英国音楽随想(08/02/14)
(第21回)

えー。ほぼ2年ぶりの随想ですが、せっかく久々に書くので
本日は刺激的な内容など。
たぶん日本語のネット上では初の話題なのではないかと。
(検索したけど見つからんかった)
っつーか誰も話題にしないよねこんな話はははorz
はい。今回はハーヴァーガル・ブライアンというキワモノ 英国作曲家の
「チェンチ家の人々」からのファンファーレのお話です。
金管アンサンブルをやっている人なら誰しも、
フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブルの名は聞いたことが
あると思いますが、数多い名盤の中に、ファンファーレ集という
アルバムがあります。
その中に、今回の
「チェンチ家の人々」からのファンファーレ
が入っているわけですね。
作曲者は前述のハーヴァーガル・ブライアンでして、
この人はギネス持ちの作曲家としても有名です。
ゴシック持ってないけど(-_-;)
で、このファンファーレは、ジョリヴぇやコープランド、トマジなどの
ファンファーレと一緒に収録され、6度和音(たぶん)の
さわやかー
な響きを醸し出しています。
影うすいですけど(-_-lll)
まぁ、そういうわけで、金管アンサンブルのCDを集めている
人間なら、普通に持っていて普通に聞き流す作品なのですが、
訳あってバルビ翁とフェリアーの関係を調べているとふと
こんなもの。
に出くわしました。
そーいやブリテンのルクレティアの凌辱って持ってないなぁ。
買おうとは思ってますが優先順位低いんですよね...
んでその中の
>ゴルトシュミットの「ベアトリーチェ・チェンチ」に次ぐかもよ
がなんとなく引っかかったんですよね。
で、調べてみると、こんな話らしいと。
(この作品はブリテンフェスティバルの公募ために書かれたようですね)
チェンチ家事件の超略あらすじ(wikipediaより)
ベアトリーチェは貴族のフランチェスコ・チェンチの娘として生まれた。
父フランチェスコは妻と息子を虐待し、ベアトリーチェとは近親姦の関係にあった。
(注:ここで出てくる妻とは後妻のこと。実母である先妻は既に死亡。)
ある時父フランチェスコが別の罪で投獄されたが、
その時ベアトリーチェは頻繁に受ける虐待を当局に訴えた。
父フランチェスコは娘が自分を告発したことに気付き、
ベアトリーチェと妻ルクレツィアをローマから追い出し田舎の城に住まわせた。
ベアトリーチェ、ルクレツィア、そして2人の兄弟は、父親を亡き者にするしか
ないと決心し、父親を金槌で殴り殺しバルコニーから突き落とした。
ベアトリーチェは事故だと主張したが、誰も事故とは思わなかった。
不審に思った警察は事件の真相を調査し始め、ベアトリーチェたちは
逮捕され死刑を宣告された。
一般のローマの人々が殺人の動機を知って裁判所の決定に抗議したため
処刑は短期間延期されることになったが、ローマ教皇クレメンス8世は全く
慈悲を示さず、ベアトリーチェたちは処刑された。
ベアトリーチェの遺体はサン・ピエトロ・イン・モントリオ教会に埋葬された。
ははぁ。えらく残酷な....
というわけで詳しい内容はリンク先を読んで頂くとして、どうもあの
さわやかなブライアンのファンファーレは、とても悲しく残酷な
物語を内包したものだったみたいです。
ところでこのブライアンのチェンチ家の人々ですが、
パーシー・ビッシー・シェリーの戯曲?を下敷きにして
いるようです。
シェリーと言えばとぅーとぅーとぅましぇり(ry エルガーの
交響曲第2番の冒頭に掲げられた喜びの精霊の詩の作者として
(ごく一部では)有名ですね。
ベアトリーチェ・チェンチの肖像を眺めながら、
英国芸術界の切片をなんだか垣間見てしまったような気分に
なってしまったのでした。

追伸:
レーニ作の肖像画がフェルメールの某有名作に似ていると
思ったのはどうも私だけではないようです。
そしてベアトリーチェ・チェンチの義理のお母さんもルクレティア。
ついでにもう一言。チェンチ家の人々-ブライアンで検索するともう
このページが一位になってるさー速いねゴッゴル。
(第21回)

えー。ほぼ2年ぶりの随想ですが、せっかく久々に書くので
本日は刺激的な内容など。
たぶん日本語のネット上では初の話題なのではないかと。
(検索したけど見つからんかった)
っつーか誰も話題にしないよねこんな話はははorz
はい。今回はハーヴァーガル・ブライアンという
「チェンチ家の人々」からのファンファーレのお話です。
金管アンサンブルをやっている人なら誰しも、
フィリップ・ジョーンズ・ブラスアンサンブルの名は聞いたことが
あると思いますが、数多い名盤の中に、ファンファーレ集という
アルバムがあります。
その中に、今回の
「チェンチ家の人々」からのファンファーレ
が入っているわけですね。
作曲者は前述のハーヴァーガル・ブライアンでして、
この人はギネス持ちの作曲家としても有名です。
ゴシック持ってないけど(-_-;)
で、このファンファーレは、ジョリヴぇやコープランド、トマジなどの
ファンファーレと一緒に収録され、6度和音(たぶん)の
さわやかー
な響きを醸し出しています。
影うすいですけど(-_-lll)
まぁ、そういうわけで、金管アンサンブルのCDを集めている
人間なら、普通に持っていて普通に聞き流す作品なのですが、
訳あってバルビ翁とフェリアーの関係を調べているとふと
こんなもの。
に出くわしました。
そーいやブリテンのルクレティアの凌辱って持ってないなぁ。
買おうとは思ってますが優先順位低いんですよね...
んでその中の
>ゴルトシュミットの「ベアトリーチェ・チェンチ」に次ぐかもよ
がなんとなく引っかかったんですよね。
で、調べてみると、こんな話らしいと。
(この作品はブリテンフェスティバルの公募ために書かれたようですね)
チェンチ家事件の超略あらすじ(wikipediaより)
ベアトリーチェは貴族のフランチェスコ・チェンチの娘として生まれた。
父フランチェスコは妻と息子を虐待し、ベアトリーチェとは近親姦の関係にあった。
(注:ここで出てくる妻とは後妻のこと。実母である先妻は既に死亡。)
ある時父フランチェスコが別の罪で投獄されたが、
その時ベアトリーチェは頻繁に受ける虐待を当局に訴えた。
父フランチェスコは娘が自分を告発したことに気付き、
ベアトリーチェと妻ルクレツィアをローマから追い出し田舎の城に住まわせた。
ベアトリーチェ、ルクレツィア、そして2人の兄弟は、父親を亡き者にするしか
ないと決心し、父親を金槌で殴り殺しバルコニーから突き落とした。
ベアトリーチェは事故だと主張したが、誰も事故とは思わなかった。
不審に思った警察は事件の真相を調査し始め、ベアトリーチェたちは
逮捕され死刑を宣告された。
一般のローマの人々が殺人の動機を知って裁判所の決定に抗議したため
処刑は短期間延期されることになったが、ローマ教皇クレメンス8世は全く
慈悲を示さず、ベアトリーチェたちは処刑された。
ベアトリーチェの遺体はサン・ピエトロ・イン・モントリオ教会に埋葬された。
ははぁ。えらく残酷な....
というわけで詳しい内容はリンク先を読んで頂くとして、どうもあの
さわやかなブライアンのファンファーレは、とても悲しく残酷な
物語を内包したものだったみたいです。
ところでこのブライアンのチェンチ家の人々ですが、
パーシー・ビッシー・シェリーの戯曲?を下敷きにして
いるようです。
シェリーと言えば
交響曲第2番の冒頭に掲げられた喜びの精霊の詩の作者として
(ごく一部では)有名ですね。
ベアトリーチェ・チェンチの肖像を眺めながら、
英国芸術界の切片をなんだか垣間見てしまったような気分に
なってしまったのでした。

追伸:
レーニ作の肖像画がフェルメールの某有名作に似ていると
思ったのはどうも私だけではないようです。
そしてベアトリーチェ・チェンチの義理のお母さんもルクレティア。
ついでにもう一言。チェンチ家の人々-ブライアンで検索するともう
このページが一位になってるさー速いねゴッゴル。