは私一人(笑)。しかし、そのうち次々と忘れられ、最終的には何人覚えていたでしょうか。几帳面で厳しかった性格は、温和と我儘をいったりきたりするようなお天気屋さんになり、私の中では、すでにそれは私の知っているばぁちゃんではありませんでした。(そもそも忘れられてるし)

 ある夏の日、ばぁちゃんはあっけなくじぃちゃんの許へ行きました。

 その連絡を聞いて、私はCDの棚から迷わずにエルガーのピアノ五重奏のCDをとり、2楽章のアダージョをかけました。戦争中にじぃちゃんと死に別れたばぁちゃん。長女を疎開先でなくしたばぁちゃん。ひとりで兄弟二人を育てたばぁちゃん。幸せでしたか?

 僕らは、今、幸せです。

 

 実家に帰ると、今でもばあちゃんは嬉しそうに笑っています。

 そして、今日もまた私は エルガーのピアノ五重奏曲の2楽章を聴いています。





ブリテンの「戦争レクイエム」

2004-06-29 | 英国音楽随想



英国音楽随想(04/06/29)

(第12回)前回から1ヶ月以上開いてしまいました。

 この作品は、大学の頃、カタログで知ったんですが、近所のCD屋に置いてあるはずもなく、悶々としていました。その頃同じ大学のオケでObを吹いていたO君がイギリス音楽オタクだと聞いて、おそるおそるお伺いを立てに行きましたが、残念ながらRVWのObコンチェルトしかお持ちではありませんでした。(それでも当時としてはずいぶん変わり者でしたが)

 結局、お年玉を貰って、「聖チェチーリアのために」を買った件のCD屋さんに買いに行き、無事手に入れたように記憶しています。そして、当然ながら自作自演盤です。

 私にとってこの作品の最大の魅力は、やはり「怒りの日」(=ディエス・イレ)の部分です(ありきたりですが)。トロンボーン、ホルン、そしてトランペットの邪悪なファンファーレに導かれて始まるこの章は、4分の5拍子を基調とした合唱によって歌いだされます。そして、バリトンソロが「ビューグルは歌った~」と歌いだす静寂な部分を挟み、ソプラノ、テノール各々の歌唱を経て、再度4分の5拍子で怒りの日が回帰します。この怒りの日の回帰の瞬間は、いまでも鳥肌が立ちます。

 もう一箇所、鳥肌が立つ場所があります。

「我を赦したまえ」(=リベラ・メ)に入り、ひとしきり合唱が歌った後、突如スネアドラムが乱入してきます。もし皆さんがスコアをお持ちなら、練習番号の110からですね。ここから急速に曲想は緊迫の度を増し、前述「怒りの日」のファンファーレを再現した後、この大曲最大の山場がやってきます。分析してしまえばただのGmolの和音なのですが、

 これがなんと凄絶に響くことか。

 この山場を過ぎると、曲は急速に静まっていき、まるで彼岸にいるような不思議な雰囲気に没入していきます(歌詞では戦場から脱走して、地下道に入るところですね)。歌詞は、未だに私には完全に理解できたわけではありませんので、コメントは差し控えます。

 そして、最後には「さあ、みんな、眠ろうではないか」の歌声と共に、曲は大編成の静けさの中に溶けていき、不思議なコラールの響きは、Fdurの和音に収束していきます。

 この曲は、他にもCDを持っていますが、やはりこの自作自演に戻ってしまいます。
この演奏には、きっと何かが棲んでいるに違いありません。






アイアランドの「海熱」

2004-05-22 | 英国音楽随想



英国音楽随想(04/05/22)

(第11回)書きたいネタはありますが、ちょっと暇がないので日記より転載です。

現在、トップ頁に掲載している、メイスフィールドの詩に、
アイアランドが曲をつけたものです。(掲示終了)

この曲は、ブリン・ターフェルが出したイギリス歌曲集に入っていたことで知りました。
まあ、お目当ては下記のシュロップシャーの若者だったのですが。
あと、山尾先生の著書でも触れられていました。

 このターフェルのアルバムはとてもお買い得です。歌はうまいし曲目はいいし。
(シュロップシャーとブリードンの丘が両方入ってますし。)。
 特にアルバムタイトルになっているRVWの「放浪者」(=Vagabond)とこのアイアランドの「海熱」(Sea-fever)は、ターフェルのキャラクターに合っていて無骨なよい味を出しています。(逆にバターワースはちょっと男っぽくて怖いです。でも名唱。)

 それから、歌曲を続けてとりあげたのでふと思ったのですが、英国歌曲はどうしても国内盤が出にくいので、歌詞の日本語訳が手に入りにくいです。このターフェルのアルバムは国内盤でも出たのでこのアルバムの曲の日本語訳はわかりますが、たとえばフィンジのハーディ歌曲集(CDで2枚組...)などはきっと一生国内盤は出ないでしょう。(出たりして〔笑〕)そうすると自分で訳す以外に方法はないわけです。(まあ、中央大学出版のハーディ全集を買うという方法もありますが...)

楽しみが増えていいような、悪いような...





バターワースのシュロップシャーの若者

2004-04-24 | 英国音楽随想



英国音楽随想(04/04/24)

(第10回)ホームページの冒頭に、1曲目の歌詞の全文を載せています。
(本文下に移動しました。)

この曲は、ハウスマンの詩集「シュロップシャーの若者」から6編を選んで、バターワースが曲をつけたものです。バターワースという作曲家の名前を聞いたことがない人が多いと思われますが、たまにイギリスのシューベルト、なんて例え方をされたりします。

そして、この作品はバターワースの代表作です。
もっとも、その作品数は僅かなものですが。

この曲は、正式には「 Six songs from A Shropshire Lad 」といいます。
曲目は、

1)木々の中で最も愛らしい桜
2)わたしが21だったころ
3)瞳をのぞきこまないで
4)もう物思うな、若者よ
5)幾百といる若者のなかで
6)うちの馬はちゃんと耕しているだろうか?     (訳:じぃ様)

その名のとおり、以上6曲から成っています。

どれもとてもせつない曲なのですが、とりわけせつないのが、1曲目の「木々の中で最も愛らしい桜」です。

冒頭のつぶやくようなピアノ、そして囁くように入ってくるバリトン、

曲をお聴かせできないのがもどかしいです。

私は高校の頃、この曲をカタログで知って、どうしても聴きたいなと思っていました。そして、FMでこの曲が流れることを知り、タイマー録音にてやっと入手。実はその時のテープが現在行方不明で、誰が歌っていたのかわからないのですが、とても美しい声の持ち主でした。あのテープ出てこないかなぁ。

今は、ランス・ベーカーの編曲によるオーケストラ伴奏版も出ています。
オケ伴のCDもでています。歌はステファン・ヴァーコーです。素晴らしいです。

この曲も、先年ロンドンに行った時楽譜を見つけて買いました。
そして、ピアノ伴奏にてコルネットで吹いてみました。
「....」
やっぱりだめですね(笑)。せめてクラリネットならよかったんでしょうが。
さすがに雰囲気ぶちこわしです。あ、フリューゲルならいいかな?
この曲もなんとかして死ぬまでに一度は演奏してみたいです。


 
Loveliest of Trees

Loveliest of trees the cherry now
Is hung with bloom along the bough
And stands about the woodland ride
Wearing white for Eastertide.

Now of my threescore years and ten
Twenty will not come again
And take from seventy springs a score
It only leaves me fifty more

And since to look at things in bloom
Fifty springs are little room
About the woodlands I will go
To see the cherry hung with snow.

A.E.Houseman“A Shropshire Lad”




※04/12/14追記

以下拙訳。



最も愛らしい木々

今 木々の中で 最も愛らしいのは桜だ
その太い枝に沿って 花がしなだれかかり
復活祭のため 森の乗馬道のまわりに
純白を纏(まと)って佇(たたず)んでいる

私も今や七十になった
二十の頃は もう戻りはしない
過ぎた七十の春から 二十を引き去っても
そこには五十といくらか残るだけ

咲き誇ったのを見て以来
五十の春など僅(わず)かな間だった
おお 森へゆこう
雪にしなだれた桜を見に





※註
score:20(なぜかこういう意味になる...
threescore years and ten:70歳(=人間の寿命)
→これは、こちらでも触れられている通り、聖書の言葉の引用です。
ちなみに、3×20+10=70ですね。


実は、この詩の他人の訳はちらっと見たことがあったんですが、意味がさっぱりわからんかったとです。(ん?
今回ジブンで訳してみてようやくわかった気がします。
2段落目までは訳せさえすれば意味がわかりますが(それがまた語句を知らなければやねこいんですが)、3段落目は「は?」てな雰囲気です。


要するに、咲き誇った桜の花に 二十歳の頃の自分を重ねているんでしょうね。
だから、「things in bloom」とぼかしているんじゃないでしょうか。


どうして1段落目では桜が咲き誇っているのに、3段落目では雪を被っているのか。
きっとその雪を被っている姿を、自分に重ね合わせるためでしょう。





ホルストの第1組曲

2004-04-08 | 英国音楽随想



英国音楽随想(04/04/08)

(第9回)この曲を取り上げるのはもう少し後にしようかなと思っていましたが、ふと、自分にとって一番思い出深い英国音楽とはなんだろう?と考えた時、最初に思い浮かんだのがこの曲だったので、取り上げることにします。

 ホルストの第1組曲といえば、その筋の皆さんにはすぐ、「吹奏楽のための第1組曲 変ホ長調」であることはご理解頂けることと思います。この曲は恐らく、「惑星」についで有名なホルスト作品でしょう。

 そして、「惑星」とのギャップはあまりに激しい。とされています。さらに、「惑星」が突然変異的な作品であり、この第1組曲のような地味な作品こそがホルストの本来の作風である、とされているようです。


 つまり、
地味な田舎の姉ちゃんが化粧をしてCMに出たらバカ売れした。


ということなのでしょう(違

 私自身は、地味派手な第1組曲や、第1合唱交響曲、ムーアサイド組曲などの作品のファンです。(木綿のハンカチーフ♪みたいですね)

 曲の解説などする気はさらさらありませんので致しませんが、どうしても触れておきたいことがあります。

 この曲、現在ブージー&ホークスから出版されていますが、手に入るのは、コリン・マシューズ(惑星の「冥王星」を先年ケント・ナガノの委嘱で描いた人です。)監修版です。

 もともとこの曲は、Bbコルネット、Bbトランペット、Bbビューグル(フリューゲルで代用)各2パート(div有)で書かれているのですが、よりによってマシューズ改訂版ではビューグルパートをカット、なおかつコルネットパートを書き換えています(ホルストの第2組曲でも茫然とするような書換がありますが、それはまたいずれ)。

 なんたることでしょう。ホルストはトロンボーン奏者でもありましたから、金管楽器の扱いは達者でした。実際に監修前の楽譜は、大変美しいトランペット属の書法であり、なぜ書換の必要があったのか甚だ疑問です。確かに現在ビューグルを使うことは稀ですが、それは奏者や指揮者の選択の問題であって、楽譜を書き換える必要はないでしょう(ビューグルパートをコルネットかトランペットで吹けばよいのですから)。

 いつか原曲通りの楽器で作品を再現することを夢見ている私としては、非常に残念でなりません。原曲が流通しないということは、それだけ原曲の楽器用法を知る人間が少なくなるということですから。

 巷ではあまり評判の良くないマシューズさんの「冥王星=Renewer」ですが、私自身はわりと好きだったりします。ですから、このいただけない第1組曲改訂版は引っ込めてほしいなぁと思っていたりします。

 曲以外の話が長くなりましたが、1曲目の「シャコンヌ」はいつ演奏してもいい曲だなぁと感じます。ただ、コルネットパートをトランペットで演奏してしまうと、一気に興ざめしてしまいます。響きが違うからでしょうね
(というわけで皆さんコルネットを買いましょう)。

P.S.原曲の楽譜がもっと流通することを切に願ってやみません。




フィンジの5つのバガテル

2004-04-01 | 英国音楽随想



英国音楽随想(04/04/01)

(第8回)この曲とは、結構長い付き合いです。

初めてこの曲を聴いたとき、私は愕然としました。
「どーれーみーふぁーそーらしどーそー」

  ・・・
 正直言って、「物には限度があるぞ」と思いました。当時から曲を少しずつ書き始めていた私は、どうしてもこの冒頭のハ長調の音階が許せずに、すっかりこの曲を食わず嫌いになりました。

 そして、大学に入ってから、先輩にストルツマン(Cl)がギルドホールを従えて録音した演奏のCDをもらいました。その時もかれこれこの曲をこき下ろしたような覚えがあります。

 しかし、せっかくもらったのですから、聴かなくては損だと思い、とりあえずCDをスタート。
「どーれーみーふぁー~」
「(低音)どーっ、どーっ、どーっ~」

  ・・・
 クラリネットとピアノ伴奏のこの曲を、アシュモアがピアノの部分を弦楽合奏に書き換えているのですが、冒頭はよりによってコントラバスにドの音を連発させ、さらに恐ろしいことになっていました。(いまだにここだけはもうちょっとなんとかならなかったのかと思います)

そして、4曲目にさしかかった時、思わず耳を疑いました。

  なんと美しいメロディ。そして弦のアレンジ。

 ほんの数分の曲で、すぐに快活な終曲に入りましたが、終曲はほとんど耳に入らず、5つのバガテル全曲が終わった時点で、直ちに私的アンコールがかかりました。

 高校の頃からピアノ伴奏版は持っていましたが、こんな美しい曲だとは思っていませんでした。いままでちゃんと聴こうとしなかったことを後悔したのはいうまでもないですね。

 この曲は結構演奏される機会の多い曲ですが、当然弦楽伴奏による演奏はまずないです。いつか聴いてみたいですね。私自身もいつかなんらかの形で4曲目だけ演奏してやろうとたくらんでいます。

 ちなみにらっぱで吹いたら雰囲気ぶち壊しです(笑涙)





フィンジの「聖チェチーリアのために」

2004-02-16 | 英国音楽随想



英国音楽随想(04/02/16)

 (第7回)私がこの作品に出会ったのは、私が高校生の時でした。

 今は亡きダイイチ(現デオデオ)の広島本店には、当時結構大きなCDショップが入っていました。盆や正月になると、ためこんだ小遣いを持って電車に乗り、広島のダイイチやヤマハ広島店で散財して帰るというのが当時の習慣になっていました。

 正確にいつだったか定かではありませんが、ある年いつものようにダイイチでワゴンセール(当時ダイイチでは輸入盤をワゴンに入れて安売りしていた)で目を皿のようにしてCDを漁っていると、パステル調の美しいCDジャケットが目に飛び込んできました。

 それがデッカ/ロンドンのBritish Collectionシリーズでした。

 このシリーズは、ショルティ指揮のエルガー1,2番、ボールトの惑星、マリナーのディーリアスなどを、黒地の枠にパステル調の絵をあしらったジャケットに入れて販売しているものでした。

 ワゴンをかれこれ1時間くらい漁って、ブリテン自作自演の春の交響曲と、この聖チェチーリアのために(カップリングはディエス・ナタリス他 ヒコックス/ロンドン響)の2枚が購買候補に挙がり、結局迷ったあげくに、フィンジのみ買って帰ったのですが、帰ってからCDを聴いて、「おー、カッコえーファンファーレで始まるなあ」なんてことをつらつら思いつつ最後まで聴き、次の日から毎朝聴くようになりました。

 そして、今ではさすがに毎日は聴かなくなりましたが、愛聴盤であることに変わりはありません。しかし、当時はこの曲がメジャーな曲であるかどうかには大変無頓着だったのですが、実はいままでン年生きてきましたが、1度も他人の口(筆?)からこの曲の噂を聞いたことがありません...。

 フィンジの作品といえば、どうしても5つのバガテルやクラリネット協奏曲の話題が主になります。もちろんこれらの曲もとても好きですし、よりこれらの作品の方が「フィンジらしさ」がよく出ているような気がします。

 それに比べて、「聖チェチーリアのために」はこれらの「憂い」を含んだ曲に比べて、「さわやか」です。なにしろ私が自分の結婚式のケーキ入刀の音楽に使ったくらいさわやかです(マニアの先輩に「あの曲なに?」とつっこみを喰らったのはいうまでもありません)。まだカップリングのディエス・ナタリスのほうが「憂い」がありますし、話題に上ることが多いですね(泣)。

 先年、ケーキ入刀でこの曲を使ったすぐ後、ロンドン等へ新婚旅行へ行きました。そのときブージー&ホークス本店にてこの曲の合唱譜(オーケストラパートがピアノ用になっている)を見つけました。

 速攻で買って帰ったのはいうまでもありません。
(でもオケ版が欲しかった...)

フィンジ縛り掲示板でも作りましょうかね。
なお、The British Collection 菟集継続中。